第2話 状況整理
いざ家に連れてくると様々な不安が脳裏を
「未成年連れこんでるからこれ犯罪なのでは?」とか。
「でも過去からきた人ってことは今は成人してるかもしれないからセーフなのか?」とか。
「そもそもタイムトラベラーに現行法は適用されるのか?」とか。
しばし自問自答してから深く考えることはやめた。話を聞いてみないとなんとも言えないのだ。
「汚い部屋でごめんね」
「いえ、そんなことないですよ。お邪魔します」
一礼した後、美桜が部屋へと上がる。「汚い」と謙遜して言ってはみたが、印象はよかったらしい。小まめに片づけをする癖の
「ベッドの上にでも座ってて。飲み物なにか飲む?」
「大丈夫です! そこまで気を遣わなくても……」
彼女を見遣ると胸の前で両手を忙しなく振っていた。気を遣い過ぎた。美桜の様子を見て、慣れないことで緊張しているんだと泰介は自覚した。
「そう。まあ、なにかあったら言って」
「はい」
ひとまずは落ち着いて話を聞くべきだろう。泰介は床に座っている美桜の前であぐらをかいた。
「さて……どうしたものか」
「本当に私のこと信じてるんですね」
「そりゃまあ。嘘ついているように見えなかったし、嘘にしてもタイムスリップは大仰過ぎるでしょ?」
「それもそうですね」
泰介の言葉に合点がいったらしい。信じてもらえているとわかったからか、美桜の顔から強張りが溶けていた。
「じゃあ、まずは自己紹介ってのはどう? そこに手がかりがあるかもしれないし」
「わかりました。とりあえず私がわかることを話してみようと思います」
それから美桜は自分の来歴を語った。
この街とは少し違う過去からきたこと。
町田郊外に住み、私立の高校に通っていたこと。
そして生まれた年が泰介と同じだったこと。
「ちょっと待って。じゃあ僕たちタメってこと?」
「そうなりますね。変な感じ……ですけど」
「話しやすい言葉で話してくれても大丈夫だから」
「お気遣いありがとうございます。多分慣れたらタメ口になっちゃうかも」
「僕は平気だよ。で、えっと……話の続き。生い立ちとか時代とかはわかった」
美桜の話を聞く限り、違和感はなかった。泰介の知っている二〇一八年と大差がなかったからだ。
ただ、疑問はある。彼女はこの時代に居場所がないのだ。たった数年で、わからなくなるほど街の景色は変わるだろうか?
「単刀直入に聞くけど、どうして君は自分がタイムスリップしたって思ったの? 君はそれまでなにをしていたんだ?」
「私は……ただ学校にいこうとしただけなんです。いつものようにマンションのエレベーターに乗って駅までいこうとして……気づいたらなんかすごく街並みに違和感を覚えて……」
「なるほど……なにがすごいできごとがあったわけじゃないのか」
「うん。それでスマホを確認しようとしたら、繋がらなくて……圏外になるはずない場所なのに。慌ててマンションに戻っても全く違う建物があるだけ。もうなにもかもわからなくて……とりあえず見慣れてる駅前の広場にいって、それから人のいる大通りに出てなにが起きてるのか確かめようとしました」
広場にいたのは唯一見慣れた場所であり、落ち着くから留まっていたようだ。駅前という立地から行動の起点にするのには打ってつけの場所であり、合点がいく。
「そこで見つけた手がかりが未来にきているってことだったわけか」
「お金はちゃんと使えたから、ネットカフェで検索したんです。そしたら年が未来になってて……色々検索しても見覚えないニュースばかりでした。県知事選の記事とか知らない芸人のゴシップとか」
「ああ、あの芸人のニュースね。結構前に漫才大会で優勝してた気がするけど」
「そうなんですか? 本当に知らないことばかり……同じ日本なのに別世界にきたみたいで気持ち悪くなりそう」
「そりゃあ知らないものだらけじゃ気持ち悪くもなるよな……」
美桜の経験は想像に難くなかった。今やスマホやSNSといった技術によって自分の手の中で情報を自由に閲覧できる世の中だ。
情報を絶たれ、全く知らないニュースで溢れかえる世界に迷いこんだら……考えただけで身の毛がよだつ。景色は遜色がないのも相まって、不気味だろう。
「私がわかるのはそれくらいです」
「そっか。本当にタイムスリップしたって事実しかわからないな。この先は調べてみないとなんとも言えないね」
「ごめんなさい……」
「君が謝ることじゃないでしょ。巻きこまれただけなんだから」
「そうだといいんだけど……」
不安で美桜の顔が曇る。どうにか安心させたいと思うが上手い言葉が喉から出てこない。
「とりあえず! パソコンは自由に使っていいから! 僕はスマホでオカルト掲示板とか都市伝説とか探ってみる」
微妙な間が気持ち悪かった。慰めの言葉の代わりに思ったことを口走ってしまう。
「なにからなにまで親身にしていただいて……ありがとうございます」
「まだ感謝されるようなことできてないって」
それが泰介の本音だった。
自分はただ話を聞いていただけだ。彼女を安心させることもできなかった。手がかりを掴むことも推理を組み立てることもできていない。
──僕は彼女をもとの時代に帰せるのだろうか?
一抹の不安が胸に巣食った。
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