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「ここまでが前提で、ここからが本題の『我々がどうやってジョーダルをチェンジリングと推測するに至ったか』だ。」
その言葉に、完全にそっぽを向いていたグランも、耳だけネコダルに向ける。
「私は生まれた当初からそれまで、ジョーダルが個人的に開発した“意識や記憶のデータを転送する機械”を通じて本人からのデータを頻繁に同期していたのだが、ある時から、次第にデータの同期頻度が減っていった。そのうえ、同期する度に今までのジョーダルとは明らかに違うパターンの意識変容がオリジナルの内部で起きていることが、解析データによって明らかになった。それまでは、ジョーダルが別の何かと成り代わってるなど、誰も想像もしなかった。ただ、ジョーダルが何か異質なものに成り始めてる、という根拠のない不気味な違和感を、一部の人間が感じ取る程度だった。これが我々の“ジョーダル成り代わり疑惑”の始まりだった。」
「けど、ジョー艦長は黄泉沼に落ちても生還しましたし、ただ意識や行動がパターンを外れたからって、それがチェンジリングになった証拠にはならないんじゃないかしら♡」
レイネが軽い調子でネコダルに疑問を呈する。
その言葉にネコダルは満足そうな顔をして、ナナキの方を向く。
「ナナキくん、ショーゴの報告によると、君は黄泉沼から生還した時、黄泉沼の成分…つまりダークリキッドを取り込んで自在に操ってしまったそうだね?ここに来る時も、ドラゴンに変形させて飛空艇を運んで来たのだろう?」
「……まぁ。」
ナナキは気のない風に答える。正直、黄泉沼生還時のことはあまり覚えてない。とは言え、あの時取り込んだダークリキッドは身体を動かすのと同じくらい自然に操れる。今はその一部をなるべく見えないよう圧縮したうえでタトゥーっぽく体表に収納し、残りは小さい竜の姿で空の高高度を省エネ渡鳥スタイルで回遊させている。自由に操れると言っても、動かせば動かす程自分が運動したかのようにエネルギーを消耗してしまうので、実はあまり動かしたくない。意外と厄介な延長身体のようなものだ。
「それが確たる証拠だ。何の手も加えられていない天然のダークリキッドを操れる可能性があるのは、ダークエルフか、ダークリキッドから生まれたチェンジリングだけだ。しかし、ジョーダルは完全に人間で、ダークエルフではない。そしてナナキくんは今回黄泉沼に落ちる前にも、ジョーダルがプログラムしたはずのない動きをティリィにさせていた。これが、以前のサダバナイの罠にハマった時点で、ジョーダルは既に“成り代わられていた証拠”だ。」
みんながシーンとしてナナキを見た。ナナキは居心地の悪さを感じながらも、別のことを考えていた。
「リズはそのこと……つまり本物のジョーダンが…死んでるって知ってるのか?」
ナナキの問いに、ネコダルはうつむきがちに目を閉じて首を振る。
「彼女は知らない。我々ですら、完全な確証を持ったのは君が黄泉沼から生還したという報告を聞いた時だ。」
「リズはそっちの仲間じゃないの?」
ナナキが続ける。
「いや、彼女は我々とは隔てられている。ジョーダルは自分の命が狙われている事を以前から自覚していたから、彼女を巻き込みたくなかったのだ。彼女が我々のことを知れば、会社に直訴するか、違う方法で己の正義を全うしようとするかもしれない。それは非常に危険だ。」
「ジョーダルさんは、狙われてるとわかってて、なぜずっとマナライン社にいたんです?」
クーが鋭く質問する。
「マナライン社がジョーダルの逃げる隙を与えなかった。リズやジョーダルを慕う社内の仲間たちが、体のいい人質になっていたのだ。」
「そんな!マナライン社は世界を繋げる良い会社だと思っていたのに!ヒドイっす!」
サンの言葉に、マァヤもしょんぼりしている。マァヤもまた、その理念に賛同してマナラインプロジェクトに参加したのだ。
ここで、ネコダルは一息おく。そしてナナキをチラッと見て、すました顔をしながらまた口を開く。
「……さて、話を戻そう。ここからはナナキくんに直接関係があるであろう話だ。」
その言葉にナナキが顔を上げてネコダルの方を見る。ナナキとネコダルの目が合うと、ネコダルはさり気なく視線を外しながら話し始めた。
