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 その後しばらく、二人は並んで空と水の帯を眺めていた。静かな水の流れる音と、草原を駆け抜ける風に葉が擦れる音。そんな音に耳を澄ませていると、微かに耳鳴りのようなキーンという音がして、次第に音がこちらに近づいてくる気がした。

「何の音だろう?」

「何か近づいてくるような……。あ、あれ、レイネさんとマァヤさんじゃないですか?」

 音を探してキョロキョロしていたクーが艦首の方を指差す。ほのかな間接照明があるとはいえハッキリとは見えないが、艦首に立って長い髪を風になびかせているのがレイネで、その後ろにちょっと距離をとって立つ明るい髪色で低身長なのがマァヤだろう。そして、レイネに大きな翼が生えたかと思うと、艦首の向こう側に飛んで行ってしまった。それを追いかけるように、複数の大きな高周波音がナナキたちの真上を通り過ぎた。

「なんだ!?鳥か!?飛行機か!?」

「おそらく、ジェットバイクです!レイネさんと同じ方向へ行きました!」

「なんかわかんないけど、とにかく追った方が良さそうかも!」

「確か格納庫に備え付けのジェットバイクがあったと思います!」

「行こう!」

 ジェットバイク!それは俺にも乗れるのか!?七旗丈助は一応普通自動車免許を持ってるが、免許証目当てで取ったくらいで、バイクに至ってはほぼ運転していない。とは言え、この世界の乗り物は完全自立型とかAIとかそんな感じだ。それなら、ナナキにも乗れるかもしれない。

「とりあえず、マァヤに事情を聞きたいから呼んでくる。クーさんは先に格納庫に行ってて!」

「わかりました!」

 クーに指示を出すと、ナナキはマァヤに事情を聞きに走った。

「わ、私にもわからないです…。一緒に景色を眺めていたんですが、突然レイネさんが『離れてて』と言って、直後にどこかに飛んで行ってしまって…!」

 マァヤはオロオロしながらもさっきの出来事について話してくれた。

「わかった、じゃあ俺はレイネを追いに行く。」

「わ、私も行きます!たぶんお役に立てるので…!」

 ナナキとマァヤは急いで格納庫に向かった。格納庫には、転送システム範囲外でも使えるように、二台のジェットバイクが備品として用意されている。ジェットバイクはシンプルな純白のボディにタイヤがなく、ソリのようなスタンドで支えられている。

 開いたハッチの前には、ヘルメットを装着してジェットバイクに乗ったクーがいつでも出れるようにスタンバイしていた。ナナキたちに気づいた彼女が耳元に手をかざすと、ヘルメットのフェイスガードがオートで開き、クーの顔が表れる。

「ジョー艦長、ジェットバイクの転送には時間がかかるので、この二台で行くのが早いと思います。」

「わかった。クーさん、後ろにマァヤ乗せられる?」

 ナナキはジェットバイクとかいう未知の乗り物を乗りこなす自信がないので、できればマァヤとのニケツは避けたかった。

「ええ、行けますよ。マァヤさん、どうぞ。」

「は、はい!」

 そう言うとマァヤはクーからヘルメットを受け取って装着し、クーの後ろに乗った。

「トバすので、しっかり掴まっててください。では艦長、先に出ます!」

 クーはそう言うとフェイスガードを閉じ、外に出るなり勢いよくジェットを吹かすと、マァヤの悲鳴はすぐに遠くに行って聞こえなくなった。

 ナナキも、とりあえず見た目に反してやたら軽いヘルメットを装着し、残ったジェットバイクにまたがってみる。すると、いきなりエンジンが起動し、ジェットバイクの底から「コオオオ」という音が響いて機体が地面から浮き上がった。それに呼応するように、前方下部にある翼が展開し、スタンドが引っこんで収納される。

 初っ端からエンジン起動までの行程をすっ飛ばされ、ナナキは困惑した。バイクと名がつくくらいだから操作性も似たようなもんだろうと予想していたが、それは大きく裏切られた。

