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 次の日、全員で港に降りると、そこにはドライバーレスの車が二台用意されていた。

 とりあえず適当に分かれて乗り、着いた先は神社というか、遺跡というか、とにかくなんか宗教っぽい雰囲気の漂う敷地だった。

 その中にある教会風の建物に入ると、そこは祭事を行いそうな装飾が施された広い空間になっていた。暗い室内は所々カラー照明にライトアップされ、スモークのように焚かれた香の煙が床全体を這っている。雰囲気的には、宗教建築を利用したライブ会場みたいだ。長大でカラフルな網が部屋いっぱいに張り巡らされ、正面の舞台奥には何も描かれていない旗が掲げられていた。

「ここは我々の隠れ家の一つといったところだ。ま、その辺に座りたまえ。」

 ナナキたちは猫耳サイバー少女(男)AIジョーダル…長いからネコダルと略すとして、彼とショーゴに倣って、縦横無尽に張られた網…というかハンモックみたいな椅子に、思い思いの位置で座った。

 そこに、コップと急須を持った別の猫耳女性がやって来て、全員に茶と茶菓子を配ってくれた。あの猫耳女性も中身は男なのだろうか、とナナキは疑わずにはいれなかった。

 全員に茶と茶菓子が行き渡ると、ネコダルが口を開く。

「さてまず、話がグダってもしょうがないので、結論から言おう。ニセジョーダル、」

「ニセモンはお前だろ!」

 茶と茶菓子のニオイを丹念に嗅いでいたグランが、顔を上げて即座に突っかかる。

「俺のことは“ナナキ”でお願いします。」

 以降の天丼を察知したナナキが提案する。

「いいだろう、ナナキくん、君の正体はズバリ、“チェンジリング”だ。」

 ネコダルはナナキを指差す。

「チェンジリング?」

 ショーゴ以外の全員が首を傾げる。ショーゴはネコダルを見据えて、不満そうにしかめっ面をしている。

「チェンジリングとは、この辺に伝わる伝説の一種だ。伝説では、チェンジリングは黄泉沼の中から現れる。それは、嵐の日に黄泉沼に落ちて死んだ者の“完全なコピー”なのだという。チェンジリングは死んだ者に成り代わり、その者の送っていた暮らしを何事もなかったかのようにそのまま続ける。……ここまでで、ピンと来たことはあるかな?ナナキくん。」

 ネコダルはナナキの方を見て、様子を伺う。

「……サダさんは、以前の島渡しプロジェクトの時、ジョーダンを黄泉沼に落としたと言ってた。つまり、その伝説とやらが本当なら、その時点で本物のジョーダンは死んだ、って言いたいのか?」

 ナナキがそう言うと、周囲がざわついた。クーは膝の上に置いた両拳を強く握り、サンは「やっぱりクズっす!」と息巻く。ナナキはみんなが少し落ち着くのを待って、先を続ける。

「……だから、俺がその“チェンジキング”だと?」

「“チェンジリング”だ。それ以外は、その通りだ。非常に残念ながら。」

 ネコダルは目を瞑り、うつむき気味で顔を振る。

「そもそも、その“チェンジコング”だかってのは一体何なんだ?」

 グランが煮え切らない様子でネコダルに突っかかる。

「“チェンジリング”だ。チェンジリングは、分子レベルで元となった人間の完全なコピーだ。肉体も記憶も意識も、何から何まですべてな。」

「それならなぜ、チェンジリングだと見分けがつくんですか?」

 クーが真面目に質問する。

「…君はボケんのか。まぁいい。奴らとオリジナルには決定的な違いが一つある。それは、“人生の過程ライフプロセス”、つまり、“生命としての連続した体験”だ。それはAIの私にも同じことが言える。」

 どういうこと?何が言いたいんだ?という顔で全員が首を傾げる。

「生命というのは、まず母親の胎内に宿る。そこで無数の細胞の一集団としての人体が形成され、現実を知覚できるひとつの意識を乗せた”命“と成る。人間の意識は自我の中枢・左脳・右脳・人体の細胞といった、同時に進行する多数のプログラムによって織り成される。そのプログラムは、遺伝子や経験・知性などをもとにした方針や、取捨選択の繰り返しによって常に編集され続ける。その過程こそがライフプロセスだ。そのプロセスを無視して、その時点での“結果”だけをコピペした存在として誕生したのがチェンジリングだ。ここまではいいかね?」