「……ジョーダルが異質なものに変化しようしてる一方で、ジョーダルとの同期が叶わない私は、自分が日に日にオリジナルから離れた個体になっていくことに対して焦りと危機感を感じていた。そこで、我が転送技術とエルフの協力のもと魔術を組み合わせ、一方的に狙った対象から記憶と意識データをコピーし電子情報化して保存するマシンを作り上げた。そして、仲間がマナライン社の近くにその装置を設置し、ジョーダルが会社にいる時を見計らって、マシンの照準をジョーダルに合わせた。」
「そんな、無茶苦茶ですぅ!」
マァヤは驚愕と焦りの混じったような血の気の引いた表情とともに、声を上擦らせる。
リズは知識を転送できる都合のいい技術なんてないと言っていたが、身近なやつのコピーがそんな都合の良いもんを作ってるんだが……。
「うむ、無茶苦茶だ。だが私…つまりジョーダルと言う男は、そういう突飛な発想と行動力でマナラインの開発にも成功したのだ。」
天才と変態は紙一重ってやつか。
「はい。なんでジョーダルさんが会社にいるときにその装置を使ったんですか?家にいるときに使えばいいのに。」
クーは優等生風にピシッと手を上げ、冷静にネコダルに質問を投げかける。
「ジョーダルは家にいる時は何かと動いているか、寝ているかのどちらかだ。動かれては狙いが定まらんし、寝ている間は意識が曖昧になっている。なので止まっていて、かつ起きている時を狙うには、仕事中のジョーダルがデスクに座っている間が最適だったのだ。……というわけで、計画は来たる537に決行されたのだッ!」
ナナキは聞いたことのある数字に嫌な感じがし、ハッとネコダルに向き直る。
「ちょっと待て、537…って、俺がジョーダンの身体に乗り移った日……!!」
「やはりか!そう、実験は見事に大失敗!マシンはちゃんと対象に働きかけたようだったが、記憶や意識データは全く転送されて来なかった!その代わりに、社内の仲間から『ジョーダルの様子が明らかに変わった』との報告を受けている。」
「やってることが完全にサイコだろ!」
ナナキ、および全員がドン引きした。
「実験に失敗は“つきもの”だ。とは言え、ジョーダルに本物の“憑き物”がついたのは想定外だったがな!」
ネコダルこと猫耳サイバー少女(男)クレイジーサイコAIジョーダルはまったく悪びれた様子がない。
「さっきはリズを気に掛けてるみたいなこと言ってたのに、その優しい心はどこへ行ったんだ?」
ナナキは呆れたようにネコダルを見る。
「うるさいぞ。自分が常に一つの人格で構成されてる思ったら大間違いだ。相対する相手や状況が違うだけでも、人格とはその都度変わる。例えば母親の前と友人の前とかな。それでも知性ある生物はそれらを引っくるめて“自己”と認識してるのだ。さらに言うと、自分も“自己という暗示をかけた”他人だ。それに気付かない奴が多すぎるがな。」
AIが自己について語るとは…。AIと言うからには意識も記憶も機械的処理によるもんなんだろう。しかし、ネコダルは客観的には普通に人間だ。彼の言う“自己という暗示”が自己同一性というものなら、ネコダルも自己を確立しているのだろうか?それとも、そう見えるように振る舞っているだけなのか?
ナナキは珍しく頭を使ったせいで、更に疲れを感じてボーッとしてきた。
「……で、結局俺は何なの?“事故”で異世界から引っ張られてきた“自己”なわけ?」
もはや人間のナナキの方が自己に懐疑的だ。
「そんなことは最早誰にもわからん!君に異世界の記憶があるからと言って、その異世界とやらが本当に存在してるのかも、君の人格が“転移”して来たものなのか、はたまた私と同じくただの“コピー”なのか、もしくはチェンジリングの知性が勝手に創り出した架空の人格なのか。それがわかる奴はこの世界、いや、どこの世界にもいないだろう!」
……コイツ、さっきから話を聞いてりゃ、エルフの美人医師と通じてるな?しかも、最初に「お前の正体を教えてやる」って言った割に、肝心なとこは結局わからんのか…。
コピーの身体にコピーの自己なら俺は何なんだ?もう完全に哲学だ。
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