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「ふぁ~~~。この飛空艇の中に、名探偵はいらっしゃいますかぁ~?」

 ナナキはブリッジ内の一段高くなってるところに寝そべり、意味もなく独り言ちる。

 食中毒事件から6日程経ち、予定通りなら目的地のアジャーノまであと2日といった辺りまで来ていた。

「結局、食事に毒を盛った犯人も方法もわからずじまいね。」

 レイネがナナキの独り言に応答する。

 あの事件の直後、ナナキはゴーレムに命令して毒物の痕跡がないか格部屋や飛空艇内を捜査したが、何も見つけることができなかった。そのうえ、吐瀉物検査でも毒物を特定できなかった。

 ナナキもグランの口にわずかに残った成分から傷口を通して若干毒をくらい、それほど酷くはないが数日頭痛に悩まされて寝込んだ。その時サダさんはというと、前回のナナキのしっぺ返しで懲りたのか、レイネ誘拐事件後のような強行的な横暴は身を潜めたようだった。

「何言ってるっすか!犯人は一人しかいないっす!あのサイテーなクズ野郎っす!!」

 新人で右も左もわからないサンは、それまで上司のサダさんになるべく従っていたが、それも身代わりの一件以来態度が急変。今ではサダさんをメタクソに嫌っていた。

「動機はいいとして、証拠がないからな~。」

「証拠なんていらないっす!多数決で飛空艇から追い出すっす!」

「そんな、人狼ゲームじゃないんだから…。」

 空で拳を振るサンをナナキはなだめる。

 食中毒事件を警察に報告しようにも、ここは辺境の地で、ちゃんとした警察がいるのはここからだともはや目的地のアジャーノが一番近い。会社への報告書には残しておいたが、データを送信するにしてもやはりアジャーノへ行ってマナシステムを設置するのが一番早い。

「けど、やっぱり素人だけじゃどうしようもないですぅ……。」

 マァヤがおずおずと弱音を吐く。

「けど、殺人未遂っすよ!?グランさん、危うく死にかけたっす!」

「しかも、本当の狙いはジョー艦長だったんでしょ?また狙われるんじゃないかしら?」

 レイネはちょっと楽しそうである。この状況に“ロマンチック”を感じているのだろう。

「だからみんなで、こうしてグランさんの代わりに艦長をお守りしてるっす!ね!クーさん!」

「はい、艦長を一人にしておくのは危険と考えます。」

 クーがしっかり答える。最初は人を避けていた彼女も、今では女の子同士すっかり仲良くなり、自発的に人の輪に加わるまでになった。ここにいる女性陣は変わり者ばかりだから、クーの心配やコミュ障も全く問題にならないし、誰も気にしない。

 現在、このブリッジにはナナキと全女子クルーが集まっている。ナナキは呑気に床に寝そべり、レディースの皆さんは一段下の床で集まって艦長護衛隊をしていた。

 しかしそれは単なる名目で、みんな思い思いの楽な姿勢でお菓子や飲み物をつまみながらリラックスしている。つまり、ナナキを口実にした、ただの女子会である。

「ジョー艦長、グランさんの容体はいかがですか?」

 クーが、ナナキに質問する。

「グランはすっかり毒も抜けて今は安定してる。まだ治ったばっかだから安静にさせてるけど。マァヤの回復魔法も引き続き掛けてもらってるし、もう心配ないよ。」

 それを聞いた女子一同は軽く息をついて安心したようだ。

「それにしてもジョー艦長、一目で食中毒を見抜くなんてすごいです!凶暴になってるグランさんの対処も冷静でしたし!」

 マァヤがナナキを尊敬の眼差しで見る。

 見抜いたわけではないが、どう考えても直前の食事がヤバかった。あの時咄嗟とはいえ、すぐに吐かせて本当に良かったと思う。

「そうっす!僕、グランさんに睨まれた時、本気で死ぬかと思って動けなかったっす!」

 サンはその時のことを思い出して、またも興奮気味だ。

「あん時は本当に運が良かっただけというか…。明らかにグランは吐きたがってたし。……まぁ、過去の経験と知識は、ちょっとは役に立ったかもな~。」

 七旗丈助だった頃、誤って固い鶏肉の骨を床に取り落とし、骨の魅力で野獣化した愛犬と骨を奪い合う壮絶バトルをしたことがあった。鳥の骨は縦に割れると喉に刺さったりしてとても危険なので、絶対渡すまいとあらゆる手を使って奮闘した。最終的に奪い返せたから良かったものの、普段おっとりしてる愛犬の変貌ぶりには驚いたものだ。犬の基礎救命知識は、いざという時のために調べてあった。まぁグランには相当力技で無茶したが、当然普通の犬にあんなことをしてはいけない。

