5

 飛空艇に戻り着く頃、ナナキは体の痺れが治った代わりに、高熱を出してダウンした。

 水に突っ込んだ後、びしょ濡れのまま夜の空をジェットバイクで駆け回り、そして全てが終わったと同時に緊張の糸が切れ、その分のツケが一気に熱となって襲いかかったのだ。

 世界がグルグル回り、脳みそが鉛になったみたいに頭が重く、その場で動けなくなったナナキはレイネの肩を借りながら何とか格納庫から廊下に出た。身長的にナナキを支えるには役に立てないマァヤとクーは、ナナキの手を引いてみたり、ナナキが膝に手をつくとおでこに手を当て意味もなく熱を計ってみたり、足を持とうかと提案してみたり、しきりに二人の周りをファンネルのようにウロついた。途中でその声に気付いたグランが様子を見にやってきて、ナナキを米俵のように担いでさっさと艦長室まで運んだ。

「治癒魔法は免疫力や体力を高めますが、病原菌をやっつけるのは体内の抗体の役目なので、熱が出てしまうのは仕方がないんです。けど、回復は通常より早いですし、絶対治りますからご安心下さいっ!」

 マァヤはそう言って今一度治癒魔法をナナキに施し、安静にしてるよう言い残すと、他の戦ったメンバーにも個別に治癒魔法を掛けるため部屋を後にした。艦長室にはナナキと、お守り用のゴーレム7号が残った。

 

 その晩、ナナキは熱に浮かされながら夢を見た。

 真っ暗な空間に横たわり、体から炭酸のように泡を放出するジョーダル。

 彼の体はどんどん溶けて腕や足が次々バラけていく。

 ドロドロに溶けた人体の断面はピンクっぽい白で、それに対してふやけて剥がれた肌の亀裂からは強烈な赤い色が覗いている。

 肋骨から下を断たれ、シワクチャの皮膚にまぶたまで削げて剥き出しになったジョーダルの眼球が、ナナキをただひたすら凝視する。

 溶け行く彼を客観的に眺めていたナナキは、発狂寸前まで恐怖しながらもその吸い込まれそうな程真っ黒な瞳孔から視線が離せない――

 

 うなされながら目が覚めたナナキは、病気の時に見がちな妙に恐ろしい夢に身を震わせた。

 気づくと、部屋の通信機がビービー鳴いている。

「開けろヴィオトーク!話がある!」

 サダさんだ。悪夢はまだ続いているようだ。

 ナナキは寝てることにして無視するか迷った。要件は容易に想像がつく。しかし返答しなければそれはそれで面倒な事になりそうだ。そんな訳で、しぶしぶ応答する事にした。

「どうしました?」

「開けろと言っている!さっさとしろッ!!」

「この部屋には俺が撒き散らした風邪菌であふれてるので、バイオハザードを避けるため開けることができません。」

「この飛空艇の換気は万全だ!今すぐ開けろ!」

 案外理性的な回答だ。サダさんは自分の目的のために人を犠牲にしたり蹴落とすのを辞さないが、自分の納得出来る答えには意外と素直なとこがあったりと、そこは遠目に見てる分には面白い。ただし関わるとろくなことがない。

「すみません、そろそろノドが限界なので…喋れなければ会う意味ありませんから、後の要件はテキストで送って下さい。…ゴホゴホ。」

 ナナキは無理矢理声をしゃがれさせて苦しくなり、本当にむせて咳をする。

「貴様は喋らんでも首を縦に振ってれば良い事だ!艦長の権利をこっちに渡せ!」

 はい予想通り。確かに艦長が動けない時は代理を立てるものだ。そしてそのポジションはサダさんになる。しかし今回に至っては、人殺したいから銃寄越せと言われてるのと似たようなもんだ。使うとわかってて危険物を渡す奴はいない。

「それはできません。明日には復活しますから、今日は全員休暇ってことにします。では。」

 ナナキは相手の返答を聞かずスッパリ通信を切った。サダさんのチャンスを逃さない姿勢と愚直なほど真っ直ぐな信念は見事だが、それが敵意としてこちらに向けられてるのが面倒なところだ。

 そう思いながら、ナナキは寝汗びっしょりの寝巻きを着替えて再び寝ることにした。

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