第2話 契約

 東の砂漠にて──


 最高だ──

 己の復讐を成し遂げる者を召喚した男は、その瞬間を内心で称える。

 自分の行った歩みは無駄には終わらず、この世界に残せた結果として喝さいを送っていた。

 召喚の工程はそこまで難しいものはないが、おそらくこの世界で最強の者に己の願望を成し遂げてもらうのだ。

 

 「はは」

 

 男は笑う。

 

 「はははは」

 

 男は血を吐きながら大きく笑う。

 己の死など知ったことか。

 今目の前にいる男は、自分の大望を果たす者であり、ゼラードに絶望を与える者である。

 そうして男は高らかに喝采した。

 

 「やった、やってやったぞ」


 一人だけの喝采を数十秒行う。

 この世界に召喚される前、男は王国の騎士をしていた。

 そもそも召喚は特定の世界から召喚されない。

 地球をはじめ、たくさんある世界から召喚の条件に合う人間を選出して召喚するものである。

 その人間が勇者として召喚されてから、初めて世に残した功績なのだ。

 この男の召喚によって、この世界は180度変わるだろう。

 勇者自身が媒体となることは、長い歴史でも初めてのことなのだから。

 

 「……俺は、やったぞ」

 

 己の人生は必ずしも満足したものではなかった。

 勇者として召喚された際は、己の使命に高揚を隠せなかったが、その実態は操られるだけの人生であった。

 男はこの者に殺されるゼラードの顔が見たいものだと嘲笑する。

 

 「はぁ、はぁ」


 男は自分の命がもう長くないことを悟った。

 そして、目の前の魔力が安定した時に、男はこちらを睨む男を見る。

 自分の魔力全てを注ぎ込んで喚ばれた男を──


 ──それは、若い青年のような姿をしていた。


 二十代前半ぐらいだろうか紅桔梗色の髪に少々日に焼けた肌そして金色の瞳、黄金の鎧に白い外套を纏っていた。

 月明かりに照らされ、黄金の鎧は輝きを放つ。

 その金色の瞳は心の中すら見透かすような、そんな凄みを感じる。

 それは一見すれば神と見間違うほどのオーラと出で立ちである。


 「この魔法陣、自らが提示する代償に見合うものを召喚し、自らがこの森羅万象の門と交わした約定を召喚した者に守らせる。そう言った術式が組まれているな」


 男は少し魔法陣を見ながら感心したように言った。

 その声はその若さとは思えないほど重々しく。

 その若さとは思えないほど博識であった。

 召喚された男は地に伏す騎士に問いを投げる。


 「ほう、凡俗と言ったことを少しだけ訂正してやろう。少しだけな。

 では貴様!申してみるがいい!」


 男は鎧の音を響かせながら、騎士に手を向ける。

 召喚されたことに対することは言及してこない。

 騎士はこの男の器を測れないでいた。


 「貴様はこの門の守護者にどんな願いを言ったのだ?聞くだけ聞いてやろう」


 男は問いかける。

 笑いながら、どこか嘲笑いながら騎士に問う。

 問われた騎士は命が尽きそうになるのを感じながら、自分が門に願った思いをその男に告げる。


 「わたしが願ったのは、私を騙し、妻を殺したゼラード王への復讐」


 男はその願いを聞いた。

 そして外套を翻し、ほくそ笑みながら言う。

 上からその金色の瞳で睨めつけながら。


 「なんとも小さき人間よ。くだらん!」


 男は伏している騎士に向かって冷たく言い放つ。

 まるで、騎士がしてしまった過ちを示すように。


 「そしてなによりも滑稽である!自らが騙されておきながら復讐をするだと!

 どこの世界も変わらぬな。

 人とは醜悪で凡骨なものだが、ここまで余を嗤わせる者はそうそうおらぬ!」


 男は同情することもなくただただ嘲笑った。

 騎士は何も言うことができない。

 いや、というよりも反論する元気すら残っていなかった。


 「こんなくだらぬことで余を呼び出した不敬は万死に値し!

 本来ならば我が宝物であるカエルム・ナーヴィスの一撃で灰すら残さぬが、契約ゆえそれはできぬ」


 男は悔しそうに言う。

 門番と契約をしていなければ、すぐにでも殺されていただろ。

 騎士は胸を撫で下ろす。騎士がそう思っている中、男は話を続けていた。


 「この世界に召喚せしめられた以上、元の世界に帰ることが出来ぬのは知っている。

 なればこそ問おう!

 貴様の復讐には己が騙されたことと、妻を殺されたことに対する恨み、どちらが上であるか答えよ!

 その答え次第で貴様の願いを聞き入れるか否かを考えてやろう」


 男は睨みつけながら、騎士に問いを投げかける。

 怒りを顔に出しながら、男は静かに騎士の答えを待つ。

 だが、騎士に迷いはなかった。

 もとより自分がゼラードを殺そうと考えたのは、公衆の面前で腹を切り裂かれ裸で吊るされた妻の遺体を見た瞬間である。

 ならば、もとより答えは決まっていた。


 「妻を殺されたことが、何よりも……私の怒りに触れている。

 ですから、私はそれ故、あの者を殺してやりたい。貴殿への勝手は……百も承知」


 「ほう」


 男はその答えを聞き、表情が少しだけ柔らかくなった。

 まるで安心したような、そして先ほどまで怒っていたこととは裏腹で、少し心配をしていたような、そんな顔をしていた。


 「余の目が貴様の言ったことは嘘ではないと言っているな。もし嘘であればすぐさま燃やし尽くしてやったが……」


 男は少しだけ考える。

 最初は契約を反故にし、消え去ってでもこの男を殺そうと考えていた。

 このまま騎士の申し出を無視し、自分が消えることと引き換えに殺すことは容易い。だが、この者の言葉を聞き。私欲のために己を召喚したことを聞いて考えが変わった。この者は己の妻のために、自分を召喚したのだと。


 「よかろう!貴様の願いを聞き入れてやる」


 男は契約を遂行することを誓う。

 その言葉を聞くと、騎士は安心したのか、生を繋ぎとめていた糸の切れる音を聞く。

 その命に幕を下ろすところに男は続ける。


 「だが勘違いするなよ。余が動くのは貴様のためではない。無念の内に貴様と貴様の恨む王の間で殺された貴様の妻とやらのためだ!

 よってその願い貴様の妻の願いと取り余は動く!本当にそのようなことを願っているかは知らぬがな」


 男の言葉が騎士の旅立ちの号令となる。

 目を瞑る前に騎士は男に言う。


 「かんしゃ……する」


 そうして、騎士はその生に幕を下ろした。

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