第15話 平和を願う少年

 ゼラード王領地、地下牢──

 

 国を光輝によって灼いた後、レヴェルトは城があった場所に地下への重々しい扉を見つけ、中へと入る。

 迷宮のごとき地下牢であった。

 意外にも照明が行き届いており、石ではなくコンクリートで囲まれた随分と綺麗な場所である。

 

 「何が城だ」


 地下はこうも明るいのに、真っ白の骨で埋め尽くされており、まるで墳墓が如し。

 この国の浅ましさを示しているようだった。


 「この国を滅ぼして正解であったな。かような景色では、神である余が治める場所にあらず」


 そしてもっと奥へと入り込む。


 「何だこれは?」


 白き肌の少年。

 その死体の山々。

 おそらくこの文明の最先端である機械類の数々。

 そして、同じ顔の死体から導き出した答えは一つである。

 

 ──ホムンクルス

 

 別名人造人間。

 一つの人間からクローンを作り出す、錬金術学の最新たる研究の成果。

 培養槽にによって培養される人の形をした人形。


 ──ここに転がるのは、どれも失敗作か。


 当然だ。

 元より知識ありし仮初めの肉体を作り出すのだ。そうそう出来たことではない。

 おそらくはこの人形たちを使って兵士にでもしようとしたのであろう。


 「余の怒りを買わんが如くだな」


 前の世界にも似たような輩はいた。

 

 魔術と錬金術の融合。

 

 それは目指せぬ神秘をそれら二つの融合によって果たした──

 

 聞こえはいいが、それはいずれ「ほつれ」を生む。

 その程度で神秘が生み出せてなるものか。

 足りぬものを学術によって補い「ほつれ」、また補い「ほつれ」を繰り返す。


 「汚らわしい。……ここも灼くか」


 呟き、それを実行しようとしたときに、彼は一つの扉を見つけた。

 なぜであろうか?

 そこに吸い寄せられるように、扉を開ける。


 注意深く中を観察する。

 同じような機械類。

 同じような培養槽。

 そして……

 一つ違うのは、寝台ベッドに横たわる一人の少年であった。

 無数の管を体に取り付けられ、先ほどのホムンクルスと同じ顔の少年。

 

 ──何かの拷問?否、この少年からは、膨大な魔力量を感じる。


 おそらくはオリジナルの素体と考えて良さそうだ。

 四肢ならず体のあちこちに欠損がある。

 その命は余が灼き殺した者共によって無理やり生かされていたものの、その者共が居なくなり、風前の灯であった。

 年齢は分からない。

 この有様では、まとも成長も果たせておるまい。

 生きているのが不思議なほどだ。 

ホムンクルス培養のために、体の一部を切り取られる行いは幼き身には耐えられぬほどの苦痛をもたらすであろう。


 「お前、名は何と言う?」


 返事はない。

 しゃべろうとはするものの、呼吸すら苦しいのであろう。

 余はこれほど感じたことがない怒りを覚え、同時にこの者を哀れみ、余は悲しんだ。

 

 「無理にしゃべらなくてよい。赦す。」


 この者は今この瞬間にも相当な痛みを味わっているであろう。


 「お前をかようにした者共は死んだぞ。」


 返事はない。

 ただ余が聞かせるのみ。

 その者は驚くことすらせず、ただ呼吸を続ける。

 

 「余は王であり、神である。故にお前が神に祈願するのであれば、痛みもなく、ただ安らかに慈悲をくれてやっても良いぞ?」

 

 余の力ですら死者を生き返らせることはできない。

 それは神が作りし世に反することである。

 この者は本来死するはずであった命を、当世が修めた学術によって繋いでいるだけにすぎない。

 死が安寧であるとは考えない。

 だが、この苦しみを味わいながら死ぬよりは……


 「……願うのは、世界の……人々の笑顔です」

 

 「何?」

 

 余は聞いた言葉を疑う。

 これほどの苦痛を味わいながら、誰も恨まず、憎まず。

 ただ、他人の平和と安寧を願うか?

 

 ──ああ、これはまさしく


 思い出すは余の国の民たち。

 ただ、平和に、戦の無い国を夢見るあの者共を……


 「この醜悪な世において、お前のような聖者がいるか」


 この者が命有りし体であれば、余の国の民として、世界を導く者として、必ず必要であった人間だ。


 「喜べ、お前のその願い。余が果たすと約束をしよう」


 反応はない。

 聖者はやっと眠り、天へと誘われたか。

 その顔は安心と、後悔すら無い美しき顔。

 この者は天上においても、先刻の言葉を願うのであろう。


 「ここに余から貴様への贈り物として……せめて、天上においては安心して眠れるように、墓を建ててやろう。」


 ──今はただ、ゆっくり眠れ。

  

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