二幕 涙腺黒バット怪散 6

 見上げる程の高さある観音開きの門の前まで、ハイエースは走って、それから停車した。

 門は閉じている。金属製で、よじ登っての侵入を防ぐための鋭い棘を備えた格子型であった。この先にあるものを守っている構えである。

 到着したことによって、大はしゃぎをする三人の男たち。それを傍観しつつ、奈々は車内に留まることを決意した時は、午後十一時半を過ぎていた。

「わたし、車の中で待つ。怖い」

 かなでが怯えた声をあげる。今にも泣きだしそうであった。

「俺とお前は一心同体だろ?」と、じゅんは怒鳴るようにいって、かなでの手首を掴み引っ張る。彼女の手首を掴む反対の手には、警察官が使いそうな質の良い懐中電灯が握られる。彼女を引きずるようにして下車した。

「レッツ、ゴーストパーティー」

 ライブでも始める勢いで、哲也は声高らかにいった。両手にそれぞれ一本ある懐中電灯を、頭上で振る。踊る足取りで、じゅんたちに続いて下車する。

「奈々。早く行こうぜ。この先で、おかめっぐ君が俺たちを待っているぜ」

 満面笑顔の桃太から奈々は声をかけられ、手招かれる。これから登山でもいくのかと思わせる、色々としまい込んでいそうな登山用のリュックサックを背負っていた。

 好き勝手に楽しめばいいさ、と奈々は冷ややかに思っていた。だが、彼らたちのこの様子に、彼らを野放しにしては逆にまずい気がしてきた。幼馴染である桃太に馬鹿なことをさせたくないという思いが、心のどこかで未練がましく残っている。

 やむをえない、と奈々は下車する。そして乗車口の真横で、門を越えた先にある建造物へと目を凝らした。

(これが八定ショッピングモール……)

 月明かりに助けられ、奈々の視界は悪くはあるが、建造物のかたちを捉えることはできた。ここからだと両掌の上に納まる大きさ。

 目測からして、小山を広大に切り開き、平坦にさせたのであろう土地に、その建造物は広がっていた。建造物に高さはない、横長にひたすら巨大。建造物の周囲全体は、自分たちがいる門の前から建造物までの距離を保って、門ほどの高さある鉄柵で囲われている。その鉄柵の周囲は山林に囲まれている。

 奈々は建造物を眺めることで、想像が膨らませられてくる。

(これが廃墟ならば……)

 ちょっとした地震が起これば、簡単に崩れだしてしまいそうな半壊しかけた外壁。かつてはショッピングモールだというのならば、建物の中には、色あせ、汚れに満ちた店が建ち並んで残っていて、店の中には処分し忘れたか、置き忘れた古びた品々があるのだろう。もしかしたら、店の原型も留めていないかも。廃墟に関心がある人間や、肝試しをしたい人間によって中は荒らされてもいそうだ。

 しかし、膨らませた想像に、奈々はリアリティに欠けている感じがした。自然と視線が右へといく。門の右わき、奈々のいる位置から1mほど離れた先に、明かりのない掘立小屋がある。小屋の扉には〈警備員室〉と表札がつく。

(この廃墟は、警備員が備わっているのだ)

 この廃墟は守られている、と奈々は感じさせられた。警備員、通行止めにさせられている車道、門、取り囲む鉄柵によって。さらには、樹々と山からも守られているとも。

(建物を荒らそうとする者は、簡単には入ってこれない……)

 突然眩しい光が目に襲い掛かってきて、奈々は手でそれを遮る。桃太が懐中電灯を向けてきて、笑う。

「お前、懐中電灯持ってこなかったのか? 肝試しには懐中電灯は必須だろう」

 奈々は懐中電灯を持ってきてはいた。今は車内にある自分のショルダーバック中にいる。肝試しをする気はさらさらにないので必要ない。

「別に懐中電灯いらないから」

「忘れちゃったのか。可哀そうに」と同情してきて、桃太は手にする懐中電灯を奈々に渡してきた。

「可哀そうじゃないわよ」

「昔っから、お前は忘れ物をしたら、こっそりと悲しくなるじゃん」

(今度は、昔っからか……)

 奈々は悔しくなって、懐中電灯の柄を力込めて握りしめる。悔しくも、「放っておけない」という気持ちにさせられる。

 金属同士がぶつかり合う音が数度起こった。哲也が鍵を右手に、門に備わる鍵穴の前にいるのが、奈々の目に飛び込む。

 ちょっと、と奈々は慌てて声を掛け、哲也に駆け寄る。

「その鍵って」

 哲也は奈々へ振り向き、瞬く。

「この門を開ける鍵だけど」

「あの立ち入り禁止の看板があった、鎖についていた南京錠を外した鍵といい、その鍵といい、哲也さんのいとこが渡したの?」

「うん。そうだよ」

「そのいとこさんは、ここの警備員なのに鍵を渡していいの? 問題にならないの?」

 哲也は笑いを吹いて、首を横に振る。

「大丈夫。大丈夫。問題ないから」

「問題ないって。ここって私有地なんでしょう? 私有地に勝手に入るなんて。法的処置を取るとか」

「うっせぇー女だなっ」

 奈々の横から、じゅんが荒げた声で遮った。奈々は反射的にじゅんを睨む。じゅんから既に睨まれていたのだろう、睨んだ目を向けられていた。

「今からしようとすることはね、下手すれば警察に逮捕されるわよ」

「何、この女。他人と波長を合わせられないから、お友達ができない系の女」

 否定ができない、図星と思える意見をもらい、奈々は苛立たせられる。見抜かれたのだろう。じゅんから、せせら笑われる。

「お前のような空気を乱す女、ついてくるな。俺ら涙腺黒バット主催の肝試しツアーに参加資格なし。お前はあそこがいかにも臭そうだし、参加されると臭さから、全然楽しめないわ」

 上等だ、と奈々は心中でぼやき、腕を組んだ。

「はい。参加しません。有難く、わたしはここに残らせていただきます」

 桃太と哲也が、奈々とじゅんの仲裁へ入ったが、奈々は「うっさい」と一蹴した。それはじゅんも同じであった。

「奈々さんが行かないなら、わたしも行かない。嫌だ」

 かなでが震える声をあげ、地べたに膝から折れて座り込んだ。顔を両手で覆い、声をあげて泣きだす。「お前、俺の女だろ。来いよ」とじゅんから吠えられても、「行きたくない」と主張して泣き続ける。

 じゅんがかなでに手を振りあげるのを、奈々は目で捉え、流石に先ほどみたいに我関せずにはできなかった。「やめなさい」と怒鳴った。じゅんのかなでへの手の動きを静止させられたが、その手は形を変え、奈々へ中指をたてた。

「お前らどっちも参加資格なしだわ」

 じゅんはいい捨て、奈々に向かって唾の塊を吹く。唾は奈々のジーンズの太もも辺りに飛んできて、染みを作った。


 続

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