モービルタイプ

ミイナもといナナの腕前はすざまじかった。


ハイスコアとまではいかないが、それに近い記録叩き出している。


練習用の連続アップダウンを大きく飛んで超えたり、スラロームも難なくパスしたりと、

このメンバーの中では格段に上手いと言える。


その次に上手かったのは意外にもリンシェンだった。


独自に作成、カスタマイズした非売品のスケートタイプのギアで不可解な動きをしながらも

ミイナに次いでの腕前を見せていた。


そしてミナとルーは普段使っているというラインで、レースのテクニックがイマイチだった。


そして…


「俺たちはやっぱりこっちか…」


トウヤとリリスはクルルにモービルタイプの操作方法を教わっていた。


「基本的にはね。きみはすぐにミナやルーくらい出来てもおかしくないから練習でもいいけどね」


「いや…そしたら…」


チラッと見たトウヤの後ろにはリリスがいた。


「そういえば…まだ君の声聞いてないよね」


トウヤの想いを察したクルルはリリスに声をかけたが、答えることはなかった。


「リリス…」


「なに?」


「俺だと返事するんだな」


「呼ばれたから」


「さっきクルルも呼んだじゃん?」


「呼んだの?リリスって呼んでなかったと思ったけど…」


「あ…人の呼び方にはいろいろあるんだよ」


「そうなの?」


「そうなの」


「ふふ、じゃあ私が悪いってことで。リリスはボード乗れそう?」


「わからない。変な感覚だし、いろいろ気をつけなきゃいけないことがあるから大変」


「そうだね。そこは慣れないと大変だろうね」


「だからしばらくは乗れないかな」


「そっかー。それは残念。じゃあ乗れなくてもチームに参加できる方法を教えるけどいいかな?」


「うん」


クルルが話し方を変えるとリリスはとても饒舌になった気がする。


協調を重んじるクルルはやはり距離の詰め方が上手い。


「これが基本的なモービルタイプよ」


箱のような機内に入ると、そこには大型バスの中のようだった。


座席は運転手ともう一つだけで、後方は床のみ。左右は何か荷物を固定するようだが今は無い。


「これの他にも二人乗りの身軽なタイプや数十人乗れる超大型もあるわよ」


「これで大量の荷物を運ぶのか…」


「ええ。補給用のエアタンクやカスタムパーツの輸送、魔道士の休憩場所としても使うのよ」


「ここにリンシェンの改造が加わるのか。あいつ改造とか好きそうだからなぁ…」


「どう改造するかは聞いていないけど、基本は変わらないはずだから操作は一緒よ」


「だといいけど…」


リンシェンの性格からすると、ちょっと改造で済まないように思える。


「運転はまだ難しいと思うから、二人にはエアーの補給方法を覚えて欲しいな」


モービルタイプは運転を除くと補給やカスタムの変更などのピット作業、

そして他チームへの妨害、防衛がメインの作業となる。


「あと聞いたんだけど、二人とも魔法がヤバいって本当?」


「ヤバいって…まぁ俺はある意味チートみたいな能力だし、

リリスは実質魔法無効化みたいな能力だから、ヤバいと言えばヤバいな」


「そういうのって普通は貴族が持つ場合が多いんだけど…ホントに無関係?」


「地球を嫌っている人達が関わりを持つとは思えないからな、無関係だと思うよ?

リリスも両親がどんな人かはっきりしてるから無関係だってわかってるし」


「確かに貴族に亜人は存在しないわね。でも地球を嫌っているってのは少し間違いかな?」


「そうなの?」


「一部の貴族には地球の文化を好んでいる人はいるわ。ニホンって言ったかな?

その国の自然を楽しむ文化を気に入って取り入れているところもあるし、

食べ物を気に入っている人もいるわ。

確かミイナのマスターも地球に興味を持っていた時期があると聞いたことがあるよ」


「そういえばジェシーさんが地球の料理を知っていたな。

もしかして嫌われているのは人で、文化なんかは受け入れられてるのか?」


「そうね。裏切りさえなければ普通に受け入れられていると思うよ」


やはり問題は人柄らしい。


貴族のように血筋や育った環境で区別するのはどちらにもあり、

人が人を統治するためには自然と発生する。


そこに地球もメリオルも関係ない。


大切なのはその後の人道的な行動が行えるかどうか、つまりモラルの問題だろう。


だからこそクルルはトウヤを地球人と言うだけで嫌悪しないのだろうか?


