第3話 ささやかな朝ごはん

 夜なべしてネットの海を泳ぎ続けた。オカルト板に都市伝説動画にまとめサイト。途中、個人的に興味があった『フォトンベルト突入による高次元移動』という記事に脱線もした。

 ネットサーフィンでの収穫は一つだけだった。タイムスリップの話のほとんどが『未来人が現代にきた話』であり、予言めいたメッセージを残して去っているということだ。

 『過去の人間が現代にくる』という逆のパターンは全く見当たらない。タイムマシンが開発されていないのだから当たり前ではあるのだが……それはそれで謎が深まるばかりだ。


 ──大きな疑問は一つ。


 それは『タイムマシンなしで時間移動が可能かどうか』だ。すでにタイムマシンは存在しているという話は都市伝説としてまことしやかに囁かれている。

 しかし事件に巻きこまれたわけではないという美桜の証言をかんがみると、タイムマシンは使われてないと考えるべきだろう。

 美桜のマンションがあったのは郊外の住宅地だった。もしタイムマシンの実験に巻きこまれたとしても、近隣に実験施設があるとは思えない。常識的に考えれば、不測の事態に備えて密集地は避けるはずなのだ。

 と、大きな焦点を導き出したところで意識が飛んだ。気づかぬうちに寝落ちしていたらしい。


「おはようございます。泰介さん」


 目を開けると制服姿の美桜がいた。どうやら『寝て起きたら自然ともとの時間に帰っていた』なんて都合のいい現象は起きなかったらしい。


「おはよう……美桜ちゃん」

「朝食、できてますよ」

「マジで?」

「と言っても冷蔵庫にあるもの限られてて……作ったのおにぎりなんですけど」


 気恥ずかしそうに美桜が下を向く。

 泰介にとって献立はどうでもよかった。自分が作らなくても食事が勝手に出てくるのは久しぶりだったからだ。こんなことなら食材を買い足しておけばよかったと少し後悔した。


「それでも嬉しいよ。ありがとう」

「いえいえ。居候いそうろうしてる身ですからこれくらいは」

「じゃあちょっと顔洗ってくるから。その後すぐに食べるよ」


 それからすぐに小さなテーブルを二人で囲み、朝食をった。

 早速おにぎりを一つ頬張る。作りこそ単純ではあるが、白米と具材だけでも充分な美味しさだ。


「お味、どうですか? おにぎりだから不味いことはないと思うけど……」

「うん、美味しいよ。気持ちこめて作ってくれたのわかるし」


 昨夜の残りの鮭に実家からもらってきた梅干しにおかずが足りなかった時用に買っておいたふりかけ。具材のバリエーションは豊富とは言えないが、なるべく多くの味を作ろうとした努力が見てわかった。


「よかったぁ」

「そういえば、今日はどうする? どこか調べる当てとかある?」


 おにぎりを飲みこんだ泰介は別の話題を振った。美桜のタイムスリップの原因の究明は急いだ方がいいと思い、自然と言葉がこぼれたのだ。


「いえ……やっぱりこの時代のことはまだわからないので。下手に動くよりインターネットで情報取集するのがいいのかなって」

「なるほどね」

「泰介さんのご予定は?」

「僕は予定ないね。昨日で大学終わりだから。夏休みってわけ」


 泰介は実家に帰るつもりだった。長い夏休みをこの部屋で独りぼっちで過ごすのはあまりに退屈だ。もし昨日美桜に出会っていなかったら、今日にでも出立していただろう。


「で、僕から提案なんだけど駅の方にいってみない?」

「でも闇雲に歩いても手がかりがあるかどうか……」

「調査もあるけどさ。ほら、その格好」


 泰介は制服を指差した。美桜は昨日と同じ長袖のブラウスにスカートという出で立ちだった。


「いつまでも冬用の制服じゃ窮屈だろ?」

「確かに……泰介さんの服借り続けるわけにもいかないですよね」


 昨夜はシャツとズボンを寝間着として提供したが、流石にその格好で外に出るのは無理がある。ダボダボの姿で街を歩かせるのは泰介としても忍びなかった。


「僕の予想だけど……多分、すぐには帰れないと思うんだ」

「私もなんとなくそう思ってました。ネットの検索だけじゃなにもわからないし……自然と解決することでもないような気がする」

「当分はいく当てがないわけだし、色々買い物しておこうかなって思って。ついでに僕が案内すれば調査にもなる」

「それもそっか。でもいいの?」


 美桜が砕けた言葉で問い返してくる。等身大の彼女を垣間見た気がして泰介の心がおどった。


「美桜ちゃんさえよければ全然オッケー。あ、でも高い服とか買えないのは先に謝っておくね」

「そんなわがまま言わないって!! 服装を気遣ってくれるだけでも……充分嬉しい」


 美桜の頬が紅潮する。

 その様子をなぜか泰介は直視できなかった。妙に気恥ずかしい。こんなふうに女の子と会話のキャッチボールをするのはいつぶりだろうか。


「じゃあ、食べ終わったらすぐいこう。善は急げだ」


 恥ずかしさを誤魔化すように予定を決めてしまう。ただ本心でもある。一刻も早く美桜をもとの時代に帰したい。不安を取り払ってあげたい。

 決意を新たにした泰介は残るおにぎりを勢いよく頬張った。

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