二幕 涙腺黒バット怪散 5
「うっせぇーな。さっきから」
後部座席からいかにも不機嫌な声があがり、何かが床にたたきつけられた音がした。奈々は後ろを振り返る気もせず、腕を組み、ただ窓をみやる。八定山が間近に見えてきている。
奈々の前と横で歌い、騒いでいた雄の異星人二名が静まった。運転席の前方にある窓へ楽譜が飛んできて、ぶち当たる。粗暴な足音をたてながら、もうひとりの異星人の雄――じゅんが自分の近くにがやってくるのを、奈々は耳で察知する。
おい、とじゅんが声を荒げる。
「こっちは睡眠不足。それは何故かって? お前らのために寝る暇を惜しんで、新曲を一生懸命考案していたから。寝かせろよ」
窓ガラスが鏡のように反射して、性格と品行の悪さを滲みだしたじゅんの怒り顔を、奈々は嫌なのに見えてしまった。
「そうだよ」と、かなでは声をあげる。「さっきからわたしはいっていたよ。じゃん君のために静かにしたほうがいいって。じゅん君、ごめんね。起こしちゃって」
奈々からして、かなでという子は騒いでいなかった。謝る必要ない。
じゅんが舌打ちをした音が、奈々に聞こえた。不愉快な気分にさせられる。
「俺はお前と話しているんじゃねぇーから。空気読めよ。空気読めない女嫌いなのだけど」
「ご、ごめんね」から始まり、かなでがじゅんに対して繰り返しに謝りだす。
奈々はため息がでそうになる。――典型的な悪い交際関係の手本だ、と切に思い浸る。どういう訳だか世の中は、こういう顔しか取り柄なさそうな、どうしようもない男ばかりに、女は惚れ、付き従っている。
(寝たいなら、肝試しに来るなよ。家で寝ていろよな)
かなでがわんわんと泣きだし、桃太と哲也がじゅんを宥め、彼女をかばいだす。奈々はその様子に目をくれず、無関係者として只管呈する。かなでが泣きやみ、場の空気が落ち着いても、奈々は窓から間仲町の景色を眺める。
現在、午後十時半に差し迫っている。間仲町に入った時は田舎らしさのない街であったが、車道に沿って小さな田んぼが並んでいるのが見え、奈々からして田舎っぽさを感じさせる。歩道に置かれる〈約1キロM先八定山〉と木板に彫られた標識とすれ違う。
「さっきから静かだけど、大丈夫?」
哲也が奈々に心配そうに声をかけてきて、奈々は生返事をする。「車酔いしているだけです」と、さっきと同じ嘘をやった。
「もうすぐしたら、八定山に入るけど、山に入る前に一旦停車するか?」
運転席から桃太が声をあげる。その声かけに、奈々は彼を幼馴染と少しだけ思い直しそうになる。
「停車しなくても平気だよ」
と、奈々は素直に答えた。
「八定山に入ったら、俺がまた運転するよ」
哲也が名乗りをあげてから十分が経つか、経たない程に、高らかな樹々に覆いつくされる小山の中へ繋がる車道の入り口へ辿りつき、運転交代をした。
この先には廃墟とされるおどろおどろしいものが存在する。――そんな印象を奈々は小山への入り口からは感じ取らせなかった。入り口近くには、〈八定山頂上まで八キロm〉と木製の表札が立っている。ハイキングを楽しむことができるといった感じ。入り口の両サイドには山林が生い茂り、車道に樹々と植物が若干侵略をしてもいて、車一台が通れる分に山林を無理に切り開き、車道を通したとも見える。
(……この先に、本当にショッピングモールなんてあるの?)
窓から小山への入り口の先を奈々は伺うも、両サイドの山林が邪魔をし、真っ暗で先が何も見えない。この先の車道には電灯といった明かりが設備されていなさそうだ。
車は小山の入り口へ進行し、ゆっくりとした速度で走る。
山中を通る車道だから、と奈々は想像を膨らました。くねくねと曲がり、上り下がりの激しい車道に入るのだろう。でこぼこした道に揺らされ、本当に車酔いをしてしまいそう。
しかし想像とは違って、小山の中の車道は整備が行き届いていた。車は揺らされることなく緩やかな傾斜な道を走っていき、やがて平坦な道を走りだす。奈々は右へ左へと窓から風景を見比べるも、両サイドの風景は真っ暗な山林しか見えない。
平坦な道を進んでいってのが、前触れもなく車が停車した。奈々は先を伺えば、車道が二又に別れていた。車のライトが二又の道を照らす。
彼女から見て、二又に別れた左側の車道には、道の真ん中に大きな横長の鉄製の看板が置かれていた。看板の向こうには車を通さぬように、車道の両脇に鉄の棒が植え込まれ、その二つの鉄の棒を太い鎖で繋げ、南京錠で結んでとうせんぼうをしている。
この先 私有地のため立ち入り禁止
無断で立ち入った場合は法的処置をとります
そう看板に書かれる大文字を、奈々は読み、困惑する。
(私有地って……)
今から自分はまずいことに巻き込まれるのでは、と奈々は現実的な悪い予感がしてならない。
車から三人の男たちが下り、看板を押したり、蹴ったりしてどかす。哲也がジーンズのポケットから鍵を取り出し、道をはばむ鎖にかかる南京錠を開けると、三人の男たちは鎖を乱暴にどかし、道の脇へ放った。
まるで泥棒が家に入りこもうとする光景を、奈々は窓から見させられた。口を開けたままにさせられた。
「ねぇ。まさかこの先へ行くつもり? 私有地って書かれているけど」
三人の男たちが車内に戻ってきて、奈々は狼狽えて尋ねた。
「え。もちろん。だって、この先に八定ショッピングモールがあるからぁ」
三人の男たちは開かれた車道を指さし、明るく声を合わせた。その後で互いに顔を見合わせ、大笑い。
奈々は気分が悪くなり、吐き気がしてくる。
車は開かれた道へ、先ほどよりも早いスピードで走りだす。平坦な道が五分ほど続いて、緩やかな傾斜な道が訪れ、そこをしばらく走ってから、また平坦な道が訪れる。間もなくして、走る道の前方先、遠くに、靄がかかった夜の中で真っ黒い横長の長方形が置かれている。それは奈々が親指と人差し指で挟める大きさであった。
――あれが目的地である廃墟なのか、と奈々は思った。
続
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