アンナとハンナ


                          

 お姉ちゃん、と雛乃は言った。「私、川に行きたい」。

なんだかわざとらしいぐらい、フロントガラスを真っ直ぐに見つめていた。

「ドブ川でもいいの?」

 私は、泥のついたジャガイモを洗ったときのように、底の見えないほど淀んだ川を思い浮かべながら言った。あの川が一番家から近い。ザリガニさえ釣れないのだと聞いた。いつからあるのか、所々に黴の生えたクーラーボックスがずっと川岸に落ちていて、誰も手入れをしないから、川の両際に背の丈ほどの雑草が生い茂っている。川辺に下りることは無理だが、橋の上からでも眺めればいい。

ふと助手席に座る雛乃を見ると、顎をかすかにつき出し目を細め、予想していたまんまの不愉快剥き出しの顔をしていた。場違いの発言。台無しと言わんばかりの。ため息と共に、ハンドブレーキを引いた。

「はいはい、そこはいやなのね。わかりました」

 雛乃の芝居がかった表情を見て、こうなるとわかっていながら口にした自分をつくづく陰湿だと感じなくてはならなかった。


 雛乃と一緒に出掛けてきたら、と言い出したのは母だ。

「・・・・・・なんで?」

 唯一テレビの置いてある茶の間で、もらい物の羊羹を食べていた私は竹串を噛んだまま言った。

 今年の3月で大学を卒業する。就職は関東の印刷会社に決まり、4月には上京、晴れて一人暮らしをする予定になっていた。これまでずっと実家暮らしだった亜佐乃だが、サークル活動が活発で遠征も多く、最近は一人暮らしの費用を貯める為、居酒屋のアルバイトに明け暮れて帰宅するのも大抵早朝だった。そして両親たちが仕事の間は学校で卒業論文を書き、またアルバイトへ、というサイクルだったから実家住まいとはいえ家族と顔を合わせる事は滅多に無かった。ようやく一人暮らしの費用が貯まり、卒論の目途もついて休みらしい日々を満喫できると思ったその矢先だった。

 いい大人が小学生の男子みたいに投げやりな言い草をすることに我ながら子供じみているとは思ったけれど、いちいち狼狽える母もいやらしい。

「なんでって・・・、亜佐乃は冷たいわね。妹でしょ」

「あいつ今年で高校3年生でしょ。受験じゃないの?」

 雛乃は私の妹とは思えないほど、顔のつくりも考え方も違う。

酷い猫っ毛で、大した身繕いもしないのに髪を寝かしつけるだけで30分は時間を食う私と違って、雛乃は腰ほどの長さがあるにもかかわらず寝起きだろうが梅雨だろうが常に頭頂に艶々の天使の輪っかがあり、絹糸ほどに柔らかい素直な髪質をしている。手足の長さこそ平均的だが、無遠慮に触れることをためらう細さと指先に甘い角を持っている。子猫のように高い声でゆっくりと喋り、好き嫌いは少ないが食べるのが物凄く遅い。私と雛乃の好きなものは真逆というより、私が嫌いなものが雛乃の好きなものであることが多かった。種を噛むと虫酸が走る私が嫌いなキウイフルーツをあの子は好んで食べていたし、しゃばしゃばと水っけの多い西瓜も喜んで食べていた。

両親は、うまく好き嫌いが組み合わさって、残し物がなくなっていいじゃないかなどと言って喜んでいたけれど、私が嫌いなもののことごとくを「食べられる」んじゃなくて「好きで食べる」、雛乃をなんだか虫が好かないと思っていた。もちろんそう思う原因はそれだけではなかったのだが、馬が合わないっていうのはつくづくこういう事をいうのだろう。