「あの時の艦長、めっちゃカッコ良かったっす!ピンチに駆けつけたヒーローみたいだったっす!腕あんな噛まれて痛くなかったっすか?」

「うーん、必死すぎてよく覚えてないや。一応腕に上着巻いてたし、アドレナリンとか出てて痛くなかったんじゃない?」

「あの……、傷はその後どうですか?」

 マァヤは自分のせいでもないのに、なぜか申し訳なさそうにナナキに聞く。

「俺もついに漢の勲章を得られたかな?」

 ナナキはマァヤにニッと笑いかける。

 回復魔法はあくまで自己治癒なので、整形オプションは付いていない。

 魔法を掛けつつも結局医務室で傷口を塞ぐ処置をした。開いた患部に両面テープのような物を貼ってくっつけるというもので、縫うよりは見た目も良く治りも早そうだ。とは言え盛大に噛まれたのでなかなかの跡が残った。歯形や引っ掻き傷といい、以前のかすった銃痕といい、ナナキなりに気を付けてるつもりでも、生来の無頓着な性格のせいか、ついつい身体中傷だらけにしてしまう。ジョーダンからのレンタル品だが、貸した相手が悪かったと思ってもらおう。

「ビーッビーッ」

 突然、あの事件の時のように艇内に警告音が響き、ナナキは反射的に飛び起きる。

「テレちゃん報告!」

「レノアンネ号カラノ救難信号ヲ受信シマシタ。」

「なんか聞いたことある名前だな……。」

 飛空艇の名前で聞いたことがあるのは、ナナキたちが今乗ってるこの飛空艇・ユディ(ユディキュリア)号と、……あとはリズの乗ってる飛空艇だけだ。

「どうした!?」

 グランがブリッジに四足ドリフトで飛び込んで来て、軽く舌を出して短く早い呼吸をする。どうやら自室から猛ダッシュで来たようだ。

「知り合いの飛空艇から救難信号が来たんだ。テレちゃん、救難信号の位置は?」

 ブリッジ中央に立体映像で地図と救難信号の位置が表示される。

「ここからちょっと戻って北の方か……。リズたちの目的地はもっと手前だったはずだけど、何でこんな島に……?」

「レノアンネ号のいる辺りの島って、ここなんか比にならないくらい本当に未開で、確か“黄泉沼よみぬま”がそこら中にあるとか…。」

 マァヤが怯えたように言う。

「黄泉沼?」

「私たちの普段使ってる端末、“暗黒固体ダークソリッド”の原料になる加工前の天然の液体“暗黒液体ダークリキッド”が湧き出て形成された泉です。落ちれば最後、沈むしかない死の泉で、そのことから泉であるにも関わらず“黄泉への沼”、黄泉沼と呼ばれるようになったそうです。」

 マァヤの知識に、クーが詳細を追加する。二人が揃うと何でもわかる気がする。

「へぇ~。結構な資源みたいだけど、誰も取りに行かないんだ。」

「マナラインの範囲外ですから。資源があっても運ぶ手段が乏しいんです。東方面の人たちはマナライン設置に反対の人が多いですし。そういう意味でも、アジャーノへのマナライン設置は大きな意味があるんです。」

 クーは続けて淡々と説明してくれる。

「なるほど。とは言え、救難信号が来てるなら行かないとな。テレちゃん、今すぐこの場所に向かって。あと艇内放送お願い。」

「カシコマリマシタ。」

「えー、当機は救難信号を受け取ったので、進路を変更し、救助活動に向かいます。」

 ナナキは適当に艇内放送を済ます。

「…で、ここにいるみんなにちょっと言っときたいことがあるんだけど……。」

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