「そうなってくると二人ともピット作業はそこそこで、

妨害や防衛をメインで動いてもらうのが良さそうね」


そう言ってクルルが取り出したのは腕輪だった。


「これは参加者全員が身に着けるデバイスで、通常の魔法攻撃を大会用に変換するの。

これを使えば攻撃魔法の殺傷能力を消して攻撃することが出来るのよ」


「へぇ、これで全力でやっても問題なさそうだな…

あれ?これ魔法だからリリスは使えないんじゃないか?」


「そうね。だからやる前に試さないといけないね」


そう言いリリスに腕輪をつけ、トウヤが造り出した棒に向けて魔法を使わせた。




ピシッ!




「あ…無理みたいだね」


「いや…これって…」


クルルがツンと石化した棒を突くと卵の殻のように石が剥がれ、中から元の姿が現れた。


「腕輪の効果で表面的な物に変化したのか?」


「もしかしたら生物に対しても同じかもしれないわね」


そう言うとクルルは人差し指を唇に当て何かを呟くと、手の平に小さな赤い炎が現れた。


そしてその炎はフワフワと浮かびあがった。よく見ると目のような部分もある。


「“ウィル・オ・ウィスプ”。漂うだけの小型生命体って思ってくれればいいわ。

リリス、この子に魔法を当ててくれる?」


指示に従い、リリスはウィル・オ・ウィスプに魔法を当てると、石となりポトリと落ちた。


そして落ちた衝撃で石にヒビが入りパリンと割れると、中からウィル・オ・ウィスプが現れた。


「おそらく表面の魔力にだけ反応して石になってるから、中の生命体は無事なのね」


リリスの魔法について理解を深めたクルルを他所に、トウヤは別のことが気になっていた。


「…ああ、口紅か」


「え?」


よく見るとクルルの唇には薄らと紅がさしていた。


「ああ、これのことね。今のは口紅を媒体として“祈り歌の毒オラトリオ”を使ったのよ」


「本当に何でもいいんだな」


「何でもという訳ではないわよ。大人くらいの大きさならカードくらいは必要だし、

基本使い捨てで何度も使えないから持ち物が増えるしでそれなりの代償はあるわよ」


「それでも大量に召喚できれば、勝手に倒してくれたりと便利だね」


「それは君が一面しか知らないからよ」


「それって…」


仮にも貴族と言われる特別な人間の魔法。それだけじゃないと言う意味だろうか?


「ま、でもこれで攻守の心配はないから、あとは私達の走り次第だね」


クルルは話題を切り替え、レースに向けて気合を入れ直したが、

トウヤには何かを急いで隠して、誤魔化しているように見えた。




「まったく…何考えてるんだかわかんねぇな」


「つまらなさそうって言ってたけど、まさかチームを作るなんてね」


「新しいチーム作っても立場は変わらないのは分かってると思うんだけど…」


ポーラ達は出場者の登録表を見ながら話していた。


「ミオ・レンティーナ…ナナ・イレイブン…聞かない名前、居たかしらこんな人」


リンシェン達のチームには見慣れない名前があった。


「ファイゼン!この名前聞いたことある?」


離れた場所でギアの調整をしているファイゼンに名簿を送る。


そして一緒に作業をしていたセレス、アーニャもその名簿を覗いた。


女性魔道士達と仲がいいファイゼンなら知っているかもしれない。


「うーん、ミオって子は聞いたことあるかもしれないけど、ナナって子は知らないな。ランクは?」


「さすがに載ってないわね」


さすがの彼も貴族にまで手を出すほど命知らずではなかった。


「ミオ…まさか…」


心当たりがあったのはアーニャの方だった。


「知ってるの?」


「いや…あたしが知ってるのはヤバい人だし…人違いだと思うわ」


「誰?」


星歌ほしうたの君。確か身分を隠してる時の名前がそんな感じだったはずよ」


それを聞いた全員は一気に顔が青くなった。


「いやいやいやいや!だって接点無いし!」


「そうよ!別人よ!」


信じられない、いや信じたくない。


「でも…ミナならあり得るんじゃ…」


「ひぃ!やめてよセレス!」


「逃げるなよ」


「ダメ!ダメダメ!!それ以上は知らない!知りたくもない!!」


セレスの言い分は確かにある。


だがそれを認めるとこの先に面倒事しかないことはわかっていた。


(頼むから私をイジメないでくれよ…)

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