「そうだけど、勉強漬けでも効率悪いって言うじゃない? あんたのときはどうだったの」

「さあ・・・・・・」

 言ってからしまった、と思った。別に、意地悪して教えなかったんじゃない。受験期なんて誰にとっても辛い季節だったはずだ。プレッシャーに追い込まれて、この先の人生全てが決定する訳でもないのに、変に一重も二重も考えこんじゃって、とんでもない結論へ辿り着いたりする、受験期なんて、たちの病気にかかっているみたいなものだ。そんな時期の事を、好んで覚えていなかっただけだ。けれど母は察することなくいつもの決め台詞を言う。

「つめたい子ね。あんたたち、たった二人の姉妹なんだから仲良くしなさいよ」

 顔中に皺を寄せて羊羹をつつく。中学生くらいまでは私を律儀に反省まで導いたこの言葉も今はあまり効果を持たない。けれども、だからこそ奇妙にねじくれた形になって粘っこく纏わりつく。母のいう言葉に間違いはない。私の妹は雛乃だけ、雛乃の姉は私だけ。地球に住む人口が確か70億ぐらいで、顔が似ている人間ならば探せば見つかるかもしれないけど、本当に血が繋がっている姉妹はお互いたった一人だけだ。私たちが姉妹でいることは数十年と変わらない日常的なことだけれど、それが稀少なことも事実だ。70億からたった一人を引き当てたのだから、何かしらの必然性や、運命とかいうロマンチックな言葉を差し込みたくなるのも理解出来ないことじゃない。けどそれはあくまで第三者の感性だ。こうであったら素敵だ、という希望や理想。当人たちもそう思うのなら何も問題はないけれど、とりあえず私と雛乃は違う。全く似ていない私たちが血の繋がった姉妹であることは、ちょっと珍しいことだとは思ってる。けれど唯一無二の姉妹に生まれたから仲良くしなさいと言われるのはどうにも引っかかる。雛乃を特別好きではないが、何も大嫌いだとか、いなくなれだなんて思いはしない。幼少期、「姉妹は仲良しであるものだ」と母に耳にタコのできるほど言われ続けた私の無意識の反抗なのかもしれない。また、母にも一つ年下の妹がいて、娘の私から見ても二人はとても仲が良かった。服の好みが似ていたし、容姿はそれなりに違うけれどふとした仕草がお互い見違えるほどそっくりだった。母は週に一度は、その妹へ電話していて何もかも明け透けな二人の間に秘密と呼べるものはない。仲の良い姉妹がそのまま大人になったような遠慮のないあっけらかんとした言葉で喋る。そんな彼女にとって、私と雛乃の距離を置いた関係はとても信じがたく冷めたものに見えるようだ。思えば母は、ことあるごとに私と雛乃の仲を深めようとしていた。高校にあがる直前までお揃いの靴下やポーチなどを買っては私たちに勧めてきた。母の買ってくるものは必ずワンポイントの刺繍がある。チューリップとか、ひよことか。それから家族で食事をするとき雛乃は必ず私の隣に座らせた。友人の入り交じった遠足のブルーシートでも、ファミレスの四人席でも。私は亜佐乃で、妹が雛乃。姉妹だからね、お揃いにしたかったのよ。

「それにあんた、もうすぐ一人暮らしでしょう。電話はするけど、顔なんかしばらく見られないわよ。だから、勉強の息抜きにちょっと連れ出してやってよ」

 頷くのも、理由も浮かばないまま断るのも面倒で、ああとかうんとか曖昧な返事をすると、母はさっと立ち上がって

「いいわね。じゃあ午後にでも行きなさい。雛乃にはあたしから言っておくから」

「え、今日? いや、ちょっと待ってよ」

「何。黙って見てればずっとごろごろしてばっかりで。どうせ予定ないんでしょ」

 私の制止の言葉も聞かず階段を駆け上がり、「雛乃お」と間延びした母の声が聞こえた。私は「待ってよ」の「よ」の形で口を開けたまま、ぼそぼそとかすかな話し声が止むのを待っていたが間もなくして母が再び階下を下りてきて言った。

「雛乃も今日は大丈夫だって。お昼ご飯、食べてから行きなさいね」

 恨みがましい視線を物ともせず、母は逞しく歩いて洗濯物を干しに外へ出た。ほら天気も良いんだから、という外からの呼び掛けにも応じず残りの羊羹を竹串でサイコロくらいまで細かく切り分けた。