「わかんない!」

 サンが元気よく手を挙げる。ネコダルはサンを横目で見て続ける。

「わかりやすく例えるなら、“プロトタイプ”と“量産品”のようなものだ。プロトタイプは、数々のアイディアや実験・検証の積み重ねにより創られる、いわば“オリジナル”だ。それに対して、出来上がったプロトタイプをコピーして作られるのが、量産品だ。この違いは、結果を並べて外から見れば全く見分けがつかないが、その工程には大きな違いがある。それは内側にいて制作に関わったクリエイターにしかわからない。しかし、そこに宿っている“意味”や“思い”のような主観的な価値は、それぞれまったく別物なのだ。」

 各々が、わかったような、わからんような、まったくわからん!という感想を表情で表明する。

「つまりだ。チェンジリングは結局のところ、客観的にはジョーダルだが、主観における無意識下に内包された無形価値も含めるとジョーダルではない。本物のジョーダルは人間由来だが、チェンジリングは暗黒液体ダークリキッド由来だ。見た目も中身も同じ、だがその存在に至るまでの過程が違う。」

 まだ首を捻る者が数名いる。

「本人とは別人、ニセモンはニセモン、 OK?」

 ネコダルが謎のラップ調で言うと、サンが顔をパッと上げ、ガッテンポーズをする。

「どんなに完璧に相手をコピーしようとも、完璧なのはコピーしたその“瞬間”だけなのだ。ライフプロセスが重要な理由は、過去の違いは、未来に行くほど本人に大きな影響を与えるという点だ。つまりは、チェンジリングも生きていく内に段々とオリジナルとの“ズレ”が発生する。同じプログラムから始まろうが、その書き手が変われば編集される内容も違うものになるからだ。その編集の積み重ねにより、プログラムはいつしか全く別物になってしまう。ライフプロセスというものは、本人が記憶喪失となろうが、人格が変わろうが喪失されるような代物ではない。仮に人体のパーツを少しずつ別物に取り替えれば、その分の肉体のライフプロセスは失われるが、全体のライフプロセスは継続される。これは物質に宿る”魂“や”霊性“という個としての生命の根本に限りなく近い重要な要素でもある。」

 ネコダルの退屈な講義に、グランは欠伸をして聞き流し、マァヤとクーは厳しい顔で必死に食いついている。サンに至っては完全についていけず、ハンモックに横になって寝てしまった。ネコダルはここで一回咳払いを挟む。

「そして、AIである私も、チェンジリングと同じく、どんなに膨大なジョーダルの記憶や自我などの“意識を構成するプログラム”を電子データに変換しコピー・学習しても、絶対にオリジナルのジョーダルにはなれない。私には決定的に肉体という身体性がないから尚更だ。その点が、ジョーダルと同じ分子構造を持つチェンジリングとAIの違いでもある。ライフプロセスの違いで発生したズレは、時間とともに誤差の振れ幅を増していく。長い間オリジナルのジョーダルとの同期が失われた今となっては、私はもはやオリジナルとは似ても似つかぬ別人になってしまったと言っても過言ではない。」

 ショーゴがウンウンと深く頷く。

 そういえば、初めてリズに会った時、リズはジョーダンを抜けてる奴として扱っていた。仮にもジョーダンのコピーであるネコダルを見る限り、抜けてるのは頭のネジのことだったんだろう。

 ……今思うと、本物のジョーダルはどんなやつだったのか、あまり気にしたことがなかった。凄腕プログラマーだとか仕事中毒でほとんど家にいない的な印象の話は聞いたけど、自分から詳しい事を誰かに聞いたことはなかった気がする。

 ナナキはここにきて初めて、自分が宿っている人物に興味を持ち、もっとちゃんと知りたいと思った。今になってようやく、自分以外のことを考える余裕ができたということかもしれない。

 ナナキがそんなことを考えていると、ネコダルが「パンッ」と手を叩く。

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