幼い姫君

「ちょっと!今そんなことしてる場合じゃ……」


喧嘩するように魔力をぶつけ合う二人を、クルルは止めようとした。


しかしそれはスプニールに止められる。


「下がりなさい。巻き沿いを食らうわ」


「でも、止めないとトウヤ君が」


「いいえ、このままだと鈴狐すずきつねの君は負けるわね」


スプニールとリヤナはトウヤが勝つことを確信している。


そこまでトウヤのことを買ってるのかとクルルは思ったが、

それは少し後に間違いだと理解する。




アコニスは黒い雷、雷霆の毒フォルミナを放つ。


雷はただ、そのまま放つだけで強力な砲撃になる。


だがトウヤは簡単に弾き飛ばした。


その光景を見たアコニスは思い出した。


つい先日、同じことをやってみせた人物がいることを。


(あの時の!)


下人の顔なんていちいち覚えていなかったので気づかなかった。


(あの生意気なやつか)


そう思うとさらに怒りが込み上げてきた。


(ロゼアに言われたから黙って引いたけど、ちょうどいい!)


あの時、恥をかかされた恨みもここで晴らせると思い、さらに雷を放つ量を増やした。


だが全て躱されてしまった。


そして……


パン!




また頬を叩かれた。


が、今度は踏みとどまり、反撃にこちらも頬を叩こうとしたが止められた。


パン!




また頬を叩かれた。


訳がわからない。


麗王れいおうの一族の姫であるアコニスが、下人に二度も頬を叩かれた。


雷霆の毒フォルミナも簡単に躱され、簡単に二度も叩かれた。


訳がわからない。


世界でも指折りの高位な存在である自分が、何も出来ずにいい様にされている。


「う……うわああああ!」


無性に叫びたい衝動に駆られ叫ぶと同時に、手から力一杯の雷霆の毒フォルミナを放とうとする。


パン!




それも止められ、また頬を叩かれ、今度は力無く倒れてしまった。


そして何も出来なかった無力感に襲われると涙が溢れてきた。


「なんで!なんで私か勝てないの!?」


泣きながら叫ぶ姿は完全に子供の癇癪のように見えた。


「ロゼア……お兄様……助けてよぉ……」


ただ泣きわめくだけの姿にトウヤは深く溜息を吐いた。




「な、なんで圧倒してるの……?」


クルルは目を疑った。


相手は貴族の中でもトップクラスの立場の人間だ。


そんな人間をトウヤは一方的な展開で泣かせてしまった。


星歌ほしうたの君は勝つための意地っていうのが無いのかもしれないわね」


クルルはスプニールの指摘にドキッとした。


確かに異能の訓練としてクエストを受けたりはしている。


だが、格上のランクに挑戦したことはなかった。


いつも自分が出来る、無難な選択ばかりしていた。


それが自分の成長を逃しているとも知らずに。


「あんな怒り任せで適当な攻撃なら、あなたでも勝てるんじゃない?」


リヤナの言葉でクルルは理解した。


どんなに強力な攻撃でも当たらなければ意味が無い。


くるタイミングが解っていれば避けることも容易い。


そして怒り任せは大振りで大雑把な動きになるのでスキが大きい。


そのスキが出来た時に攻撃をした。


だから二人は最初からトウヤが勝つと確信していた。


そしてクルルはジギタリスの姫君であるという先入観から、

勝てないと決めつけ、勝ち筋を見つけようともしなかった。


そう気づいたクルルは自分の両頬を叩いた。


突然のクルルの行動に二人が驚いた顔をした。


「すみません、腑抜けていたようです」


気持ちを切り替えたクルルの目つきが変わった気がした。


「そういうの嫌いじゃないわ」


スプニールはそう呟くと、トウヤの元に進んだ。




「これ、もうほっといていいかな?」


「ダメよ。麗王れいおうの姫君なんだから安全な場所まで送り届けないと」


要人なのだから泣き喚いていても最優先で対処しなければならない状況に、

トウヤは面倒な気持ちと嫌気がさしてしまった。


「ふむ、怒り任せとはいえ、アコニスを圧倒。なかなか興味深いね、ホシノトウヤ君」


いきなり現れた声に驚くと同時に、貴族の三人はすぐに跪き、頭を下げた。


その人物は白とも銀とも言えない煌めく髪に端正な顔立ち。


絶世の美少年と言ってもおかしくない優雅な動きに、

トウヤの誰だという疑問は簡単に吹き飛んだ。


「あ~エクシア様~」


ミイナの声と同時にアコニスは駆け出し、エクシアに駆け寄り抱きついた。


「おに゛いさ゛ま~!」


「おに――!?リリス!すぐに真似するんだ!」


トウヤは慌ててクルル達の真似をし、リリスもそれを真似た。


「お兄さま!あいつを殺して!」


「こら!見ていたけど、今のはアコニスに非があるよ」


思わぬ答えにアコニスはショックを受けた。


「彼らは立場上、君を優先的に保護しなければならない。

それなのに君が我儘を言っていたら、いつまでもロゼア君を助けに行けない。

彼らの行動に間違ったことはないと考えるよ」


「でも……でも……」


「貴族として柔軟な対応を行うべきだと思うよ?」


そう言われアコニスは黙ってしまった。


「ということで、アコニスは僕が責任をもって安全な場所まで連れて行こう。

そして命令を下す。ここに現れた敵対勢力の殲滅、そして保護対象のロゼア君の救出だ。

このまま即座に向かいたまえ。健闘を祈るよ」


「御意のままに」


クルル達がそう答えると、トウヤとリリスの手を引きながら離れた。


「え?保護しないでいいの?」


トウヤが疑問に思っていると


「即座に向かえって命令されたでしょ?」


そう言われ理解した。


エクシアは麗王れいおうの保護に縛られるトウヤ達を命令で上書きして解放したのだ。


そう思うと、妙に好感が持てた。


「あのエクシアって人、もしかしてクルルみたいなタイプ?」


「え!?違う違う!私はあんなすごいことないよ」


クルルは一生懸命否定してきた。ご謙遜を、と言うべきだろうか?


「ねぇ」


ふとスプニールが声をかけてきた。


白狐月しろこづきの君、君のこと知っているの?」


「いや、初対面だと思うけど?」


「……ならなんで君の名前知っているの?」


言われてみればそうだが……


「俺って悪目立ちするから、それで知ってたんじゃないか?」


ある意味有名人を一方的に知っていた。


そんなことはよくあるだろう。


「そう……」


納得はしたがスッキリしないって感じだ。


だが急ぐ用事があるので、そこで打ち切りになった。

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