二幕 涙腺黒バット怪散 3

 あのさ、と奈々は切り出した。

「本当におかめっぐ君は存在するの? あまり信じられないのだけど」

 呪いだの、幽霊だの、おかめっぐ君だの、と桃太から耳元ではしゃがれるのに、奈々はもう飽きていた。話の流れを変えてやりたくなった。

 演技みたいに大袈裟な感じに、桃太は目を見開かした。

「記事に書いてあっただろうよ。本当に存在しているとご理解してください。おかめっぐ君は存在し、呪いの力を宿している」

「うん。いっていることが、よく分からない」

「記事に書かれる通りにな、『おかめっぐ君事件』は実際に起こった事件なんだ」

「へぇ。わたしはそんな事件を耳にした事ないけど」

 と、奈々は正直に述べた。

「今から行く廃墟となったショッピングモールで、そこのモールのマスコットキャラクターであるおかめっぐ君の着ぐるみを着た男が、ショーの最中に死んでいるんだ」

 桃太から興奮気味に教えられた後、奈々は後部座席から女の甘ったるい声色の呼びかけが聞こえた。いつの間にか奈々の頭上で、「たかさかなで」という名の女が顔を覗かせていた。

 彼女は自分よりも二歳年下、十八、と奈々は思いだす。桃太と同じバンド員でボーカル担当のひとり。そして自分を乗せるハイエースが碑田利町に入った頃から、最後尾座席で彼女の恋人とこそこそと隠れるようにして何かをしていたことも。

 濃いアイメイク、てらてらと輝く紫色の唇、豊満な胸の谷間を披露させるキャミソール、と、奈々はかなでから順繰りと眺めていく。そして、改めて「仲良しになりたくないタイプ」と査定する。

「かなでも絡ませて。ひとりじゃ寂しいから」

「あれ。じゅんちゃんと絡んでいなくていいの?」

 かなでは顔を後ろへ向ける。

「うん。じゅん君、疲れて寝ちゃった。じゅん君は昨日ずっと作詞をしていて、よく寝ていなかったからね」

 かなでは前に向き直し、菜々のほうを見て微笑み、桃太のほうへも微笑む。菜々の座席の頭部に細い腕を組み乗せ、組んだ腕のうえに顎を乗せ、話の続きを促した。

 でな、と桃太は開口する。

「話を戻そう。おかめっぐ君の呪いは本当だから」

「ふぅん。本当に、どうして?」と奈々は呆れ半分に聞く。

「そのおかめっぐ君事件の後、おかめっぐ君の呪いにかかったそのモールの社長は気が狂い、まず社長の愛人を殺し、その後モール設立者一家を襲撃して皆殺しにし、その後自殺をしたんだ。まさに呪いパワー。これも本当の、本当に存在する事件なのだぜ」

「やだっ。怖い」かなでは声をあげる。怖がる表情になり、口を両手で覆う。

 奈々は驚き、耳を疑う。だけどそれは一瞬だけであり、苦笑がでた。桃太とかなでから見られ、首を傾げられる。

「そのさぁ、まぁそんな恐ろしい事件が起こったのだね」と、奈々はその事件が存在しているのかを疑いつつ続ける。「何でそのモールの社長は、おかめっぐ君の呪いに掛かって殺人事件を犯したといえるのよ? 何か呪いを証明させるものはあるの?」

「証明って」桃太は目を瞬かせる。

「うん。あの記事に書かれることによれば、その社長はおかめっぐ君の悪霊と出会ったから、呪いにかけられた。それで呪いによる効果により三日以内に不幸な死に方……自殺をしたわけだね。——そう、誰が社長と悪霊が出会ったと証明しているのよ。出会ったのを誰か目撃でもしたのかしら」

 桃太は閉口し、にやけた。頭髪を掻きだす。

「あったまいいね。さすが国立大で、何だっけ、英語を勉強している学生さんだねぇ。かなで、尊敬しちゃう」

 と、かなでは明るい声でいって、奈々に笑む。

 奈々はかなでに一礼をする。英語ではなく、ドイツ語であるとの間違いを訂正はしなかった。

「かなでは頭悪いから、いっていることあんまり良く分からないけど、要は呪いなんかないってことだよね」

 奈々は頷くと、かなでから怯えるような瞳を向けられる。

「実はね、かなでね、今から行くモールに、本当に呪いを掛けてくる悪霊がいるのではと疑っているの。だから怖いの」

 この子はぶっているのかな、と奈々は冷ややかに考えつつ、笑む。

「怖がることないよ。大体、わたしはそんな社長の事件が存在すること自体、疑っているから。あと、おかめっぐ君事件とやらが存在することも」

 存在すっから、と桃太が狼狽えて声をあげる。すると、かなでが携帯電話をいじりだし、液晶画面に向けて眉間に皺を作った。

「たぶん、この事件がその桃太君のいう呪われた社長の事件かな。今から行く廃墟は八定ショッピングモールというのだよね。——このサイトによると本当にそのモールの社長さんは事件を起こして、事件を起こした直後に自殺をしちゃっている。桃太君のいうように、愛人さんを殺したのは本当だけど、モールを作った人の一家は誰も殺していない。モールを作った人に対して負傷を負わせ、殺人未遂だとか」

 見せて、と奈々は尋ね、かなでから携帯電話を見せてもらう。そこに表示されているサイトは信憑性の高いサイトであり、かなでが教えてくれた通りの内容が綴られていた。

「嘘ついたのあんた?」

 奈々は桃太になめつけた。桃太は苦笑し、首を大きく横に振るう。

「俺は嘘ついてない。俺がお前に見せたサイトではそう書いてあったから」

 返して、とかなではいって、奈々から携帯電話を取り上げ、またいじりだす。暫しして表情を曇らせた。

「おかめっぐ君事件は存在するみたい。おかめっぐ君というマスコットキャラの着ぐるみを着た人が事故死したって。——へぇ、若い役者さんで、いっぱい女の人を暴行していたって、怖いっ」

 奈々は椅子から腰をあげて、かなでから携帯電話を覗き見る。さっきと同じで信憑性の高いサイトに、彼女の発言のままの記事がある。読み終えて、胸を引っ掛からせられた。

「あのサイトにはおじさんが事故死と書かれていた。だけどこのサイトでは、事故死した人は二十四歳と、おじさんと呼べる年齢じゃないわね」

「二十四歳はおじさんじゃないね」と、かなでが共感してくる。

 奈々は失笑した。

「あのサイトは嘘の出鱈目ってこと。悪霊なんか、呪いなんか存在しない」

「だけど、その社長の事件以外にも、おかめっぐ君の呪いによる出来事が」

 はいはい、と奈々は遮る。

「あのサイトからの情報でしょう?」

 桃太はにやけ面で黙り込み、少しして思い出したかのように、「あっ」と声をあげた。「ゆっくんに聞きたいことを思い出した」と慌てた感じにいって、ゆっくんと呼ばれる運転手の傍へ行ってしまった。

(間違いなく逃げたのだ。相変わらず、弱ったことがあると逃げる……)

 奈々はため息をこぼす。

「困ったな。やっぱりおかめっぐ君は本当にいると思ってきちゃっている」

 頭上から、かなでがそう呟いた。


 続

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る