二幕 涙腺黒バット怪散 4

 きゃはははは、きゃははっ――と、機械で作られた陽気な笑い声が、三度繰り返しに起こった。その声の主である携帯電話を奈々は見ると、メッセージが一件届いていた。弟からで「もう着いた?」とだけ記されたメッセージであった。

 ついさっき碑田利町を出て、目的地のある間仲町へ入ったところだった。

 奈々は窓から外を伺う。間仲町は碑田利町と変わりない、都会過ぎでもなく、田舎過ぎでもない街と印象を受ける。けれど、今は午後十時を迎えて、夜遅くと呼んで良い頃合いでもあろう、碑田利町よりも人の通りは少ない。

 着いていない、と奈々が返信すると、即座に「一体全体どこで肝試しへ行くのさ」と返ってきた。

  八定ショッピングモールだよ

 と打ち終えて、奈々は液晶と少し睨めっこをしてから、全文消す。

  ないしょ。お母さんには肝試しのことを言うなよ。もしも言ったら、お前の宿題を二度と助けない。

 と、訂正して返信をした。

「ねぇ。お隣に座ってもいいかな?」

 横から男に尋ねられる声がし、奈々はその方を見やった。ハイエースを運転していたという男がジーンズに片手を入れて、通路に立っていた。男の下唇の端で貫通するフープのピアスに目がとまり、頷きたくなかったが、運転席にいる桃太が「聞く必要ない。奈々は俺の友達だから、ゆっくんの友達だぜ」と、勝手に許可を与えた。

「メールでもしていたの? カレシにとか?」

 奈々は苦笑し、首を横に振る。今まで恋人などできたことがない自分にとって、その質問は誠に不快にさせる。また笑い声が鳴り、弟からの返信だろうと察しつつ、携帯電話をサイレントモードにしてから、液晶画面を伏せて膝上に置く。この隣にいる男が煙たく、自分から遠ざけるための回答を頭の中で探り、閃く。

「オンラインゲームして遊んでいたのよ」

 ゆっくんはちょっと笑った。

「へぇ。オンラインゲーム好き? 俺もよく遊ぶのよ。今の時間帯は強者が集まりだす楽しい時間帯だよね。オンラインゲームって、楽しいよね」

「楽しいよな。オンラインゲーム」と桃太が同意する。

「奈々ちゃんは桃太と仲がいいのだから、俺とも仲が良くなれそうだね」

 桃太と仲良くなるということは、桃太と似た人種か、と奈々は考え、しくじった気がした。桃田が好きなことは、この者も好きである可能性が高い。

 ゆっくんは、奈々に改めて自己紹介をし直してきた。ゆっくんの本名は、弓中哲也ゆみなかてつや。涙腺黒バットにてドラム担当。年は奈々と同じの二十。桃太と同じ大学で経済学を学んでいる、と教えてきた。

「はぁ、肝試し楽しみだぁ。もうわくわくだね」

 哲也は満面の笑顔で明るくいって、踊るように肩を左右に揺らす。奈々はそんな彼が桃太と重なって見える。

「寂しい。わたしも絡ませて」眠る恋人の元へ帰っていたかなでが、悲し気な顔をして、奈々の後部座席へとまた戻ってきた。「じゅん君起きない。寂しい」

 奈々は思わずぞっとした。今自分の置かされている状況は、異星人たちに囲まれているとしか思えない。嫌過ぎてたまらない。

「奈々ちゃんって、霊感ないよね。幽霊を今まで見たこともなければ、感じたこともない」

 哲也が目元を笑ませつつ、はっきりといった。

(こいつは、本当に桃太と同じ系統の人種。オカルトマニアか……)

 霊感とは、幽霊が見える、感じるというものなら。そんな霊感というものの存在は、奈々は全く信じていない。実際に体感なんかしたこともない。哲也には、ただ「ないね」とだけ回答した。

