第35話 花の姫フェリス

 レヴェルト領、ジノラバ──


 突然目を覚ます。

 少しだけ早い目覚め。

 余はなぜこんなに外の空気が吸いたいのか分からない。

 とりあえず外へ行くことにする。

 まだ日は上っておらず、視界の悪い中、余は王宮の庭へ向かう。

 別にただの気まぐれだった。

 ただ、外に行くのであれば水がきれいで、スイレンの花が咲き乱れる王宮裏の湖に行こうと思っただけだった。


 「少し疲れた」


 昨日はグランドロスという大男のもてなしをしていた。

 余は神であり王である。

 であるのにあの男……

 かなりなれなれしい!!

 だが……

 不思議と憎めぬ男であるのも事実。

 余も認めざるをえない。

 あの者はまさしく王であったと。

 それは兵たちの様子を見ればわかる。

 あの者の兵は一騎一騎がかなりの猛者であり、どれもよく訓練されていた。余の兵をもってしても勝てることは無いであろう。

 それだけなら余も奴を王として認めよう。

 ふっ、まぁフロースは奴に余への不敬と言っていたがな。


 そう思いながらレヴェルトは王宮の裏の湖に向かう。

 ここの最も美しい場所へ……


 これは──


 裏庭にて佇む一人の少女

 この余が見惚れている。

 光輝であり、王であり神である余が。

 水辺にて、月明かりに照らされたスイレンの花を眺める美しき乙女を……

 輝く桃色の髪と瞳。

 美しく、整えられた容姿。

 余はこれほど美しいものを見たことがない。

 小さい湖に明かりが差し、一層女を輝かせる。

 胸の高鳴り。

 初めての感覚。


 余は思う。


 ──この麗しき乙女に恋をしているのだと。


                  ⚔


              別世界の王のDifferent world 金彩の戦火


                  ⚔


 余はその乙女のことを見つめていた。

 月明かりが池に反射して、その桃色の髪を照らす。

 

 ああ、こんなにも美しいと思ったことは無い。

 レヴェルトがそう思っている時、ふと彼女は彼に気づく。


 「あっ、すいません。勝手に王宮裏に入ってしまって」


 「いやっ、その……大丈夫だ。別によい」


 あまりちゃんと喋れない。

 ここまで人を前にして喋れないことは無い。

 胸が苦しい。

 

 「あの……大丈夫ですか?顔色がよろしくないように見えますが?」


 「いや、ほんとに大丈夫だ。気にしなくていい」


 「そうですか?」


 「ああ」


 「ふふ」


 彼女は少し微笑んだ。

 何を笑っているのだろう?

 おかしな言っただろうか……

 でも確かにおかしい。

 いつも威厳を保って人と話すが、彼女と話しているとそうすることが出来ない。

 とりあえずもう少し話していたいと思い、彼女に質問する。

 

 「なぜここに居たんだ?」


 少し考えて彼女は言う。


 「ここがあまりにも綺麗だったものですから」


 確かにここは美しい。

 余も金や絵がたくさんあるこの王宮の中で最も好きな場所だ。

 

 「それに、私の好きな花が咲いていたからでしょうか」


 「花?」


 「はい」


 そうして、彼女は笑顔をこちらに向け、池にあるスイレンの花を見る。

 レヴェルトは美しいその少女の可愛げなところにどんどん惹かれていく。

 

 「すまない。名乗るのを遅れた。

 余はこの国の王、レヴェルトルス・ガラールセンラーだ」


 そう言うと、彼女は驚いて慌て始めた。。


 「え!申し訳ございません。王様に気安く話しかけて」


 「いや、気にしていない。むしろそう畏まるな」


 「え?でも……」


 「良いのだ」


 「はい……」


 露骨に緊張している彼女。

 余も緊張してしまう。


 「レヴェルトルス様は、こんな時間にどうされたのですか?」


 黙ってしまう時間を何とかしようと、彼女は余に笑いかけ、話しかけた。

 ここまで気を使わせてはまずい。

 余は王であり、神である。

 このような可憐な乙女に気を使わせるわけにはいかない。

 

 「余は早く起きてしまってな。ここで陽の出でも見ようと思ったのだ。

 ところでお前、名は何という?」


 「申し遅れました。

 私はここに来たウルドニアの王、グランドロスの娘でフェリスと申します」


 「何!」


 今誰と……

 グランドロス?

 誰であったけ……

 驚いた。

 あの男からこんな綺麗な女が生まれるなんてな。

 今世紀最大の驚きだ。


 「そうか。

 では、問おう。なぜこの国に来たのだ?

