第四章

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 翌日昼過ぎ、救難信号の場所に行くと、レノ号が秘境のような島に接岸していた。周囲に文明らしきものが見当たらない、まったくの未開の島群だ。

 レノ号からの救援信号を受け取ることができたのに、肝心の状況確認の通信にはまったく応答がない。マナラインが通ってないところでは飛空艇同士以外の通信が圏外になってしまうので、チョコバーではリズに連絡を取ることもできない。

「では、これより救助活動を開始します。まず、俺とグランであっちの様子を見てくる。状況がわかったら戻ってきて方針を伝えるので、それまではみんな待機で。」

 何が起こっているかわからないので、まずはナナキとグランだけでレノ号に降り立った。外には誰もいない。

「とりあえず、ブリッジに行こう。」

 ブリッジに入ると、そこにはリズが一人でいた。……しかも縛られて。

「リズ、どうしたの!?誰とこんなことを?」

 ナナキはリズに近づき、とりあえず猿ぐつわを外す。

「『誰と』じゃなくて『誰が』でしょ!ちょっと調べたいことがあってこの島に来たんだけど、そしたら急に飛空艇のAIが暴走して…」

「おい、ジョー!お客さんだ!」

 外を見張っていたグランがナナキに警告する。

 飛空艇用のゴーレム達が、廊下の向こうから一列になって猛スピードでこちらに向かって来た。グランもブリッジ内へ追いやられる。

「気を付けて!そいつらがみんなを捕まえて、私も…!」

「危険人物発見。拘束スル。」

 ゴーレムたちがナナキたちに腕を向けると、その腕がガチャガチャと変形して銃口のような形状に変わる。

「来るぞ!」

 グランが叫ぶと同時に、ゴーレムたちがナナキとグランに向かって何かを発射する。二人は攻撃を素早くかわし、グランはそのままゴーレムたちに突撃すると、目にも止まらぬ速さで彼らを四方六方に薙ぎ払った。

「急げ!」

 グランが先行して退路を確保しに行く。ナナキはリズをお姫様抱っこしてグランに続く。

「ナナキ、こんな力持ちだったの!?」

「主人公補正ってやつ!」

 ナナキとグランは、いざという時に備えてマァヤにバフをかけてもらっていた。

「ジョー、どうする!」

 グランは前方から来た新手のゴーレム集団と飛空艇の防犯システムを次々蹴散らし、ナナキを待って走り出す。

「ユディ号も安全じゃないかもしれない。かと言って飛空艇にどっか行かれたら、俺たちは帰れなくなる!」

「ケッ!面倒くせぇ!」

 そんなやり取りをしながらレノ号のデッキへ出ると、ナナキたちの飛空艇の方から派手な音が聞こえた。

「ジョー艦長!」

「みんな!」

 マァヤ、レイネ、サン、クーも、ナナキたちと同じくゴーレムたちから逃げてユディ号のデッキへ跳び出てきた。彼女らも、あらかじめバフをかけてある。やはり危惧した通り、ユディ号のAIも暴走したようだ。

 それにしても、マァヤのステッキはいいとして、クーは工具、レイネはお盆と食器、サンに至っては手裏剣のような物騒な凶器をゴーレムや防犯システムに投げ付け、相当な被害を与えている。確かにあらかじめ武器を持っとくよう言ったが、それぞれ何故そんな物を持ってるのか謎である。

「グラン、彼女らを援護して!」

 ナナキがそう言うと、グランはすぐにユディ号のデッキに跳び、しつこいゴーレム達の相手をしに行く。

「いま、そちらに行きますわ♡」

 レイネはバフ状態に慣れていないクーを脇でしっかり支え、バフは初めてだが元々運動神経の良いサンの手を握ると、翼を出して掛け声とともに大きく飛翔し、ナナキとリズに合流する。その後ろから、グランに襟首を咥えられながらマァヤも合流する。

