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 水面を爆発させたようにジェットバイクで飛び出した先には、こちらと同じようにジェットバイクに乗った男がいて、ナナキの機体はその男にクリティカルヒットした。直撃を受けた男は気持ち良いくらい綺麗に吹っ飛び、叫びながら落ちて水の帯に突っ込み、突き抜け、ずっと下の方にある島の大きな湖に派手にダイブした。ナナキは人を轢いたことに驚いて、無意識にジェットバイクを横にスライドさせるように宙空で急停止し、ずぶ濡れのまま、湖に落ちていく男を無言で眺めた。

「オートパイロットモードヲ サイカイシマス。」

「ティリィ遅いよ!俺もう一人やっちまった!」

「ジシュ シマスカ?」

「ちょっと待って、心の準備が…。」

「誰だ!?」

 ナナキがティリィと話してると、厳つい男の声が割り込んできて、眩しい光に照らされた。

「ジョー艦長!?」

 レイネの声も聴こえた。ナナキが光を向けられてる方を見ると、向かい側に浮かぶ別の島に大きな岩棚があり、その上でレイネがいかにも悪そうな男二人に捕まっていた。ナナキが轢き飛ばしたのは見張り役をしていた男のようだ。事故の被害者が事件の加害者ならまだ言い訳が利くな、とナナキは内心胸をなで下ろした。

「動くな!コイツがどうなっ…」

「ジョー艦長、逃げて!コイツら私には手出しできません!」

 男の片方が意気揚々と定番の殺し文句を言おうとしたところに、レイネが思いきり台詞を被せた。

「このアマ、俺が喋っ…」

「やめろ!報酬が下がる!」

 せっかくの決め台詞を妨害されてレイネを殴ろうとした男を、もう片方の男が食い気味で静止する。コントのような、なかなかのテンポだ。

 キレた男は怒りの矛先をすぐさまナナキに向けて銃を発砲し、もう片方もそれに続いて発砲する。ナナキは咄嗟にバイクの全面を上げてウィリー状態にすると、そのまま一気にジェットを吹かし、一旦その場を緊急離脱する。

 離れ際に、先程のキレた男が相棒の静止を振り切って停めてあったジェットバイクに向かったのがチラッと見えた。

 ナナキの後方上空から別のジェットバイクが一台こちらに向かいながら発砲してきた。更には右手側からももう一台。

 クーの連絡によれば敵は五人。内一人は場外ホームランで、一人はレイネの見張り、ナナキを追ってくるのが三人。これで全部のはずだ。レイネを助けたいが、そうするにはまず、自分が生きてる必要がある。

 ナナキは近くを流れる水の帯の裏に入り、そのまま流れと逆方向に向かって速度を上げる。敵のジェットバイク正面にはバルカン砲が内蔵されていて、ハンドガンよりも遥かに鋭い弾が水面を貫通してナナキに襲いかかる。しかし水面と水飛沫がヘッドライトとバルカン砲の光を反射して視認性を低下させ、その隙にナナキは逃げ道を探すように高度を下げながら島の底へと潜り込んだ。

 島の底は逆さにした鉄塔のように巨大なツララの群れが大小垂れ下がり、その表面は光る粒子を帯びた真っ黒な鉱石の結晶で覆われている。その巨大なツララに水が滴り、そこから流れ落ちる水が気流に乗って集積することで水の帯を形成していた。

 突然、ナナキの背後から強烈な光が辺りを照らし、同時に「バチバチ!」と大きな音がして、強い静電気のようなピリつく感覚が肌の表面を這った。

「チッ!水に邪魔されて電撃がうまく拡散しねぇ!」

「俺は下に回る!お前らは奴を挟み込め!」

 さっきのキレ男が合流して二人に指示を出し、そのまま下降して下からナナキを狙う。ワイルドレディが左に回り込み、グラサンワンコがそのままナナキを追って来た。

「ティリィ、そのまま後ろの奴を撒きつつ全速前進!」

「ワカリマシタ。」

 ナナキのジェットバイクは速いスピードを保ったまま、最低限の減速だけで巨大ツララの間を縫うように進んで行く。ヘッドライトが次々と濡れたツララの表面を反射し、周囲は似たような景色が続いて方向感覚が全く掴めない。しかし、バイザーには障害物と敵の位置がしっかり表示されている。こんなところGPSが利いてるとは思えないが、もしかしたらジェットバイクかティリィに、コウモリのように音の反射かなんかを利用して常に周囲をスキャンする機能が付いているのかもしれない。とはいえ、今はそんなこと気にしている場合ではない。

