第22話 ガナルゼラシュとセラス
魔術王ガナルゼラシュ領、浜辺──
「ガナ様、これどうですか?」
「良いのではないか」
魔術王ことガナルゼラシュは戦の準備の気分転換にと妻のセラスと海へ遊びに出ていた。
貝殻を見つけては手に取り、幸せそう眺める彼女。
──ああ、セラス。お前が我の一番の宝だ。
魔術王は死から戻った大賢者だ。
彼自身も人間であったが、今は違う。悠久の時を経て人間をやめた男だ。
彼は最初、人間を信用していなかった。どんなときも人間は裏切る。人とは欲が深すぎる。
彼はそれを悟った。それならば父に代わって我が国を守る王となろうとした。
そうすれば、我の愛したもの程度は守れるだろう。
だが、自分には力がない。力が無くては民を守れない。
さてどうしたものかと頭を悩ませたものだ。
その時に出会ったのは、マリウスと名乗る魔術師だった。
銀色の髪に、紫の目の青年のような魔術師。
奴は我に冥界へ行けと言った。
──冥界に行けば、君の求める者があるよ。さぁ、汝は力を欲するか?
我はそれを了承した。
奴は杖を一振りすると、我の魂だけを抜き出し、冥界へ誘った。
そこからはまさに冒険と呼ぶに相応しい長い年月を放浪した。
冥界は罰が与えられる場所でも無く、檻があるような場所でも無い。
ただ岩だらけの荒野だった。
古に伝わりし勇者や、魔術師、神にですら会ったことがある。
奴らは二度と使うことのない魔杖の数々を我に役立てよと言って渡してきた。
年月が経って川のほとりだっただろうか?
一人の青い髪の槍兵に会った。
奴も同じ魔術師に送られた者であり、無限の本を探していた時に話しかけて来ていた。
──あんた、何してんだ?
奴は我に問う。
何をしている?我にも分からん。そんなこと……
なぜ我は人間を救おうとしていたんだ。
長い年月が経って分からなくなった。
我は本当に人間を助けたかったのか?
我はその槍兵に問う。
『貴様はなぜ、あの魔術師にここまで送られたんだ?」
──ああ、俺の仲間を助けるためだ。
仲間?
なぜそんなものを助ける?
貴様にとってはそんなにも大事なものなのか?
──そうさなぁ……俺にはそれしかないからだ。生まれた時からそれしか……
ああ、お前は我とは違うのだな。
見失っていない。その真っ直ぐな目は……
『この光る道をまっすぐ行くがよい。貴様の求めるモノはある』
我は青い槍兵に言う。
我は求めていた本当のモノを見つけていないが、この者はそうはなるなよ。
──さぁ、赤い槍を持つ青き槍兵よ。今貴様の求めるモノへ進むがよい。
その槍兵を見送ったとき、自分の中に何か大事であったものを忘れていたような気がした。
百年の時が経ってしまったが、十八の時に、掲げていたものを……
それから、黄泉がえりの杖で生き返った我だが、その体はもう人間では無くなっていた。
大賢者。
悠久の時を経た人間が神に近い存在になった姿。
我はそれに気づいたとき、あんなにも嫌いだった人間から脱したのに、なぜだか胸が苦しくなった。
今の世に自分を知っている父、母、兄弟も、友ですらいないこの世界。
我はこの旅をしていた意味があったのだろうか?
とりあえずすっかり汚れきった体を洗うため、水浴びをした。
その時、ふと我は気づく。
久しぶりどころか百年ぶりの清き水。
空気のうまい大地。
天を舞う鳥たち。
──ああ、そうだ。
忘れていたものだ。
我が守りたかったものは、人間であって人間にあらず。
そう。
この世界そのものだった。
『ふはっ、ふはははは』
我は笑った。
我は泣いた。
なぜ今まで忘れていたのか。
そう、冥界に居て気づけるものも気づけなかった。
人々の笑顔。
美しい大地。
それがたとえ、仮初めであっても構わない。
世界が滅ぶその時まで、我はここを守り続けよう。
邪魔する者がいるのであれば容赦はしない。
そう誓ったのだがな……
冥界に行ったのは間違いだった。
結局死にたくても死ねない体になってしまった。
もう我には何も残されていない。
あと50年気づくのが早ければよかったのだがな。
そうして長い水浴びをしていた時だった。
齢12だろうか?
