三章 同盟と結婚

第32話 父と姉弟 sideレヴェルト

 ジノラバの地、王宮──


 ここはこの世界へきて初めての外国からの王がやってくるため大いに民が盛り上がっていた。

 余も楽しみではある。

 噂に聞く5帝王。

 そんな大層な名で呼ばれている男に会うことを。

 王宮中も急いで泊っていただく部屋やここの物を使った料理や酒を用意する。

 ここまで忙しいのはいつぶりであろうか。

 そこへユーレンが入ってくる。

 余とこの者は幼くして一緒に育てられ、余が唯一認める善人であり、友である。

 我が母に拾われて以降、余と兄弟のように育てられた。

 故に余も心を開いて接することができる。


 「やぁ、王様」


 「その呼び方はやめよと言ったはずだが」


 ユーレンは少し笑い頭裏に手をやる。


 「今日はいよいよこの世界に飛んで初めての外交だね」


 ユーレンは王の間の横の壁すら無く、いつでも一望できるジノラバの街を見ながら言う。


 「まぁ、これまでも外交はやってはいるがな。

 だが、ここまで大きなものはあるまいな」


 「そうだね」


 ユーレンは王の足元で眠っているフロースを見る。


 「ふっ、お疲れのようだねフロースさん」

 

 「ああ、普段なら蹴り起こすところだが、こ奴も準備で疲れておるからな。

 余は寛大であるゆえ、此度は見逃してやろう」


 ユーレンは首を傾げ、どこか不思議そうに言う。


 「ねぇ、前々から思ってたけど、フロースさんは君の前の王様でしょ?

 なのにどうして君の臣下のようにしているんだい?」


 そうだな。

 余もそう思う。


 レヴェルトは王位を譲られた時のことを思い出す。

 余は急に王位を譲られた。

 王が誕生してたった1ヶ月で……

 この国は男や女の差別は無く。

 誰もが高位の役職になれたし、女でも王になることができた。

 そのため、余の姉であるフロースが余の父から王位を継いだ。

 はじめは、なんと凛々しい王であるかと目を疑った。

 いつもポンコツで、ドジばかりする我が姉とは思わなかった。


 「ねぇ、見た!レヴェルト!!」


 「なんだ姉上」


 「私が王だよ!!王!!」


 フロースは嬉しそうに言う。

 父に認めてもらったことが嬉しかったんだろう。

 余は齢8であるが、嬉しそうにする我が姉の頭をなでる。

 フロースは嬉しそうに笑い、余もまたそんな姉を見てうれしい気持ちになった。

 だが……

 ある日家臣たちの話を聞いてしまった。


 「ああ、フロース様はなんともお気の毒に」


 「国の宝であり王の象徴であるカエルムナーヴィスの機能をなに一つ使いこなせなかったとは」


 余はその言葉を聞いた瞬間胸が苦しくなった。

 あれほど王になり、大喜びしていた姉が王の象徴である天の船に選ばれなかった。

 今まで王になった者は天の船を使い、国を拡大してきた。

 そしてその輝きを見て人は王をこう言った。

 神の王、神王と。

 だが今までの王が天の船のすべての機能を使えたわけではない。

 もちろん使えない部分もたくさんあった。

 飛行機能だったり、高出力の光を放出するルクスプルヴィアだったり。

 だが、これまでの王はどれかの機能は使えていた。

 だがフロースはどれも使うことができなかった。

 余はこれほど神を呪ったことは無い。

 神の不公平さを……

 その噂は国中に広がり、そして国外へと広がってしまった。

 そのためこの国を攻めようと数多の国が戦旗を上げた。

 我が父は気にするなと言っていたが、姉はその重圧に耐えることができなかった。

 そうしている間にも我が国ジノラバは戦に負けに負け、その栄華は衰退の一途をたどった。

 そして我が姉フロースは王の職務を放棄し、部屋に引きこもった。

 その間父が代理をしていたが、御年のこともあり時間がなかった。

 そうして止むをえず姉の王位を剥奪し、次代として選ばれたのが余であった。


 「さぁ、我が王。カエルムナーヴィスの船体に手を当て、呼びかけてください」


 爺に言われ、船に手を当て余は天の船に問う。


 「起きよ、この国を救う天の船よ。そして我が求めに応じよ」


 その瞬間だった。

 天の船は目を覆いたくなるほどの光を放ち、余の目はその光輝に焼かれた。


 「王!大丈夫でございますか?」


 声が聞こえる。

 歓声の声が……


 「おぉ!天の船が求めに応じられたぞ!!」


 「これで国は救われる!!」


 余は焼かれた目を無理やりにでも開いた。

 目が沸騰したかと思うほど痛い。

 そして目を開いた瞬間に頭にうるさいほどいろんな声が聞こえた。

 その声はこの目に映る者の様々な心の声。

 この船の力の一つ、『神眼』である。

 余は目を抑え、声のうるささに頭を抱えながら試すつもりで言う。


 「王の前であるぞ。平伏せよ」


 『ザッ!』


 王宮の大階段下の民から周りにいる家臣まで、この国に住まうすべての者が余に頭を垂れ平伏していた。

 これがカエルムナーヴィスの能力の一つ、『王の神威』。


 (なんだ?)