 別に来る必要は無かったと思うが?」


 「そうですね……」


 フェリスは顔を上に上げる。

 

 「嫁ぐためではいけませんか?」


 「政略結婚のことを聞いていたのか?」


 「はい」


 ニッコリと笑顔をこちらに向ける。

 無論、神眼で先程の理由も知っていた。

 あえて聞いたが、嘘一つ付くことなく答えた。

 普段であれば、この手の女の戯言は聞かないが、さっきからフェリスの心の声がこの神眼によって聞こえていて、それがすごく恥ずかしくなる。


 (この人が私の婚姻相手。かっこいい)

 

 (綺麗な瞳……)


 (それに優しい人)


 うん。

 恥ずかしい。

 褒められるのは慣れているが、自分好意を抱いている相手からもここまで好意を抱かれるのはとても恥ずかしい。


 (この神眼も考えものだな)


 ──でも、そうか。そうなのだな。


 レヴェルトはその少女が何度も心の中で考えている事にえらく気に入った。

 そして問う。


 「これは政略結婚だ。だが別に無理はしなくていいのだ。

 それを踏まえて答えよ。

 そなたは余と婚姻を結びたいか?」


 本当はわかっている。

 だが、その口で言ってほしいのが、男というものであろう。


 「ええ、とっても」


 満面の笑み。

 本当に美しい。


 「レヴェルトルス様も私でいいのですか?」


 「そなただからいいのだ」


 「あなたの隣に居ていいのですか?」


 「フェリスでなければならないのだ」


 「ふふ、お父様に感謝ですね」


 「そうだな。あと、余のことはレヴェルトと言え。」


 「はい、レヴェルト様」


 手を握り、共に星空を見上げる。戦にでるための鍛錬で固くなった手とは違い、折れそうなほど細く美しい。そして汚れを知らぬ手で余の右腕に触れる。

 愛おしそうにまるで宝物に触れるように。そして優しく花のように微笑むのだ。


 「あなたの妻になります。そしてあなたを生涯支えます」


 そう言われた時、初めて嬉しさで体が震えた。

 感じたことが無かった心からの歓喜。

 政略結婚ではあるがこれはまさしく愛というもので形どられていた。


 「ハハハ!余もそなたの隣に立つ者としてこの輝きを世界にまで広がらせる王となろうぞ」


 「ふふ、別にそこまでしなくていいのですよ」


 美しき女神。

 これはまさに地上における慈愛の女神そのものだろう。


 「そなたを愛している」


 「ふぇ!」


 「この世でもっとも」


 「レヴェルト様、その……そんなことを言われると恥ずかしいです。今日会ったばかりなのに……」


 「照れなくてよい。本当のことだ」


 美しい姫。

 これだけ幸福なことは無いだろう。

 嫌われていたら立ち直ることが危ぶまれたが、心の中が分かる故、相手がどう思っているのかわかってしまう。

 なるべく心の中を見ないようにはするが、今はこの眼にも感謝する。

 そなたが余を好意的に思ってくれてよかった。

 故に余も最上の愛を捧げよう。

 我が最愛なる乙女フェリスよ。


 「ところで!余の領地はどうであった?」


 「はい!民たちがとても幸せそうに暮らしていていい所だなと思います」


 「そうか!そうであろう!」


 そうして笑い合いながら語り合う。

 星は二人を祝福するように輝き、囲んでいる。

 日の出まであと一時間ほどであったか、奇妙なことが起こる。

 笑みを浮かべながら話すフェリスの周りに獅子のような姿の仔が近づいてきた。


 「え?これは……」


 小さな羽の生えた獅子。

 レヴェルトの日々の抑えきれない魔力によって生み出される神獣


 神獣ネメア。


 不死の獣にして、その口から吐き出される光はカエルム・ナーヴィスと同等かそれ以上である。

 だがここに居るのはそれの仔。故にその姿はとても愛らしい。

 近づいてきたネメアの仔は、フェリスの膝の上に乗る。そしてその上で眠りにつく。

 めったに姿を見せない神獣だ。なのにこの時にだけ姿を見せたのは運命的なものを感じらざるをえない。

 

 「珍しいな。余意外に懐くことは無いのだが」


 「とても可愛いですね」


 そう言ってフェリスはネメアの頭を撫でる。

 ネメアはとても気持ちの良さそうに膝の上で眠る。

 愛らしい動物と愛らしい姫。

 素晴らしい画だ。

 とてもいい。

 そう思いながらレヴェルトは眺める。

 

 ──父上、最愛の者を得るというのは、とてもいいものですね。

 

 そうして、陽は登り明日が来た。

 最も幸福な明日が……

 

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