「マァヤ、大丈夫?」

「らいじょぶですぅ~…。」

「これから、どうします?」

 レイネがナナキと並走して訊ねる。

「飛空艇から離れすぎて置いてかれてもマズイし、一旦近くに身を潜めよう。」

 みんなは一度島へ降り立ち、飛空艇が出港しても乗り移れる距離にある高台に移動して身を潜める。

「これ、切れっかな?」

 リズを縛っているのは、白くてやたら硬そうなリングだ。ナナキはなんとなくチョコバーを取り出し、ペンチ型に変形させて切断を試みる。

「ちょっと、ナナキ!そんなんじゃ切れないって!あっちで解除信号出してもらわないと…」

 ペチン。ペチン。

「いけたわ。誰でも持ってる端末で切れるって、これ欠陥品じゃね?」

「そんなわけないでしょ!てか、そもそもそれって誰でも器用に変形させられるシロモノじゃないから!」

「マジ?レイネが捕まった時もこれで助けたんじゃないの?」

「レイネさんの時は、マァヤが敵を眠らせた後、端末を頂戴して手錠を解除しました。そこまで粗密を制御した切れ味を持つ変形は、単純そうでいて熟練のプログラマーでも難しいです。流石はジョーダルさんです。」

 ナナキが端末を変形させるのを興味深げに見ていたクーが答える。ナナキはチョコバーを何でもできて何でも知ってる万能ツールだと思っていた。どうやら、ジョーダンという男はやたらとチョコバーに多種多様なプログラムを流し込んでいたようだ。凄腕というか、ある意味変態なのかもしれない。

「それより、これからどうするかだけど。」

 とりあえずナナキは話を変える。

「あのクズをブチのめせばいいだろう。」

 グランは悪い顔でニヤリと笑う。“クズ”はもはやサダさんの代名詞になっていた。

「ならまずサダさんを探さないと。だいぶ前からサダさんの姿が見えないのは、出たらブチのめされるのがわかってるからだと思う。」

「なら探し出して追い詰めるっす!」

 サンもグランの意見にノリノリで乗ってきた。

「リズのクルーが人質になってるから、そう簡単にいくかどうか…。」

「ごめんナナキ、私が助けに行くって言ったのに、逆に迷惑かけちゃって…。」

「リズは巻き込まれただけだよ。ここにいる全員そうだけど。」

 実際、ナナキも巻き込まれてる被害者だ。犯人の狙いは十中八九ジョーダンだろう。そしてその当事者が、この中にはいない。あるのは、当人の殻だけだ。

「出港されたらマズイってことは、結局戦わなくてはいけないのでは……?」

 マァヤがビクビクしながらステッキを握りしめる。

「ねぇマァヤ、人を操る魔法ってないんすか?」

 サンがとんでもないことを言い出す。

「そ、それはエルフの禁忌なので、わたしには使えないですぅ~~~…。」

 どうやらとんでもない魔法があるにはあるようだ。

「いっそのこと一瞬の隙を突いて殺すなりして再起不能にすりゃあいい。そうすりゃ艦長権限は自動的に失われんだろ。」

 グランは平手に拳を叩きつける。とはいえ肉球なのであまり良い音はしない。それにしても、話がどんどん物騒な方に流れていく。

「サダさんが死んだらその先は予想もつかない。艦長権限乗っ取り以外の仕掛けが残ってるかも。レイネは、もし俺たちが置いてかれたら、空を飛んで他の島に助けを求めに行くことってできたりする?」

「それはかなり難しいかしら……。飛行は短距離でも体力を極端に使うの。なんとか少しずつ島を渡れても、弱った状態だと大型の原生生物に捕まりやすいですし。追手に捕まった時も、結局そのパターンだったの。その時はエネルギー補給できましたが、この辺は人もいませんし、バフも目的地まで持つかどうか…。それに、この辺は危険生物が多いですから……試すにしても、ちょっとロマンチックすぎるかも♡」