「だよね。だから、こんなに冷めているのだね」

「奈々には昔っから霊感なんかないから」と、桃太は発して笑う

「俺の判定からして、奈々ちゃんは霊感レベル0だね」

 別に何レベルでも構わないわ、と奈々は心の中で呟く。どうでもいいことだ。だけど、どんな根拠があって判定して、その判定にさも自信ありそうな哲也に気には障る。

「弓中さんは、霊感レベルはいくつなのですか?」

「ゆっくんか、せめて哲也さんと呼んで。――ちなみに、俺は40レベルだね」

「なんで40レベルに値するのです?」

「俺は霊力の強い幽霊は見えるけど、霊力の弱い幽霊は見えないか、感じる程度なの。それで、敬語もやめてね。もう、君とはお友達なのだから」

 はぁ、と奈々は思うままに首を傾げる。異星人と会話しているとしか思えない。

 哲也はかなでを指さし、「かなでちゃんは、霊感レベル30」といって、次に桃太を指さし、「桃太は、霊感レベル5」といいきった。桃太は大笑いして、「正解。正解」と同意する。奈々はただため息がでた。

「もっと肝試しにひとを誘えば良かったのに」と、かなでは肩を窄めていった。「霊感レベル80のしぐれちゃんとか」

 レベル80とは高レベルな、と奈々は関心を抱かせられた。

「誰? そのしぐれちゃんって」

「じゅん君の妹。すごいんだよ。年がら年中幽霊を見て、金縛りにあって、幽霊により頭痛で悩まされたりしているの」

 関心を抱いてしまった自分に対して、馬鹿らしくなってしまい、奈々は笑いがでかける。そして、ふと気になっていたことを思い出した。

「今日肝試しにくる人は、本当はもっといたの?」

 えっ、と哲也は首を傾げる。

「こんな十四人も乗れる車で向かっているから」

「いいや。これしか俺たちに使える車ないから。これは涙腺黒バットの足」

「へぇ。足。――それで、この肝試しを企画したのは、誰?」奈々は前方にある赤い頭にむかって、ちょっとした嫌味と非難をまぜた発言でもあった。

「この俺だね」

「え。桃太じゃないの?」

 哲也に頷かれ、奈々は瞬く。桃太が心霊情報関係のネットサーフィンをして、あのインチキサイトに出会い、この肝試しを企画したのだと想像していた。

「俺のいとこがね、その廃墟で警備員の仕事をしているんだ。いとこから廃墟で警備の仕事をしていると聞いて、その廃墟のことが気になって、そこで肝試しをしたいなぁと思ったの。それで、メンバーに肝試しを誘ったのよ」

 えっ、と奈々は思わず声がでた。哲也はきょとんとする。

「廃墟に警備員って? 廃墟に警備員がいるの?」

 哲也はにんまり笑む。

「うん。その廃墟が呪われているからね。警備員を雇って、人が立ち入れないようにしているんだ」

 奈々は嫌な予感がしてくる。呪われている場所へ行き、呪われるのではという嫌な予感は全くない。現実的な嫌な予感だ。躊躇いつつ、聞くことにする。

「もしかして警備員の目をかいくぐって、廃墟に侵入するの?」

「警備員の目はないよ。今日は俺のいとこが仕事の日でね、俺たちが肝試しを楽しめるようにと、仕事にもこないでくれる。好きなだけ肝試しをしていいって許してくれている」

「ゆっくんのいとこって、本当に優しいよなぁ。サイコー」

 桃太は大声でいって、興奮の昂ぶりを表現するようにクラクションを連打する。

 警備員を配置する場所とは、入るのに許可が必要な場所というイメージが、奈々にはある。その警備員の許しで立ち入って、問題にならないのかと心配になる。警備員を雇う側の許可が必要に思えてくる。

 果たして、と奈々は考えだして、窓をみやる。

 警備員を雇う者は呪われているからとして、廃墟に警備員を置いているのか。呪われているからとの理由で、警備員をおいているのだとしたら。頭のおかしい、異星人だ。

 窓からは半月により淡く照らせれ、寝静まる樹々に覆いつくされている小山――八定山が見えた。


 続

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