第3話 王都召喚

 東の砂漠にて──


 男は騎士が倒れる姿を確認する。

 その顔は安心したように。

 天寿を全うしたような、そんな死に顔であった。

 

 「ふん、逝ったか。」

  

 男はそう言い残す。

 その顔は未だに厳しいものであった。

 召喚された男の名はレヴェルト。

 ジノラバの光の王にして、神に近いと言われる王である。

 内政に勤しんでいたところに呼ばれたのだ。

 それは怒りに打ち震えていた。

 だが、この男との約定であるが故、その役目を全うはする。

 レヴェルトは死体となった騎士を見ながら言い放つ。


 「あぁ、此奴に唐突に呼ばれたお陰で我が国を置き去りにしてしまったわ!」


 国に残してきた民たちに後悔があり、王としての責務を全うしていない。

 そのため、王には一抹の不安があった。


 「王である余が民を置いたままというのはどんな暴君よりも暗君であり、何よりもの裏切りである!」

 

 王は先ほど騎士が己の血で描いた魔法陣に手をかざす。

 そして詠唱を始める。


 「であるからして屍となった貴様の魔法陣、そのまま利用させてもらうぞ!」


 王は口上を述べた。

 

 「──我が命を伝える! 古き門の守護者よ!」


 魔法陣は再び光り輝く。

 そしてその上には門が出現し、その大きな門扉が開いたのであった。


 『──願いを求める』


 門の中から再び声が響く。

 王は両手を広げて続ける。


 「──余の願いはただ一つ。

 貴様の理に従い、ここに我が神殿、我が領地を召喚せよ!」


 王は高らかに口上を述べた。

 門から再び声が聞こえる。

 

 『──承認』


 そう言うと、魔法陣の中心の円に光が灯った。

 門がゆっくりと開く。

 そして、その中からあの真っ白い手が現れる。


 『──生贄を求める』


 門からの言葉に、王は門を睨めつけながら告げる。

 

 「──余がそなたに与える褒美は、余の魔力である!」


 レヴェルトは右手に魔力の塊を出現させる。そしてその魔力を門から伸びているその真っ白い手にのせた。だが、門から伸びる手は足りないといった感じで手を招く。

 通常ならばもっと生贄を要求できた。常に主導権があるのは、門番の方であり、力を持たない人間は従うしかなかった。そう、力がなければだ。

 レヴェルトはその手を睨めつけて言う。


 「余にこれ以上求めようなどとは思わぬことだ。貴様程度など余の一存で灰塵に帰すことと知れ!二度は言わぬぞ。さっさとやれ!!」


 門はしばらく黙っていた。

 だが、しばらくすると、その手を引っ込め、その意を伝える。

 

 『──承認』

 

 門はその扉を閉める。

 

 『──条件は満たされた』


 門は魔法陣に消える。そして魔法陣は再び光を取り戻しその光を増大させた。

 その光は再び空を掻き回す柱となる。それはこの世界へ降り立った王の威を示すが如く。世界に現れる。

 暗闇の砂漠は金色に光り輝く。その光は地表を這い。

 やがて大きな街、塔、山々を形作り、その中には人の形をするものがたくさん見受けられた。

 その光は収まり、大きな活気のある街、そしてさらに大きな王宮のようなものが現れて行った。周りを囲う城壁はどこまでも伸びていて、部屋灯りや街灯、屋台の灯りがたくさんあり、街のいたるところにある黄金の装飾に反射して夜なのに明るいという、この時代において有り得ない光景が広がっていた。

 王は自身を中心として現れた国の中を歩く。

 街の住民はいきなり光りだしたので何があったのかさっぱりわからないといった表情である。

 そして街の真ん中にいる先程召喚した男を見るや街の女子供も含め、全員が平伏した。


 「レヴェルト様!」


 その民草が王を見上げることなく言う。 


 「我が王レヴェルト様!」


 街の住民それぞれが口々にその名を呼ぶ。

 民の反応から、まるで王の威の絶対さ、王の力の強大さが示されていた。


 「レヴェルト様!」


 後ろから王を呼ぶ声と急ぐ足音が聞こえる。

 レヴェルトは声のした方へ振り返った。


 「フロースか?」


 王宮のような建物の方面から、少数の兵と共に、美しい女が出てきた。

 地面まで着きそうなほど長い紅桔梗色の髪に白い肌、レヴェルト王と同じ金色の瞳。白のワンピースに紫色の帯、金色のアクセサリーや装飾を付けた女だ。

 フロースと呼ばれた女は王の呼びかけに答える。


 「はい。急に居なくなられたと思いましたら、どちらまで行っていらしたのですか?今の光はいったい……」


 フロースは何があったのかわからないといった顔で見つめてくる。

 急に光り輝いたら、違う世界に連れてこられたのだ。無理もない。

 レヴェルトはその問いに対して答えを述べる。


 「余の足元にいるこの骸に召喚されたのでな、余が我が領地ごと召喚した」


 レヴェルトはそう言って騎士の死体を少しだけ足でつつく。

 もう骸はピタリとも動かない。ただされるがままの肉の塊である。

 フロースはそれを聞くとその死体を見つめる。

 そして怒りの表情を露わにして文句を言う。


 「なんと不敬な!己の都合で我が王を呼び出すとは!」


 内政に忙しく、自分が心酔する王がこの者の道具として動かされようとしていたのだ。

 フロースが怒るのはもっともである。


 「この者の死体をどうしてやりましょう!」


 フロースはすぐにでも死体を晒し上げる気満々である。

 だが、レヴェルトがその衝動を鎮める。

 

 「もうよい。死体に当たったところで虚しいだけであろう。

 そ奴の躯を腐らぬよう安置しておけ。仔細は王宮で話す」


 王自身はこの騎士を恨んでいない。

 ただ、自身の都合で人を巻き込むのが好きではなかっただけだ。

 何よりそんなことをすれば、民からの支持は失墜しよう。


 「はい……」


 レヴェルトに少しだけ注意を受けフロースはしゅんと縮こまった。

 フロースは自身の未熟さに気づいており、そのことを気に病み不必要に己を責めてしまう癖がある。

 レヴェルトはそこもどうにかしたいと思っている。

 そして王は民に言葉をかける。


 「我が国の民よ!楽しんでいるところに水を差した余を赦せ!余は王宮に戻るゆえ宴を続けるがよい!」


 楽しんでいる最中にこの世界へ呼んだのだ。

 男は王ながらに申し訳なく思う。


 「はっ!ありがたき幸せ!」


 レヴェルトがそう言うと、民が再び平伏する。

 街の者達はレヴェルトが黄金の王宮に戻るのを見届けると、皆、言われた通りに宴や踊り、夜の酒を味わうのを再開した。

 その中レヴェルトが王宮への階段を上っていると、家臣たちが出迎える。

 50名ほどが跪いていた。

 女、男分け隔てなく臣下として重宝する王は絶大な信頼を持ち。

 絶対の忠誠、神としての信仰があった。

 故に王の家臣は、皆どれも欠かせない存在である。

 レヴェルトは家臣に告げる。 


 「少し外を出ていた!この世界に召喚された時に世が受けた盟約について話す!

 よって、全員王の間に来ることをここに命ずる!!」


 王は並ぶ家臣に言葉をかける。

 跪いたまま、その言葉を聞いた家臣たちは同時にその呼びかけに答える。


 「はっ!」


 王宮での王の言葉に異を唱える者はここにおらず。

 これは一枚の岩の如く硬い結束であり、その結束を崩せるものはここにおらず。

 そう思い王は王宮へと歩みを進める。

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