第2話 稲毛海岸

師走の二十四日、クリスマスイヴ。深夜の日付が変わる一時間ほど前に、私は稲毛海岸に来ていた。海浜公園の鬱蒼とした木々のざわめきと、冷たい潮風が私の感覚の全てを支配する空間だった。いなげの浜の端には一本すうっと海へ伸びたコンクリートの道があり、私はそこを行くことにした。まるで海の上に立っている感覚になるほど、硬く冷たいコンクリート以外は一面海に囲まれた道だった。

コンクリートは大きく割れた箇所ばかりであり、隙間から溢れる脆弱性とそれに付随する恐怖ばかりであったが、何とか先端部に到達できた。そして真っ暗で何も見えないのに、確かに轟音を響かせる東京湾を、ただ呆然と眺めていた。視覚では何も捉えられないが、聴覚を強く刺激する海は、恐怖でしかなかった。本当に飲み込まれそうだった。

無論、恋人などいない。寂しい気もするが困ったことは無い。こうして夜中の海辺に居られるのも、孤独ゆえの自由の賜物だと思う。だから死ぬ気はさらさら無い。はずなのだ。だがこの海を見ていると、何か巨大な存在に呼ばれているような気になってしまう。その真っ暗の中で、見えない大きな手をこまねいているかのようだ。陸にある海浜公園のざわめきも、私の背中を押す。何故か少しずつ足が進んでしまう。引き込まれる。一歩一歩、ゆっくりと確実に進んでしまう。怖い。怖いが止められない気がする。周囲の自然は、私の味方にはなってくれないと感じた。


そこであることに気づく。この激しい波の音とは別の轟音が、水平線の暗闇から近づいてくるのだ。かすかに肉眼でも捉えられる。すごいスピードでやって来る。だんだんそれは、私のそばに迫り来ていた。



ん?



サンタだ!あれはサンタだ。クリスマスの赤い聖人、子供に無償の愛を注ぐ壮年の男。何故かコカコーラが似合う白髪のおじさん。二匹のトナカイが、サンタの乗ったそりを猛スピードで引いているのだ。海面スレスレを超低空飛行しながら、水しぶきをあげてやってくる。その速度は異常で、気がつくともうそこまで来ている。この速さなら一晩で世界中飛び回るのもわけないなと考えた刹那、私のすぐ脇をF1レースの如き迫力と速度で通過していった。すごく元気そうだった。なんかめちゃくちゃ笑ってた。気がする。

きっとあれから子供たちにプレゼントを配り倒したことだろう。私は今でも覚えている。あの「ホォウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウゥ」というサンタドップラー効果を。

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