第12 話 無礼な文
レヴェルト領ジノラバ──
ここにゼラード王の将軍シュバルツインが使者として訪れていた。
数人で来た使者だったが、シュバルツイン達はその大きな城壁に見惚れ、呆気に取られていた。
「なんと大きな城壁に美しい門の扉だ」
「こんなにも金をふんだんに……」
馬鹿な。
ここまで違うというのか。
シュバルツインの中でここを治める王に興味がわく。
「んっ!いかん。危なく目的を見失うところであった。
者共!決して臆するでないぞ!ゼラード王の威厳を見せつけてやろうではないか!!」
「おぉ!!」
そう言って門の前に立ち手を広げ、声を大にして言った。
「我はここの領主、ゼラード王の使者にして!軍を指揮する将軍、シュバルツインである!!ここの王に謁見を賜りにまいった!門扉を開け!!」
そう言うと、抵抗するわけでも無く、門はゆっくりと開かれた。
そうして使者たちは王宮へ続く街道をゆっくり進んでいく。
「意外とすんなり入れていただきましたね」
「ああ、何が目的なのだ」
使者たちは貴族でもない者が立派な建物に住む様、どこの国にもいるであろう浮浪者などは誰一人として見当たらず。皆それぞれ笑顔で暮らしていた。
「ここは砂漠であったよな?」
「ええ、しかし……水や緑がこんなにも」
自分たちの国とは違う現実に冷や汗を垂らしながら生唾を飲み進んでいる。
(あれが……王宮だと。馬鹿な!)
シュバルツインの目の前には、金や青で彩られたなんとも美しい王宮がそこにはあった。周りは堀に囲まれ、堀の向こうには植物も生い茂り、石造りではあるものの、西洋建築と違い、きれいに切り取られ石であった。そしてそ壁には土が塗られ、金や壁画でたくさん彩られていた美しい建築。
「これは……想像以上だ」
城壁を見た時から想像はしていたが、これはそれ以上の衝撃と感動であった。
もしこれが使者としての仕事で無ければ、観光をして存分に楽しんでみたかった。
そんなことを考えながらそのまま進んでいくと、王宮の前に30人ほどの兵と、紅桔梗色のの髪に金色の瞳の美しい女が出迎えた。
「おぉ!」
「なんと美しい」
この世の者とも思えないその容姿。その姿に男たちは見惚れずにはいれなかった。
そんな中女はにっこりと笑い、奥へ案内する。
「我が王、レヴェルト様がお待ちです。こちらへどうぞ」
王宮の中に続く長い階段を上がり、中へと入っていく。
中は壁画で埋め尽くされており、中庭も見えた。
(ここは、本当に王宮か?全面石造りの我が城では決して作ることはできないであろう)
しばらく進むと金や絵で飾られた大きな扉が現れた。
「こちらです。お入りください」
女がそう言うと、大きな扉がゆっくりと開かれる。
中には何人もの家臣が横に控え、先ほどの女は目の前にある大きな階段を少し上がり、横にある席に座った。
(先ほどの女はそれなりに高い地位の女だったのか。では、上にいるのは……)
シュバルツインはゆっくりと上を見る。
大きな階段の上には金の玉座があり、一人の男が肘をつき、足を組んで座っていた。服装は黒のアラジンパンツに黒のインナー、だが所どころ金の装飾がついていた。そして白い外套を纏い、紅桔梗色の髪、日焼けした肌。なにより、最も目を引いたのは輝く金色の瞳。
先ほどの女と容姿の特徴が似ているので血縁か何かか?
だが、なんというオーラであろうか。この世のすべてを見透かしているような出で立ち、気を抜けば平伏してしまいそうだった。
使者の中にはその王の様に見入っている者もいる。
(いかん!ここで舐められては我が王の顔が立たん)
そう思い、虚勢を張り口上を述べる。
上で静かに見続ける王は退屈そうに眺めていた。
「我が名はここの地の領主、ゼラード王が軍の将軍シュバルツイン!