緑色の髪をした少女がこちらを見ていた。
──何してるの?
そう言ってこちらを見てくる。
『見ての通り水浴びだ。探し物を求めた長き旅路を終えたのでな』
──旅?
『ああ、そうだ。長い長い、寿命よりも長い旅だ』
その少女は興味深そうにこちらを見てくる。
仮にも今裸なんだが?
──探したものは見つかった?
『見つかった。だが、もう遅かった。気づいたときにはもう……』
──どうしたの?
『見つかった大切なものはもう空っぽになってしまったのだ』
そう。
もう我には何もない。
我が守ろうとした世界も、もう我を覚えてすらいないんだろうな。
──じゃあ、私があなたの宝物になる。
『は?』
何を言ってるんだ?この娘は。
──だから、私があなたの守りたいものになる。
『だからどういうことだ?』
少女は少し考える。
我の守りたいものになるなんてそんなのもう……
──う~ん、じゃああなたのお嫁さんになる!
『嫁?』
──そう!
そうか、嫁か。
確かにできれば、そう言う存在になるのかもな……
──だめ?
『なら、お前があと五年その言葉を覚えていたら嫁に貰ってやる』
我はこの少女を遠ざけるため、冗談でそう言った。
まだ幼いこの子はこれからの未来がある。
我に付き合わせるわけにはいかない。
──本当!じゃあ約束だよ!
『ふっ、ああ。約束だ』
そうしてその少女と握手をする。
この子が成長すれば、この約束も忘れるだろう。
我はそう思っていた。
そうしてその少女は去り際にこう言った。
──あのね、私セラス。この約束、絶対に忘れないよ。
そうか、セラスか。
せいぜいがんばれ。もう会うことなき幼子よ。
そうして我は荒れ果てた自分の領地へ帰った。
そこはもう王はおらず。
ただの貧困に苦しむ者だけが、辛うじて生きている程度だった。
我は収集した魔杖を使いその者達を救い、川を引き、国を作った。
名はラルク。
出発の意味だ。
ここから零で出発する。そう言う意味を込めて。
それから5年がたった時だったろうか?
我も魔術王と呼ばれ、五帝王とまで呼ばれた時だった。
我は同じく五帝王のグランドロスと同盟の会談を行った。
──いやぁ、どうだ魔術王!此度の同盟に際して、一つ余の娘を貰わぬか?
そう言ってきたが、もう余にはいらないものだ。
今はこの命ある限り、我が民たちを見ていくだけだ。
──そうか?余の娘は貴様を見た瞬間に貴様と婚姻を結びたいと言ったぞ。
『は?』
我はその女を知らないのに、何を言っているのだと思った。
傍から見たらかなり危ない奴であろう。
──面識があると言ったのだがな?
面識がある?
我はふとあの約束を思い出した。
まさかな……
──まぁとりあえずついて来い!
『おい』
そう言って腕を引っ張られ、王宮の庭へ連れていかれる。
『なんだと言うのだっ……』
その顔に見覚えがあった。
艶やかで綺麗な緑の髪に、成長して美しくなった姿。
その女性は振り返る。
──覚えていましたよ私は。あなたはどうですか?
そうか。
お前はずっと……
『ああ、もちろん覚えていたぞ』
我は決めた。
我は国の民、何よりお前を守るためにこの杖を振るおう。
我の最も大事な宝。
この世で最も美しき存在。
セラスよ──
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