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「…それにしても、俺は結局この後どうすりゃいいんだ?会社に戻らなくて良くなったのはありがたいけど、ジョーダンとして生きてくのは無理目だし、住む家もねーし、何よりこの世界のことをその辺のお子様よりわかってねーし。」

 ナナキは牙も怒りも収まらないグランの気を逸らすために、話題を変えることにした。

「なんなら、その体を私がもらってもいいがね。ジョーダルのAIたる私にとって、本人の物理的肉体は喉から手が出るほど欲しいのだよ。前に使った意識データ転送装置を改造すれば…」

「ダメです!!」「何言ってんだこのサイコ野郎ッ!!」「変態っす!」

「バグ持ちポンコツ…。」「それ以上ジョーダルを冒涜するな!」

 全方位からあらゆる罵声が一点に集中砲火した。冷静なショーゴすら声を強めている。

「冗談だよ、ジョーダン!ナナキくん風に言うとね!」

 これには流石のナナキもイラッとした。

「なら最初から本人に寄せたボディ作れよ。」

「っ……まぁまぁ、とにかく茶でも飲んで落ち着きたまえよ。」

 そう言ってネコダル本人が茶をすする。……茶か?もしかしたらオイルかもしれない。こいつのボディは一体何でできてるんだ?

「……で、ナナキくんの今後だが。君は、そのままでいい。何なら生きるのに必要なものは私が提供しよう。もとより一部の口座は共有してるがな。」

 ネコダルが突拍子もなく言い放つ。

「そうだ、ちょうどいい。君も我々の仲間になってくれ。なに、『ジョーダル・ヴィオトークを演じろ』とは言わん。ナナキ・ジョースケのままでいい。君にしかできんことがある。」

「仲間?」

 ナナキが首を傾げる。

「そうだ。我々は今、マナライン社の転送技術独占を崩すべく、新しい通信システムを開発し、広く世界の島々に技術を発信しようと画策している。統一された規格は使いやすいが、一つの欠陥で崩壊しかねんからな。図体がデカくなると小回りも効かんし、イノベーションも抑圧される。それに利益の独占はシステム腐敗の温床だ。現にマナライン社は、政治・経済・社会に強大な影響力を持ち、人々を自分たちの都合に合わせ懐柔できる社会システム作りを推奨している。マナライン社からの支配を脱し、技術と思想を守るためには、多様性が必要なのだ。そして多様性に適応した環境もな。」

「俺、何かの役に立つとは思えないけど。」

 ナナキがスパッと言いのける。

「何もできんのなら、何もせんでもいいさ。君の黒いドラゴンだか悪魔だかの姿は、我々のシンボルにピッタリだ。ただマスコットとして旗を振ってくれるだけでも充分だ。……だがね、私は君には人を見る才能があると思う。」

「人を見る才能?」

 ナナキがオウム返しすると、グランが目を細めてナナキを見る。

「そうだ。ここにいる面子を見てみろ。君が選んだ者も、そうじゃない者も、みんな君について来た。サダバナイはリーダーの座を奪って力と圧力で全員を丸め込み、共犯関係のもと孤立した君を陥れるつもりだったようだ。だが、君の選んだ者は、その圧力に屈さなかった。そして、取り込んで操りやすいと思われた何も知らない新人君も、自らの意思で君の側についた。」

 ここまでネコダルを変な目で見ていたみんなも、この言葉には賛同した。ナナキはなんだかムズ痒いような、恥ずかしい気分になり、渋い顔をして誤魔化した。

「我々はまだまだ人材不足なんだ。できれば世界各島に仲間が欲しい。だから君には人を集めたり、採用したり、適材適所に割り振る役割をやってほしい。簡単に言うと、人事といったところだな。」