 後方のグラサンワンコが、ツララの隙間からナナキが見えた瞬間にバルカン砲を乱射し、弾がツララに当たって表面の結晶が容赦なく弾ける。光の粒子と水滴が宙に舞い踊り、飛散して落下する岩石と鋭い鉱石のカケラが下にいるキレ男にバラバラと降り注いだ。

「オイッ!駄犬ッ!少しは考えろコノ低脳がッ!!」

 キレ男は味方にもキレッキレだ。とその時、再びクーからの通信が入った。

「ジョー艦長!クーです!レイネさんを救出できました!」

 なんということでしょう。ナナキが自分のことで必死になってる間に、バイカーガールと魔女っ子は自力で囚われのお姫様を魔の手から救い出してしまったようだ。最近のプリンセスは強すぎて王子様涙目とはこのことか。学芸会でも舞台に立ちたくないタイプのナナキとしてはありがたい話だが。

「ナイス!そこにもう一台停めてあったジェットバイクも使って先に飛空艇まで逃げられる?」

「やってみます。ジョー艦長は?」

「もう少し引きつけてから撒くなりなんなり考えるよ。」

 つまり、ノープランである。それにしても、あそこでキレ男のヘイトがこっちに向かったのはラッキーだった。…その分こっちがピンチだが。

 バイザーのマップで確認すると、まだ三人ともナナキを追ってきている。

 それにしても、ずっと思っていたことだが、ティリィのチートっぷりが半端じゃない。この世界ではこれが常識なのだろうか?…だとしたら、ティリィの機能を詳しく把握していないナナキは、かなり後手に回っていることになるのだが。

 突如、左から回り込んでいたワイルドレディが旋回し、逆走し始めた。どうやらレイネが救出されたことに気付いたようだ。

 ナナキは巨大なツララの裏に回り込み、タイミングを計って、後ろから来るジェットバイクとすれ違うように逆走を試みる。だが、後ろから来ていたグラサンワンコはナナキの行動を読み、すぐさま方向転換して後を追ってきた。下から来ていたキレ男も旋回しながらナナキに向かって銃を乱射する。

 先程まではティリィの操縦のおかげで追手との距離がだいぶ広がっていたが、引き返したことでそれが一気に縮まり、銃弾や飛び散ったツララの破片がジェットバイクやナナキをかすめ始めた。

 ナナキは可能な限りツララを盾にするようにしてやり過ごすが、そろそろ限界かもしれない。レイネたちを追うワイルドレディに追いついたところで、ナナキには攻撃手段がない。単純に近づくことでヘイトをこちらに向けてレイネたちから気を逸らしたいのだが、そう上手くいくか微妙なところだ。最悪、レイネを追いつつ、片手間でこっちも撃墜されるかもしれない。どうしたもんか。いっそのことユディ号まで連れて行って防犯システムで撃墜するか?

「ジョー艦長!マップは見れますか?この位置から上がってこれます?」

 クーからの音声と共に、ゴーグルに映ったマップにミドリの点が現れる。ユディ号を停めてる島の崖沿いだ。とは言え、ユディ号からはだいぶ距離のある位置だ。

「わかった、やってみる。ティリィ、追手を避けながらミドリのポイントまで最速で!」

「ワカリマシタ。」

 ナナキの乗ったジェットバイクはミドリのポイントまで全速で向かう。途中、先に逆走していたワイルドレディの近くを通り過ぎると、彼女は銃で発砲しつつそのままナナキを追って来た。

 島底のツララ地帯を抜けて上昇し、ミドリのポイントへ一気に向かう。そこに、先に逆走していたワイルドレディが続き、少し遅れてグラサンワンコがナナキを追う。キレ男は先回りするようにナナキの進行方向へショートカットし、三人はそれぞれの位置からナナキに向かって銃を乱射した。その集中砲火を避けるように、ナナキのジェットバイクは水の帯に隠れたり、岸壁に沿って横に若干スライドしながら、目的地に向かって上昇する。

 その時、バチバチッ!という大きな音とともに、ナナキの身体を鋭い痛みが走った。全身が痺れて息が詰まり、ジェットバイクのエンジンが停止する。ナナキとジェットバイクは飛翔していた勢いのまま空中に投げ出され、成す術もなく落下し始めた。

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