11 変化
ネルが穴埋め人達と共に暮らしていても、彼らの生活と穴埋めに変化はないし、ネルも彼らから執拗な関与を受ける事はなかった。ただ荒野に穴埋め人達がいて、そこに一人の女の子が混ざっている、そんな奇妙な共存が続いた。
いくら一緒にいるとはいえネルは一時的な存在だという認識までは変わっておらず、三人の男達はネルをどうするか話し合い、結局、穴の生まれない次の休みの日に街の近くまで送っていこうという事になった。
しかし穴は、意志を持ってネルを引き留めているかのようだった。穴は連日現れ続け、穴埋め人達は休みなく荒野へと通わざるを得なかった。
ネルは彼らと一緒に行ったり行かなかったりを繰り返した。行った時は休憩の準備を少しでもしたり、行かない時は夕食の準備や、やってくるパウエルの荷下ろしを手伝ったりした。
見張り台から景色を眺める事もよくやった。留守番の日は昼の明るい荒野を眺め、荒野を訪れた日は帰ってきてから景色の全てが夜に覆われていくのを見届けた。
荒野を見ていると、時折、幻が見える気がした。
身をかがめて土を集め、穴を埋めていく巨人の幻。
見張り台よりも高い巨体が、ネルの方を見返す事は無かった。荒野の外の世界には目もくれずにひたすら自らの作業に従事する。巨人の姿を、ネルはいつまでも見張り台から見つめていた。
ネルがこの地に来て十日が過ぎた。変化は突然に、幻覚などではなく、はっきりと目に見える形で現れた。
その日、ネルは穴埋め人と一緒に荒野へ向かった。
他の男達とも合流したが、ロッヒだけがなかなか姿を現さない。旗は確かに上がっていたのに、と皆が首を傾げていると、ようやく帽子をかぶった男が現れたが、その場にいた皆が違和感に気づいた。
ロッヒは片目しか無かった。左眼を白い包帯が覆っていたのだ。
ただでさえ得体の知れなさの塊のようなロッヒに、さらに異様な変化が訪れているのを見て、多少の異常には慣れている穴埋め人達であっても動揺せずにはいられなかった。
「今日は東南に一つ、北に二つだ。北より東南の方が大きい。テルゾからロナが東南、残りは北へ行け。さっさと終えろ」
自身の包帯については一言も触れずに、ロッヒはしゃがれ声で言った。
はっと思い出したようにして行動を開始する者達。ロッヒをじろじろ見てからその場を離れる者達。それぞれが気にしつつも直接尋ねる事は出来ず、指示通りに散っていく。
「行くぞ、おい」
アレクがネルに声をかける。もう他の二人は荷馬車へ移動している。
だがネルはロッヒから目をそらさない。顔の半分を覆うほどの包帯に何が隠されているのか、見通そうとさえしていた。
「どうしたの。左眼、どうしたの」
やめろ、関わるな、とアレクが肩を引っ張ったが遅かった。ネルはロッヒに問いかけていた。
残された右眼がネルを見据える。曇天のような暗い色の瞳。これが人間の目なのだろうかとネルは思った。それほど生気が感じられない、しかし代わりに何か例えようのない意志の込められた視線。
「行け」
ロッヒはそれだけ言って身を翻す。一人で岩場の方へと歩いていく。追いかけようとしたネルはアレクに引っ張られて止められる。
「やめとけ、行くぞ」
「でも……」
「黙れ、良いから行くんだ」
アレクの口調は強かった。引きずられるようにして荷馬車に乗せられる。動き出した荷馬車から見えるロッヒの背中は、黒い影となって見えなくなってしまう。
その日の夕方、埋められた穴の前で、ルードはいつもより長く祈りを捧げた。
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