「えー…うーん……。」

 やりたい事や志は賛同できるが、なんか違うような気がして、ナナキは腕を組んで首を傾げる。

「ここにいる君たちも、我々とともに来ないかね?」

 ネコダルは他のみんなに向かって腕を広げる。

「いやっす!僕、ジャーナリストを目指すことにしたっす!」

 サンが元気に拒否する。

「ジャーナリスト?」

 隣のマァヤが首を傾げる。

「そっす!あんなクズ野郎とか、人殺し会社のこと、世間に広くお伝えしたいっす!それに、自分の持ってる情報って知ってるつもりになってるだけ実はすごく偏ってるって気付いたっす!だから自分でもっとちゃんと確かめたいっす!」

「良いですね!私も、たとえ相手がチェンジリングさんとはいえ、危ない魔術を使ったのは良くないと思うので、すぐに『はい』とは言えないです。」

 マァヤもやんわり拒否る。

「ふふふ、確かに♡」

 レイネはただ笑っている。

「私はエンジニアですから、こちらでお世話になってもいいかなと思ってます。新しい転送システム、興味ありますし。」

 クーは冷静に応える。

「それはありがたい。君に情報収集を頼んだのも、元を辿れば私だからね。」

「ええ!?」

 ネコダルの突発的なネタバラしに、冷静なクーが固まる。

「ショーゴと別角度からの情報も欲しかったのでな。」

「ソ、ソウダッタンデスカ……。」

 クーはどうやら心中複雑なようだ。

「私は…そうね、みんなの応援がしたいから、お金や支援者を集める役でもやろうかしら♡」

「えーっそんなことできるっすか!?」

「ふふ♡私、意外と顔が広いのよ♡」

 レイネはいつも通りニコニと答える。

「ジョーはどうするんだ?」

 グランがナナキに聞く。

「俺は……うーん、新しい技術を広めるのも、仲間を集めるのも良いと思うけど、俺が人を選別したりとやかく言うのはなんか違うような気がして……。あの時はたまたまそういう流れだっただけだし……。」

 ナナキは頭をかいて困る。

「な~んだ、そんなことか。なに、“人事”という言葉の固定概念にわざわざハマる必要はない。それに、我々は正しさを求めているわけでもない。むしろ、正しさとは状況やそれを取り巻く要素によって変わる曖昧なものだ。それを決めつけることほど不毛なことはない。だからこそ、そこに疑問を持ち、かつ余計な偏見なく柔軟に人の魅力に気付く君のマインドが我々にとっては好ましいことなのだ。……そうだな、それではこう聞こう。『君は何がしたい?』」

 ネコダルの質問に、ナナキは腕を組んで首を深く傾け、ウーンと悩んだ。

「そう言われてもな~……。俺はそもそも知識も技能もやる気もないからなぁ。やりたいことなんて思いつかないというか……。…ただ、飛空艇の旅はそんな俺に合ってたかも。俺が積極的に動かなくても、問題があっちから勝手に来てくれて、その都度やるべき事をこなせばいいだけだったから。みんなもいたし。あと、俺はこの世界では異分子だけど、旅先では誰でも部外者だから、それがあんまり気にならなかったのも気楽だったというか。だから『何がしたいか』と言われれば、また『島を渡る旅がしたい』と思う。チェンジリングの力もあることだし。それで、いつかはこんな俺でも、どこかの誰か、特に疎外感や行き場を失ってる人に、少しでもプラスになるようなもんを示せたら更に良いと思う。」