此度ゼラード王の言伝を伝えに参った」
その言葉を聞き、王はしばらくシュバルツインを見続けていた。
どうしたというのだろうか?彼の王はずっと肘をついたまま黙っている。
その様子にどうも目を離せずにいた。
やがてその王は口を開く。
「頭が高いな」
「なっ!」
シュバルツインを含む使者全員が、気づかぬ内に跪く。
(馬鹿な!立つことができない!どういうことだ!?)
どうしたと言うのであろうか。
何も言葉を発することが出来ない。
目の前の王に恐怖の感情が湧き出ているのを静かに感じている。
「我が光の前に、誰の許しを得て面を上げている。」
目の前の王はその金色の目でこちらを睨み、冷たい声でそう呟いた。
その様に魅せられながら、こちらの威勢を何とか知らしめようと、発せられない言葉を絞り出す。
「大変、ひっ非礼を詫びる。だがわたしは!」
「余はレヴェルト!神であり、王であり、光である!
余の許し無く発言をしようとしたことは一度だけ赦す!だが、二度は無い」
なんとか発した言葉は無情にもその言葉に掻き消された。
シュバルツインは顔に悔しさを滲ませる。
「ふむ。いいだろう。発言を赦す!述べるがいい」
体の硬直が解除されるとシュバルツインは立ち上がり、ゼラード王からの書状を読み上げた。
「我が王の文を読み上げる」
シュバルツインは文を広げた瞬間、自らの王を呪った。
(なっ!なんだこの文は!この文面をあの王の前で読み上げろと!!)
「なんだ?申してみよ」
シュバルツインは震えた口を何とか抑え、読み上げる。
「わっ我が王はこの国の引き渡しを要求している。
ここは元々は我らが王の領地であり、故に所有権は今もこちらにある。引き渡すのならば、こちらの属国とし、穀物や宝物の献上を赦すことをここに記す」
手紙の内容はあまりにも無礼極まり無いものであった。
シュバルツインはあまりにも無礼な手紙に、冷や汗が止まらない。
すると先ほど案内していた女が立ち上がり、激怒した面持ちで述べる。
「なんと不敬な!
偉大なる王に向かって我が王の領地を引き渡せと!しかも!属国にしてやろうとは!そこの者共!死する覚悟はできているのですか!!」
女の激高にこの場の家臣までが参戦し、場は今にも使者を斬り殺そうという雰囲気であった。
そこで王が片手をあげ制止する。
「少し黙れ。使者殿もこのような手紙を与えられ大変なのであろう」
玉座に座るレヴェルト王は優しく、だが、とても不気味に使者を労う。
シュバルツインにはその言葉が皮肉にしか聞こえず、心の奥底に煮えたぎるような怒りが見えた。
「だが、ああ!なんともつまらん!
なにぶん面白い出し物なりが見れると思うたが……
もうよい、貴様と話す気などもはやない。帰るがよい。
貴様らがどのような小細工を用いようとも我が王国は不滅。
貴様らの王に伝えよ!今夜、余自ら出向いて相手をしてやろうとな」
王宮中がざわざわと驚きの声を上げる。
シュバルツインも驚きを隠せない者の一人であった。
──この王は一人で我らが国と相対するというのか!?こちらには1万の軍がいるのだというのに。
シュバルツインがそんなことを思う中、レヴェルト王が続ける。
「何人でも兵を用意するがいい。
有利なように貴様らの領内でまみえてやろう。
どうだ?これで貴様らが勝てばその条件、全て飲もう」
「その言葉……虚偽ではあるまいな。」
シュバルツインは何を考えているのかと探る。
城でならば武器を持ち出す必要もない。この上なく好条件であった。
だが妙だ。
先程まで驚いていた者達が何かを察したように笑みを浮かべている。
だが、こちらが有利なことに変わりはないと、シュバルツインはその条件を了承し、王に持ち帰ると言った。
「では、使者を城壁の外までお見送りしろ」
頭上より座する王はそう言い、使者を送り出した。
(あの王は何を考えているというのだ?
何か勝算が?それとも怒りのあまり血迷ったか?)
心に何かが突き刺さったままシュバルツインはジノラバの国を出たのであった。
そのころ王の間では……
「レヴェルト様、使われるのですね?」
フロースが王に問いを投げる。
それに王は何のことを言っているのかわかっているが聞き返す。
「何をだ?」
フロースはゆっくりと口を開いた。
「天の船を」
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