 (なんで俺たちは跪いて?)


 たくさんの心の声が聞こえる。

 100年ぶりに使われた王の神威に困惑する者達の声……


 「爺」


 「何でしょうか王」


 「余はすべての力を引き継いだぞ」


 「なっ!」


 この言葉を聞いた近くにいる家臣の驚きの声を感じる。

 そして目の激痛に耐えられなくなった余はその場に気絶した。


 余は目を覚ますと、父上に呼び出された。

 部屋に入ると今にもその生に幕を下ろそうとしそうな父の姿がそこにはあった。


 「レヴェルトよ、近う寄れ」


 「はい」


 「余の命はそこまで長くない。故に言う。貴様に王としてすべての職務を頼むと……」


 「心得ております」


 そう言うと父は余を抱きしめた。


 「すまんなレヴェルトよ。

 齢8であるお主にこんなにも重い荷を背負わせる余を赦せ」


 父は泣きながら言う。

 余は父の涙を見たのはこれが初めてであった。


 「フロースにもだ。

 お前たち姉弟はこれからかなりの困難が待ち受けているだろう。

 よいかレヴェルト。

 カエルムナーヴィスの力をすべて使えるからと言って慢心するでないぞ。

 お前には、家臣や民がおる。

 貴様の姉がおる。

 友がおる。

 いつか娶るであろう妻がおる。

 絶対にその荷を一人で背負い込むな。必ず相談し、荷を分け与えよ。それを拒むものはこの国にはいない」


 父は今までの厳格な王としての姿では無く、ただの父としての姿で余に語った。

 こんな姿を見た余はこの時、目指すものとして、神などでは無く、この父の姿であると悟った。


 「お主は王として、人が崇める神として、余が自慢する国一番の民を守れ。

 絶対に裏切るな。

 王とは民を救う者ではない。

 民の行くべき道を作り導く者であり、民はその道を信じて進む者である。

 良いな、絶対に間違えるでないぞ。民を救うだけでは、その内道を見失う。お主が光としてその道を照らしてやるのだぞ」


 「はい!このレヴェルト!その言葉を心に刻み込みました!!」


 父は今まで見せたことのない優しい笑顔を向ける。


 「最後にこれだけ……

 フロースを頼む。お主が姉を救ってやってくれ。

 余が願うのはこれだけだ。さぁ、新しき王よ!この先の旅路を余は楽しみにしておるぞ」


 我が父は余が思うに、最も偉大な王であったであろう。

 今でもこの言葉は余の心の片隅にある。

 そして翌朝、父は安心したように永い眠りについた。


 余は父の死を姉に伝えるため、姉の部屋に行く。

 部屋に入ると、王族でありながら片付けが好きという姉とは思えないほど散らかっていた。


 寝台しんだいの前に行くと姉はうつぶせで布団に潜っていた。


 「姉上、父上が亡くなった」


 布団がピクリと動く。


 「余が伝えに来たのはそれだけだ。くれぐれも体を壊すなよ」


 そうして部屋を去ろうと背を向けると、手首をつかまれた。


 「ごめんね」


 余はベッドの方を見る。

 そこには2週間ぶりに見た姉の姿だった。


 「ごめんね、ごめんね……ごめんね」


 フロースは何度も謝り、余に抱きつく。

 余は小さい手ながらも姉が王位を継いだ時のように頭をなでる。


 「余は大丈夫だ。

 姉上も安心して余に王の役目を任せよ」


 「でも、まだ8歳なのに!」


 フロースは何度も泣いた。


 「姉上も齢10であろう。そこまで変わらん。あとは、余に任せよ」


 30分ほど泣き続け、少し収まったときに、フロースは言った。

 これからも内政に参加すると。

 余はもう良いのだぞと止める。

 だがフロースは余の胸に顔を埋めたまま首を振った。

 そしてこれからは姉としてではなく。余の臣下として扱ってほしいと……

 余はやめよと言ったが聞くことはしなかった。

 やがて余はその心を汲み、そのように扱うことを約束した。

 そうして我が自慢の家臣フロースが誕生したのだ。




 「そうか。

 フロースさんも君の隣へ立ち、歩むことを決めたんだ」


 ユーレンが美しいジノラバの街を見ながら言う。


 「そうだ。

 だが余はあのように扱っているが今でも我が最愛の姉であることは変わらん」


 「そうだね」


 そうしてしばらくすると、余の足元に眠るフロースが起きた。

 眠そうな眼をこすりながら、こちらを向く。


 「はっ!レヴェルト様!!

 大変申し訳ございません!王のお御足で眠ってしまうなど!!」


 「そうだな。

 余の自由を奪った罪は重い!後で蛇いっぱいの檻の中に閉じ込めてやろう!!」


 「ひいぃ!」


 そんな姉弟のやり取りをユーレンは楽しそうに見ていた。

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