 ナナキは自分でも都合の良いこと言ってるなぁと思いつつ、それでも率直な思いを口にしてみた。

「ジョー艦長…!!その時には是非っ!わたしもご一緒させてくださいっ!!」

 マァヤはウルウルと、まるで初めて面接した時のような眼差しで、ナナキを見つめる。

 そう言えば、あの時のマァヤも似たようなことを言っていたっけ。

「まぁ、なんてロマンチックっ♡私も、またご一緒したいですわ♡」

 レイネは手を合わせて、楽しそうにマァヤに賛同する。

「すごいすごーい!!僕も一緒に旅して、いろんなことを記事にしたいっすっ!!」

 サンはハンモックから飛び降りて、その場でピョンピョンとはしゃぎ出した。

「わ、私もご一緒したいです!ジョー艦長のお役に立ちたいので…!」

 クーも乗り気で前のめりに意気込む。

「……まぁ俺もついてってやる。お前は抜けてるくせに変に無謀だからな…。」

 グランはナナキと反対に顔を向けてボソッと言う。

「あ!グランさん、照れてるっすかー?かーわいいー!」

 サンは無邪気にグランに近寄って顔を覗き込もうとする。この流れは……。

「なわけねーだろッ!!」

 グランがサンにグルルと牙を出して見せる。サンはグラン暴走事件を思い出し「キャーッッ!!」と叫んでナナキの後ろに逃げ込んだ。

「なるほど!これは素晴らしい!よし、君たちの新たな飛空艇はこちらで用意しよう!ナナキくんのことについては私の責任がほとんどだからな。そのくらいはサポートさせてもらおう!そうだな、マナライン社から乗員の死亡保険料代わりにユディキュリア号を頂戴するとして、そいつを我々の手で魔改造して再利用するか。ナナキくんは単体でも島を渡る能力があるが、旅には仲間がいた方が賑やかで楽しいだろう。それにグランくんの言う通り、ナナキくんは基本逃げるが本懐だが、そのくせ生への執着がなさすぎて自分を犠牲にすることに躊躇がない。だからこそ無謀な勇気と決断力で物事を解決できるが、その分危険な大波にわざわざ流されに行く節がある。そういう意味でも、近くで仲間が見守ってやった方がいいだろう。おっ、そうだ。ついでに、積んであるマナラインも我々の研究に使わせてもらおう。どうせここまでの航路でジョーダルを消すための旅の口実でしかなかった代物だ。」

 ネコダルは何でもないかのように、なかなか壮大な企みを口にする。この組織の裏には相当な数の仲間と資金があるようだ。

「そういえば、この島にマナラインはつけないんですか?」

 クーが再び手を挙げてネコダルに質問する。

「実はもう我々の新転送システムは完成しているのだ。この島にも島民の同意を得て既に設置してある。あとは他の島にもどんどん設置していき、そのデータを元に調整を入れる。ということで、早速だがナナキくん、君には我々の作った新転送システムを他の島に送る手助けをしてほしい。なに、我々の指揮下に置こうという気はさらさらない。ただ我々は君を信頼し、その役目を頼むのだ。勝手がわかるようになったら飛空艇を使って独立するのも悪くない。」

「ユディキュリア号、頂いちゃってマナライン社にバレないんですか?」

 マァヤが心配するようにネコダルに訊ねる。

「なぁに、サダバナイに『乗員もろとも飛空艇は墜落して、海に沈没した』とでも思わせれば良い。奴はドラゴン姿のナナキくんを見たかもしれんが、正体まではわかっていないのだ。いくらでも都合の良いように吹き込んでやれば良い。彼にとって大事なのは“不都合な事実”より“自分にとって都合の良い真実”だ。サダバナイは飛空艇で今もお休み中だろう?ナナキくん、ドラゴンになってレノアンネ号にサダバナイを運び、リズに話をつけると良い。なんならリズもそのまま引き取ってしまって良いかも知れん。ショーゴ、レノアンネはまだ通信範囲外だな?」

「ええ、今ならまだ間に合う。では、私も同伴してレノアンネ号の艇内データを改竄する。その後は再びサダバナイについて行き、スパイ活動を続ける。」

 ショーゴは現代の忍者みたいだ、とナナキはちょっとワクワクしながらショーゴを見た。

「あら、記憶を捏造するのでしたら、私もお力になれますよ♡寝ているサダバナイさんに植え付けたい記憶の映像を夢で見せれば、起きた時に偽の記憶を信じ込む確度がとっても上がるの♡」

 レイネが軽くエグいことを言う。

「素晴らしい!ショーゴ、是非このレディに協力してもらおう!」

 案外、ショーゴとレイネが組んだら最強のスパイタッグになりそうだ、とナナキは密かに思った。

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