第4話 町田駅前

 量販店に雑貨屋、カラオケにファストフード店。駅周辺へと足を運べば大抵の店はある。その中でファストファッションの店を巡り、美桜が気に入った服を買っていく。

 躊躇ためらいなく金を支払ってる自分が女の子に貢いでいる男みたいに思えたが、背に腹は変えられない。一時的な出費ならこれくらい大したことはないと泰介は自身に暗示をかける。


 買い物をして一段落したところで駅前のデッキ広場へとやってきた。広場と言っても別路線や周辺ビルへの連絡通路の合流点なだけで、休憩用のベンチはない。夜になるとストリートミュージシャンが歌っていることもあるが、午前中の今は見る影もなかった。

 周りはビルだらけで景色を一望はできない。それでも大通りは吹き抜けて数キロ先までよく見える。


「美桜ちゃんの時代と比べてどう? 見慣れた景色だって言ってたけど、なにか違いとかある?」

「うーん……マルキューもツインズもあるしなぁ。やっぱ数年じゃ景観はあまり変わらないのかな。ほら、あの銀色のよくわからないやつも」

「ああ、あれね」


 美桜が指差したのは広場の中心でウネウネ動くオブジェだった。横浜線町田駅前の名物。どんな意味があってあんな形をしているのかは知らないが、その特異な形から待ち合わせ場所としてよく用いられる。


「あれ見ると、自分の時代と変わらないんだなって安心する」

「だからこの前ずっと眺めてたのか」

「う、うん。見られてたんだ」

「まあ、ね」


 美桜は恥ずかしそうに頬を指で掻いた。あのオブジェをまじまじと見つめることなど町田市民はほとんどないだろう。だからこそ逆にその姿が印象的だった。


「でも違和感はあるんだろう?」

「そう。なにかが根本的に違う気がする。こんなに栄えてて、人多かったかな。もう少しなんか……違う気がするんだよね。栄えてるけど僻地って感じで」

「僻地……ねぇ」


 泰介は顎に手を当てがいながら美桜の言葉を反芻はんすうする。

 町田のことはだいぶ前から知っているが、そんな印象は思い浮かばなかった。『西の渋谷・秋葉原』というくらいファッションやホビーが充実した街で、人口も年々増えていると聞いている。


「私が住んでたマンションがなくなってるってことはこの数年の間になにかあったってことだよね?」

「震災……は違うしなぁ。この辺がその影響で立て直したって話聞いたことないし。なにより数年前の話じゃない」


 二〇一八年から今までの間に起きたことを思い出そうとしてみるが、なかなか出てこない。駅を中心とした繁華街地区にこの数年で大きな変化はないからだ。

 マルキューもツインズも銀色のオブジェも昔から変わらずある。変化と言えば今まであった店が閉店し、新しい店ができたくらいだろう。


「郊外の方は? 再開発とか立ち退きしなきゃいけなくなったこととか」

「僕が詳しく知らないからかもしれないけど、そんな話は聞いたことないな。一〇年近く前に再開発の話があったって記事を見た気がするけど、年代が合わない」

「そうだよね……普通数年でそんな大きく変わるわけないよね」

「美桜ちゃん……」


 項垂うなだれる彼女になんと声をかけていいかわからなかった。街に出てみたが出がかりはない。少しはなにかわかると期待していたが、尻尾さえ捕まえられない。


「案外数年の間に引っ越しただけなのかも。それじゃあ過去の私が知らないのも無理ないよね」


 無理に笑おうとする美桜を真っ直ぐ見ることができなかった。泰介は自分の無力さを痛感する。


「ごめん。役に立てなくて」

「そんなことないよ。家がわからない以上、私は泰介さんのところで世話になるしかないもん。居場所をくれるだけで充分。うん、居場所をくれるだけで」


 ──居場所。


 その言葉が妙に突っかかった。大学に居場所がない自分とオーバーラップしてしまう。


「そっか。それならよかった。居場所がないのはつらいもんな」

「うん。だから私はとっても感謝してるよ」


 美桜が見せた笑みはさっきと打って変わって朗らかなものだった。心の底からそう思っているのだろう。

 その言葉だけで心が言いようのない温かさに包まれる。心底から喜悦がこみ上げてくるのだ。

 彼女の居場所でいること。それが自分にできることだと……泰介は自身に言い聞かせた。

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