 私と雛乃に似た部分がないといったが、1つ共通しているところがあった。

私たちは多弁じゃない。話しかけることが無いわけではないが、自分から話題を提供したり、捲したてるタイプではなかった。少なくとも私はそうだ。雛乃も恐らくそうだと思う。自分からぱきぱきと話すのを見たことが無い。もちろん私が見ていない場所では違うのかもしれない。雛乃が、例えば友人と一緒に喋っているところを見たことがなかった。つまり私たち姉妹にファミレスで、または喫茶店でお喋りという選択肢は無いのだ。間が持たないし、私は寛げず、律儀に気詰まりを感じる。

くるっとその辺りをドライブして数分で戻って来ようと考えていたのだが「川に行きたい」と言われるとは思ってもみなかった。川。写生もしない、特に写真や自然散策や、そういった類の趣味もない雛乃がなぜそんなことを言い出したのか、まるで脈絡がなく、またそうしたところが絶妙に私の癪に触るのだった。これが例えば、「西友に行きたい」とか「ボーリングがしたい」とかであれば私は2つ返事でそこへ行くというのに。とりあえずそれとなく川を目で探しながら、近所を走ることにした。

「雛乃、気になったところがあったら早めに言ってよ。急に止まれないからね」

そう言って、ふと隣をみた時、雛乃の膝の上置かれた薄桃色のボストンバックに大きなくまのストラップがついているのを目にした。

ストラップというには大きくて、ちょっとした小さなぬいぐるみを鞄にぶら下げているといったほうが良いかもしれない。前の信号が黄色に変わるのを見て、ゆっくりとブレーキを踏み込んだ。

「・・・・・・そのくまのストラップ、なんのキャラクター?」

 車を停車して訊ねる。雛乃はぼうっとしていたが、目線を追ってああ、と答えた。

「アンナよ」

「そういうシリーズなの?」

「? シリーズって何」

「だから、シルバニアファミリーとか、ダッフィーとかそういう」

「違う。私がつけたの」

 十八歳になる女性が、ぬいぐるみに名前をつけていることは果たして相応なのだろうか。雛乃は白いふわふわした毛のくまの丸い耳を撫でるようにして触れている。

自分の妹だから、こうしたことに少し過剰になっているのかもしれない。しかしどこか、妙な既視感がある。くまのストラップ。くまのぬいぐるみ。

 ふとあることを思い出した。私と雛乃が今よりずっと幼い時、雛乃は確か中学校にあがったばかりだった。私の誕生日のときだ。クリスマスや誕生日、そうしたイベントがあったことは覚えていてもその時交わした言葉や、誰にどんなプレゼントを貰ったかということを私は明確に覚えていられる方ではないのだが、あの時、雛乃から貰ったプレゼントは覚えていた。四角い形をした藤の籠の中に、赤いアーガイル柄のワンピースを着た、瞳が真っ黒なビーズのくまの縫いぐるみを寝かせて、多分100円ショップで買ったのだろう水滴が樹脂で繕われた色とりどりの造花が籠の隙間に敷きつめられていた。それが、中学生だった雛乃が当時の私に送ったプレゼントだった。

 なぜ今思い出すのだろう。

「お姉ちゃん、あそこ」

「・・・・・・あ、なに?」

 雛乃は窓の縁に手を掛けて、前方を指差していた。こちらの道を車で通ることはほとんど無い。車内からでは川の全景を確認することが出来ないが、川縁に下へ降りて行けそうなコンクリートの石段があるのは見えた。