 ロマンチックだかデンジャラスだかわからんが、話を聞く限りだいぶ無理そうだ。

「ジェットバイクを奪取できないかな?」

 ナナキは思い付いたことをとにかく提案してみる。

「格納庫への扉は侵入できないよう、厳重にロックされているはずです。そこにはマナラインも入ってますから。」

 クーが冷静に答える。

「ハッキングとかできない?」

「少なくとも私には無理ですね。ジョー艦長はどうですか?」

「ん~~~、無理かな。」

 少なくともナナキには。とにかく、今は妥協点が必要だ。何でもいいから、みんなを無事に人類文明の中へ帰せるような。

 ナナキがそう思った時、ユディ号の放送システムからサダさんの大きな声が聞こえた。

「ジョーダル・ヴィオトーク!裏切り者共!それとコソコソ探っていた女ァ!その辺にいるのはわかっている!出てこい!でないとレノ号のクルーどもの命は無いぞ!!」

 サダさんの声は怒りながらも嬉々としている。あの人は本当に目立つのが大好きだ。

「どーせ殺すんなら、全員ここに置いて自分だけ帰ればよくね?」

「ちょっと、ナナキ!」

「あ、ごめん。」

 リズに怒られた。

「リズ、何探ってたの?」

「……ジョーダルのこと。サダバナイと島渡しプロジェクト行った時も、この島に来てたって知って…。それで、何かヒントが残ってないか探しに来たんだけど、そしたら急にAIが言うこと聞かなくなって、ゴーレムたちが…。」

「ジョーダンがこの島に…?」

「お前のことだろ、覚えてねーのか?」

 グランが呆れて横から口を挟む。

「うん、わかんない。俺はジョーダンじゃないから。」

「冗談じゃない?」

 マァヤが首を傾げる。

「ナナキ、ジョーダル!」

「そうだったっけ?」

「ジョー艦長、どういうことですか?わけがわかりません。」

 クーが眉根をひそめて首を傾げる。

「ナナキ……。」

 今や全員がナナキを見ている。……下手な素人芝居も、ここらで幕引きだ。

「今更で悪いんだけど、俺、二重人格なんだ。もう一人の僕ことジョーダン…じゃなくてジョーダルが、全記憶を持ち逃げして消えちまったんだ。それで、俺にはこのプロジェクトの面接以前、ジョーダルが何してたどんな奴なのか、人づての情報しか知らないんだよ。この世界の常識すらわかってない。……なんていうか、ほんとごめん。」

「…………ええーーーっ!??」

 少しの間ロードが入り、サンとマァヤが同時に叫ぶ。リズ以外の他のみんなも、漏れなく驚愕して目を丸めている。…正確には、レイネだけあまり驚いた様子がなく、ただ口元を隠している。

「んだそりゃ!?本気で言ってんのか!?」

 グランが珍しく取り乱している。

「うん。知ってるのはリズだけ。リズが俺のことを『ナナキ』って呼んでるのは、俺の人格名が七旗丈助だから。」

「では、何も教えられないって言ってり、たまに常識を聞いてきたのは、本当に何も知らないからで…。」

 クーは最大限驚愕しつつも、冷静さを保とうとして顔が軽く引きつっている。

「そうなんだ。いやほんと。」

 そう言ってナナキは立ち上がった。何はともあれ、サダさんが全員を置いて行かないのには理由があるはず。狙いがわかれば、もう少し作戦を練れるかもしれない。

「ジョーダル・ヴィオトーク!一人でユディキュリアブリッジに来い!おかしな真似をしたら、…わかってるな!!」

 サダさんの演技じみた声が響く。丁度良いタイミングだ。

「とりあえず、俺はサダさんと話しに行ってくる。」

「おい!話って何を!?」

 グランがついて来ようと立ち上がる。

「みんなは、隙を見計らって捕まったクルーを助けられないか試してみて。グラン、お前も彼女らを助けてやってくれ。あと、神様を忘れんな。」

 そう言ってナナキは一人ユディ号へと向かった。

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