16 花
ポルックスの遺体の埋葬は手早く簡潔だった。
家の近くの森に穴を掘り、何枚かの布でくるんだ遺体を入れて、土を被せる。穴埋め人達には手馴れ過ぎている作業。
だが、彼らがいつも埋めるのは穴であり、死者はそこにいないのだ。穴を埋めるためのシャベルで穴を掘るなど、穴が気まぐれに呟く皮肉にしか思えなかった。埋めている最中は誰も口を開かなかった。
埋葬した跡に、ポルックスの描いた花の絵を置いた。近辺の森に咲いている花が見つけられなかったためである。美しい青色の花が、白い朝を迎えた森の中に、浮かび上がる。
「何で死ぬんだよ、本当によ」
ルードによって行われた死者への祈りの後、そう言ったのはアレクだった。
「何だ? 今更、何に絶望するっていうんだ? そんなの皆一緒だろうが。平然としていたくせに、お前……」
彼の言葉にすぐ答えられる者はいなかった。ルードがゆっくりと言った。
「あいつの事だから、思うところがあったんだろう」
「わかってるよ! わかってるけどよ……そういう問題じゃねえだろ」
アレクは腹立たしげに地面を蹴った。跳ねた小石が偽物の青い花にあたり、こつんと跳ね返って止まる。
「……ポルックスはどうして、穴埋め人になったの?」
ネルは小さな声でルードに尋ねた。
ポルックスが自ら命を絶った理由は結局、ネルにはわからない。遺書も残されていなかった。予想できるとすれば、昨日の幽霊騒ぎが引き金となったのだろう、という事だけ。
だからこそネルはポルックスの罪を知りたかった。彼の胸を塞いで、死へと追い込むほどの灰とは、一体どれほどなのだろうかと思った。
「あいつ、喋らなかったのか……」
ルードが悲しげに呟く。彼はいつも荒野で祈る時に使う紫のマントを着ている。ルードの言葉の余韻を、アレクが引き継いだ。
「今この森に住んでる穴埋め人の中で、一番多く人を殺しちまった奴だよ」
アレクの声以外の、全ての音が消え失せた。孤独な闇の中にこだまするように、声だけがネルの耳に反響する。
「戦争だ。お前は知らねえかもしれないが、前に南ででかい戦争があったんだよ。あいつは軍人だったから、敵部隊まるまる一個吹っ飛ばしたそうだ。爆弾でな。あとはわかるだろ……戦が終われば英雄も厄介者、って事さ。ふざけんじゃねえよ」
アレクはいつにも増して乱暴な話し方であった。しかしその声音には、怒りよりも悲しみの方が色濃く現れていた。
ネルはポルックスの様子を思い出した。出会ってからの日々の中で、話し、笑い、接してきたポルックスのどの表情を思い返しても、戦争で人を吹き飛ばしたような影を見つける事は出来なかった。親切で穏やかであり、そして絵を描く事が好きな、至って普通の人であると感じていた。
思い返してみれば、初めて会った日の夜。ネルに『穴』という病気と、穴埋め人について話してくれた彼の雰囲気だけは、どこか違う色があった。穴を呪いだと言い、穴埋めは正当な罰だと言った彼はあの時、何を考えていたのだろう。残された者達に知る術はもう無い。
それに、彼が昨日見たものは何だったのか。彼の罪を聞いて、ネルにはその答えがわかった気がした。
この森で見える幽霊とは、罪そのものではないのか。ネルが両親を見たように、ポルックスの目に映っていたのは、かつて死なせてしまった数多くの人間ではないか。
たどり着いた答えをルードとアレクに話そうとは思わなかった。二人とも既に同じ考えにたどり着いているような気がした。きっと誰も口にはしないだろう。暗闇に覆われて、もう姿の見えない穴について、生者が暴き立てるようなまねをしてはならない。
まだ新しい色の土のそばで、ポルックスの絵は輝くような色彩を花開かせている。
●
ごう、と風が鳴って、ネルは思わず首をすくめた。
その日の夜、ネルがベッドに入ってからも風は止む気配が無い。夕方頃から少し風が強くなってきたと話してはいたものの、ここまでひどくなるとは思ってもいなかった。
風が吹いているのは変わった事ではないが、こうも激しい風はこれまで無かった。この土地では、夜風はまるで喪に服すように、いつも忍び足で去っていく。それなのに、よりによって本当に喪に服す日に限って、風は足音高く通り抜ける。
「気にするな。気にしなくていい」
荒野から帰ってきたルードは心配するネルに念を押してそう言った。だがルード自身も、吹き荒れる風に困惑しているようだった。一方、ルードがそんななので逆にアレクの方は落ち着いて見えた。
「気にしてんのはお前の方だろ。うろうろしてたって仕方ねえよ。あ、洗濯は干すなよ、どこまで飛ぶかわかりゃしねえ。さっさと寝るに限るさ」
けれども、皆の寝静まってからも風は泣き叫び、不気味にぐるぐると森の上を飛び交う。
そしてひときわ大きく、ぞっとする悲鳴のような風の声で、ネルははっと目を覚ました。
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