「ここが良い。止まって」


 祖母が死んだのは一昨年の初夏だ。正確な年齢はわからないけれど、私が物心ついた頃から彼女はすでにおばあちゃんだったからかなり高齢のはずだった。老衰だったのだと思う。私たち姉妹は幸いなことにそれまで身内の入院だとか、亡くなるだとかを経験したことが無かった。ある日、祖母が和室で倒れているのが見つかり、救急車で運ばれた。病院には2ヶ月もいなかったが、祖母は最後まで寝たきりだった。私は彼女が亡くなるまでにたった2回しかお見舞いへ行かなかった。1度目は、祖母が入院した翌日だ。入院した彼女と会うのは、その日が初めてだった。少しぼけてはいたけれど、大病を患ったことがないのが祖母の取り柄だった。その彼女が、大小いくつもの管に繋がれてまっ白な病室の中央に寝かされていた。呆然と、どうしてこんなに眩しいんだろう、と思ったのを覚えている。そうか壁が白いからだと気付いたことも。ショックだった。ついこの間まで同じ部屋でテレビを見ていた人間が、物も言わず、チューブに囲まれている姿が。「お母さん、来たからね」と母に呼び掛けられてぴくりとも動かない皺だらけの目蓋が。どこからにおってくるのだろう、消毒液とは違う、病院特有のにおい。心臓が痛いほど鳴って、息をする度に肺が縮むような心地がした。「亜佐乃も、何か言ってあげて」と母が言ったけれど、奥歯を噛み締めたままベッドの縁に立ち尽くして動けなかった。両親と雛乃は何度も祖母を見舞ったが、私はついていかなかった。いくつもの管に繋がれた祖母をもう見たくなかった。ある日、母は家族と見舞った日以来病院へ近寄らなかった私に「雛乃とお見舞いに行ってきなさい」と言った。いつもの姉妹でくっつかせようとする魂胆もあったのかもしれないが、祖母がもう長くないことを私も察していた。そうして2度目のお見舞いは雛乃と共に訪れた。ほぼ1ヶ月ぶりに見た祖母は、前よりも貧相に萎んで見えた。ベッドの周りの機械も増えていた。私はやはり声もかけられなくて、指先を硬く握り込んだまま祖母の足下に直立していた。

「お、ねえちゃん」

 隣にいた雛乃が唇の先だけを動かして、水滴がたっぷり時間をかけて滴るようなひそめた声で呼んだ。

「おばあちゃんが」

 その先がわかったつもりで、私はうんと声に出して答えたつもりだった。けれど口の中で歯を食いしばっていたので酷くくぐもって自分でさえよく聞き取れなかった。きちんと声を出そうとしたら泣いてしまう。嗚咽で喉が塞がっていた。

「オブジェみたい」

 雛乃の言葉を理解するのに瞬き2回分を要した。その間に私は、大きく見開かれた妹の目にまっ白な病室中の光が飛び込んでてらてらと光るのを見た。そして瞬時に雛乃を突き飛ばしたいほどの目がくらむような憎しみに駆られた。実際にそうしなかったのは、私がたたらを踏んだからだ。自分の悲しみに耽っていてタイミングを逃してしまった。物珍しいものをみた、例えば狐の嫁入りや春の雪だとか。そのくらいの気安さ、意外な明るさで雛乃は言った。馬鹿にしていると思った。ふざけている。体の全てで目眩を感じているようだった。理解が出来ない。家族の、祖母が管に繋がれた病室で、嗚咽を堪えている姉に対して「オブジェみたい」などとほざけるこいつが。何も答えない私を、雛乃が見上げた。私の喉を塞ぐほどの悲しみは、そっくり妹への殺意に変換された。あの瞬間、祖母と同じ目にあえばいいと思って雛乃を見た。血管のようなチューブをいくつも飲み込んで祖母の隣に寝るといい。私の顔は醜いほど歪んでいただろう。怒りで口もきけなかったから。雛乃は、はっと目を泳がせて俯き、もう何も言わなかった。酷い目に合わせてやりたいという気持ちを実行するほど幼くはなかったし、その度胸もなかった。ただ明確に雛乃と距離を置き始めたのはその時からだった。


