一幕 怪幕 3

「おかめっぐ君事件の全貌!」と、表紙に大きな見出しで飾る雑誌を、三郎は読み進めていると、書斎の扉が叩かれる音がした。扉が開き、姪の鶴子が書斎に顔をのぞかせてきた。

「三郎おじさん。電話は終わりましたか?」

「ついさっき終わったというか、今は終わっているかな。また後で電話する予定だけど」

「そうですか。今、お話ししてもよろしいでしょうか?」

 どうぞ、と三郎は手で促す。鶴子は一礼して恭しく書斎へ入ってきて、三郎から離れた位置にあるソファの前に佇み、そこに座ることへの許可を求める。また、どうぞ、と、三郎は手で促した。

 ソファに腰を下ろした彼女は心配そうに見てきた。

「水野さんと何を喋ったのですか?」

「何を喋ったというか、いつも通りにモール経営に関する報告を受けたね」

「何かトラブルがあったのではないのですか? わたしが電話を受けた時、水野さんは、その、声からして変でしたから。妙に声が裏返っていたというか」

「モールにトラブルは」とまでいって、三郎は考え込む。「どうなのだろうね」

 鶴子は首を傾げる。

「もう鶴ちゃんは知っていることだろうけど、モールに春日の幽霊が、おかめっぐ君の衣装を着た春日の幽霊が出ると、モールの職員の間で噂になっているって」

 鶴子は頷き、表情を曇らせる。

「今週も何人もの職員が春日の幽霊を見たとか、水野は教えてきてね。僕はさぁ、水野から初めて幽霊の噂を相談された……確か十月頃に、幽霊が出るならば、と、祈祷師を派遣させたじゃない。それで、先月にも相談されたから祈祷を派遣させた」

「ええ。そうですね」

「さっきの水野のいうには、祈祷の効果なんかないのだそうで、無意味なことだと理解したそうだ」

「無意味だと理解するって? 何か判明したのですか?」

 三郎は失笑する。

「建物自体が呪われているから、春日の幽霊のために祈祷しても意味がないのだそうだ。判明というか、可哀相なあいつの自己判断だよ。本当に参ったな。僕の責任だよ。僕があいつを壊しちゃったのだね」

「そんな、壊すって」

「だってさぁ、僕があいつにショーを一緒に見たいなんて誘わなければ、あいつは心に傷を負うことなかったよ。事故に立ち会い、遺体をおがむことを避けられていた」

 僕はどうなのだろうな、と三郎は改めて思う。もしも一緒にショーを観ていたら、壊れていたのだろうか。多分壊れる気がしない。既に事故に立ち会い、遺体を見ても、壊れなかったから。

「自分を責めないでください」鶴子はか細い声でいった。

「ありがとう」

 三郎は鶴子から畏まった礼をされ、寂しさと同情が混ざりあった複雑な心境になる。「僕らは、こんな堅苦しい振る舞いをしあわなければならない間柄なのか」と、常日頃思うことが、また思わせられてしまう。

 彼女と自分の間にある距離を、三郎は目で図る。

(ある程度の距離感は必要である、と理解する。これは離れすぎでは)

 鶴子は三郎の姪、同じ血が通う親戚だ。三郎の兄、菊野財閥現在当主である一夫の長女。彼女が赤子の頃から三郎は交流している。そして、つい先月、この家で十八を迎えた。

 鶴子は中学に入った頃から「お父さんは頭がおかしい」との理由で、三郎の家へ逃げてきて、寝泊まりしだした。十五の時から至る今では、三郎を父親代わりにして、三郎の家で暮らしながら、学校へ通う。

 三郎は現在この家で彼女と、実子である裕大と三人で暮らす。裕大は今年で五才。自分はこの二人の父親だと考える。彼女は自分を父親と扱うのなら、敬語を使わないでもらいたい。

 ねぇ、と三郎は明るく呼びかけた。

「僕の今年の目標も、鶴ちゃんから僕に対して敬語をとかすことだからね」

「これが、私ですから」

「僕は自分の子どもからは敬語は嫌なの」

「習性ですから」

 鶴子はちょっとだけ笑う。

「そういえば、裕大君はどうしているの?」

「今もゆう君はお手伝いの雪子さんとトランプで遊んでいると思います」

「そう。雪子さんは先月からここで働き出したけど、裕大君は雪子さんと仲がいいね」

「そうですね。ゆう君は雪子さんのことを七番目のおばあちゃんだと名付けていますね」

「七番目のおばあちゃんと名づける?」三郎は聞き捨てならなかった。確かに彼女は孫がいる女性ではあるが、まだ四十代であり、おばあちゃんとは些か失礼に思えた。

 鶴子は察したのか、苦笑した。

「雪子さんは喜んでいますよ。孫は女の子だから、男の子の孫ができるなら嬉しいって」

「そう。なら、いいか」

 三郎は手にする雑誌の表紙を数度拳で叩き、黒電話の方を見やる。水野から電話は掛かってくるのかと気になる。

 あの、と鶴子が声をあげた。

「なあに?」

 えっと、と鶴子はいって、三郎の手元のほうを見つめ、黙り込む。自分の手元にあるもの――雑誌を見ているのだとしたら、三郎は彼女のいおうとしたことは理解した。

「いってごらん」

 鶴子は重たそうに口を開けた。

「春日は本当に人殺しなのですか?」

 三郎は雑誌を両手で握り丸めた。

 彼は人殺しなのか、と三郎は考えてみたくもない。——ただ単に、何故彼は悲惨な事故を起こしたのか、なら考えてみたくもなる。そう、できるものならば。

 そう、できることを、現実は許してくれていない。新聞の三面記事に載る程度で終わる、ひと月もすれば世間から自然と忘れさられる事故にさせなかった。忌まわしくも、連日ワイドショーを賑わせ、世間を黙らせられない。挙句の果てには、世間から『おかめっぐ君事件』などと滑稽にも呼ばせる有様。

 どうなのだろうね、と三郎は首を傾げ、惚けてみせた。



 続

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