3

 液体のようで、固体のようでもあり、どこまで行ってもまったく体が浮き上がることはない。不思議と等速を保って深く深く、墜落するようで、潜るようで、吸い込まれるような、不思議な感覚だ。

 視界は目を瞑ったよりも黒く、まったくの無音に包まれる。光だけでなく身体感覚まで吸い込まれているようだ。自分の姿すら微塵も見えない。

 ……これで終わる。やりたいこともなく、流されるしかない、終わりを待つだけのナナキの人生が。

 ナナキの脳裏に走馬灯が浮かび始めた。七旗丈助の人生は、人に流されているだけだった。ナナキに興味ない人々、誰にも興味ないナナキ。過去にも未来にも、今にすら興味が持てなかった日々。面倒や傷付くのが嫌で、何かに正面から向き合うことも勝負することもなく、ただひたすら逃げ続ける怠惰な人生。自分の存在なんてあってもなくても何も変わらない。いつでもそんな気がしていて、常に無気力だった。

 そして突然、訳のわからない世界に投げ込まれた。その場しのぎでやった、意味不明な面接。何かしたいわけでも、どうすればいいかもわからない。いつも通り成り行き任せだ。

 少しは頑張ったつもりだったけど、やっぱり全て無意味だった。行動も、存在も。

 過去は醒めた夢で、未来は自分のものではない。あるのはただただ代理の人生。ナナキは前以上に何者でもなくなり、結局は意味のない幻でしかなかった。

 

 遂にナナキの中の空気が全て吐き出され、身体の内部まで真っ黒く染まっていった。


 俺は作られた人格だ。何者でもない。 ……





 …………






 ……










 …











 何にでもなれる。



 急に、ナナキの頭にそんな言葉がポンっと浮かんだ。

 

 何者でもない、無意味な存在。

 それは“暗示”だ。

 傷付かないように逃げるのも、俺の生き方だ。

 何となく世界は俺に「こうあるべきだ」というエゴを押し付けて、それができないのは「ダメな奴だ」と決めつけた。

 自分もそれが悪いことだと当たり前に思ったし、俺自身も自分を否定して、辛いことから逃げてきたはずが、いつの間にかずっと苦しんでた。

 でも違う。それは“自分”が決めたことじゃない。“誰か”が勝手に決めつけたことだ。

 俺を否定するのは、どこかの誰かに植え付けられた暗示だ。

 苦しいと思うのは、自分がその暗示に溺れているからだ。

 戦うのが本能なら、逃げるのも根底的な本能だ。どちらが偉いわけでもない。

 この世界に来て、訳もわからず流されて、相変わらずいろんなことから逃げた。

 けど、そうやって流された先で、出会った人がいた。ナナキを助け、慕い、信じてくれる人がいた。ただそこにいてくれた。成り行きとは言え、ナナキが集めた人たちだ。

 それぞれが目指し、流され、逃げ込んだ先が交わって出逢い、新しい繋がりを創った。

 いつの間にかナナキは、流されてるようで、流れを作っていた。

 過去も未来も他人も関係ない。ナナキだけの場所だ。


 自分が何者であるかは、いま自分が決める。

 これが、俺の“気付き”だ。


 そう思った瞬間、ナナキの目の前に星の海のようなものが見え、ナナキを中心に光が尾を引いて回り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る