「雛乃」

 道路脇に駐車した車内で雛乃を待っていたかったのだが、20分たっても戻らないので諦めて車を降りた。雛乃は年甲斐もなく川辺の石で水切りをしていた。しかし運動神経というか、勘の鈍い雛乃はやはり下手くそで、石はぼちゃんと水面に叩きつけられるばかりだ。

「・・・・・・」

 石段に腰を下ろす。今時の子どもは水切りなんてするのだろうか。雛乃は顔を真っ赤にして、歯を食いしばり熱心に石を投げている。「・・・・・・雛乃さあ」聞こえなければそれきりにしようと思ったが、雛乃は「何?」としゃがみこんで石を探す手を止めないまま答えた。長い黒髪が砂利の地面についている。

「あんたが中学生くらいの時、私に籠に入れたくまのぬいぐるみプレゼントしたの、覚えてる?」

「覚え、てるっ」

 雛乃は数多とある河原の石の中から1つ選ぶと、振りかぶって水面へ投げる。一度も弾まない。艶やかな髪が弧を描いて振り切った体を追い掛ける。膝の上に頬杖をついた。あんなに全身で振りかぶって、きっと明日は筋肉痛になるだろう。

「あんたがあの時泣いてたのは覚えてるんだけど、なんでだっけ」

 背後の石段に座り込んだ私を雛乃が振り返った。肩で息をしている。もしも、私が車を降りるまでの二十分間、ぶっ通しで投げ続けていたんだとしたらもう体中が痛いはずだろうと思った。

「お姉ちゃん、水切りの手本みせて」

 人形みたいに丸い目の、ピンク色の縁が見えそうなほど見開いて雛乃は言った。絶対筋肉痛になる、と頭の隅でちらりと思ったが頷いていた。


 あの藤の籠に入ったくまのぬいぐるみを貰った後も、私たちは何度か誕生日プレゼントを贈り合ったかもしれない。けれど私が明確に雛乃から貰ったと覚えているのはそれだけだった。雛乃から藤の籠ごと手渡された、くまのぬいぐるみ。そして喉が裂けるのではないかというほどの大声で泣き叫んでいる雛乃の顔。隠そうともしない、子どもみたいに全力で天井を仰ぐようにしてあの子はわんわん泣いていた。雛乃の血色良い上顎が見えた。ぱたぱたと裏返る舌も覗いていた。私はというと、覚えていないのだが罪悪感以上にあっけにとられていたと思う。

滅多に声も荒げない雛乃の、まるで見せつけるような必死の大号泣に。


 モーションはこうした方がいい、とか脚は大きく前に出してといった説明はせず、私はただ何度も水面へ向かって石を投げてみせた。前足で強く踏ん張り、上体を僅かに右に傾け腰を捻るのに追従して右腕がしなる。水切りは特技というほどでもなかったが、投げれば3回、上手くいけば5回くらい跳ねさせることが出来た。私が放った石は、水面を3回跳ねるとぽちゃん、と沈んだ。私は無言で石を放り続け、雛乃も黙ってそれを見ていた。しばらくすると満足したのか、雛乃は再びしゃがみこんで投げるべき石を探し始めた。


「・・・・・・お葬式みたいって言ったからだよ」

 雛乃は赤みを帯びた指先で、石を探している。髪が膜のように横顔を覆って、表情は伺えない。「平べったい石のほうが、うまくいくよ」。黙々と投げ続けていたから、唾液を嚥下しきれていなくて私が発した声は籠もっていた。聞こえていないかもしれない。藤の籠に敷きつめられた造花。

「このくま、お葬式みたいねってお姉ちゃんは言ったの」

 西日が眩しくて、ぎゅうっと力いっぱい目を瞑った。目蓋の裏が真っ赤で、目を開いてもまだちかちかしていた。高校生だった私は、きっと雛乃を笑ったのだろう。私はそれをかけらも思い出せない。聞こえていたのかいないのか、今度は薄っぺらい石を掴んだ。

それにお姉ちゃんにあげたのはくまじゃない、と雛乃は割れた声で言った。

「あれはハンナよ」

 教えたのに。そう言って雛乃は振りかぶった。


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