 ……ヤバイ、これはだいぶ事故る未来が見える。ナナキの知ってるバイクと操作性がまったく違う。そりゃそうだ。まずタイヤがないのだから当たり前だ。

 いや待て、今までのパターンから、探せばオートパイロットモードもあるはずだ。ナナキはヘルメットのフェイスカバーを開けて腕に巻いたチョコリングに話し掛ける。

「ヘイ、ティリィ!ジェットバイクのオートパイロットモードはどうやるの?」

「ワタクシニ、オマカセクダサイ。」

 そう答えるとチョコリングがしばしの間チカチカと点滅する。

「ドウキガ カンリョウシマシタ。」

 今度は、ティリィの声がヘルメットから聞こえてきた。ティリィ、万能すぎる。

「クーの位置はわかる?追って欲しいんだけど。」

「ワカリマシタ。ジュンビハ ヨロシイデスカ?」

 ナナキはフェイスカバーを閉じ、ジェットバイクのグリップを握る。

「いいよー。」

「ソレデハ、ハッシンシマス。」

 そう言うと、ナナキの乗ったジェットバイクが勝手に動き出し、ハッチに向かって静かに前進する。外は夜だが、ヘルメットのバイザーを通すとカメラのナイトモードで見るように視認性がかなり上がっている。

 飛空艇から完全に出たところで下を見てみると、地面から結構な高さがあり、ジェットコースターでゆっくり頂上に向かって行く時と似たような恐怖感を覚えた。

 ――ダメだ。下を見るな、前を見て、心を無にするんだ………。

 ナナキは自分に言い聞かせ、前方だけを強く意識し、右グリップの親指付近にあるボタンを押す。すると、ジェット推進スラスターのノズルが青白く光り、「キーーーン」という高音とともに速度が等加速度的に増した。

 ナナキは驚いて親指のボタンを離す。すると、スラスターが緩やかに停止する。どうやら、ジョーダンの身体は加速ボタンの存在を知っていて、無意識にジェットを吹かしたようだ。魔法でバフをつけて崖を登った時と同じで、身体はジェットバイクの乗り方を知っているのだろう。つまり、無心になれば身体が自動で自転車を乗りこなすような感覚でジェットバイクを操作できるのかもしれない。しかし、それがわかると逆に動きを意識してしまう…。

 いや、俺にはティリィがいる。自分で操作する必要はない。とにかく慣れることに意識を集中しよう。

「ヘイ、ティリィ、急いで!」

「ワカリマシタ。」

 素直な返答の後、ヘルメットから「ファーン!」と軽い警告音が鳴り、再びジェット推進スラスターが起動してスピードが一気に増した。

 速度も安定しナナキも落ち着いてきた時、今度は「バウ~ン!」というSEが聴こえる。「もしもーし?」

「ジョー艦長!レイネさんを見つけました!」

 クーの声だ。ナナキがモタついてる間に、早くもレイネを見つけてしまったらしい。

「現在の状況は?」

「レイネさん、怪しい五人組に捕まってます。私たちは、崖の向こうにある島で森に隠れて様子をうかがってるところです。」

「わかった。すぐ行くから、そこで待機してて。無茶しちゃダメだよ!」

「…わかりました。敵の位置と映像をお送りしときます。」

 クーがそう言うと、ナナキのバイザーに敵の位置と映像が表示された。

 敵は現在ナナキがいる島とその向こうにある島の間にある広い空間に点々と位置し、レイネは向こうの島の縁に敵二人と同位置にいる。クーとマァヤはレイネに近い所に身を潜めているようだ。

 映像には、捕まったレイネを連行しようとする二人の男、それにジェットバイクに乗ってそれぞれ見張りをしている男と女と犬が映っている。男の顔は見えないが、女性はゴーグルをして長い髪をなびかせるワイルドな出立ちだ。犬はグレーに虎模様のピットブルっぽい人犬族だ。サングラス姿がなかなか様になっている。

 再びマップを見て自分の位置を確認すると、ナナキは一直線に敵の一人に向かって進んでいた。

 ナナキが慌てて進行方向に視線を戻すと、いつの間にかジェットバイクは崖に向かって一直線に進んでいた。ずっと緩い登り坂になっていたうえにティリィに任せっぱなしだったのと、いろんな情報が一気に入りすぎて、自分の状態に気を配るのを完全に失念していた。

 崖の奥からは、いくつかの水の帯が上空に向かって巻き上がり、ちょうど正面にも水の帯が斜めに横切っている。

「ティリィ、ストップ!」

「ワカリマシタ。オートパイロットモードヲ シュウリョウシマス。」

「そっちじゃねぇ!」

 ジェットバイクはそのまま崖を跳び出し、水の帯に勢いよくドボンと突っ込んだ。その水の帯は正面から見た幅の割に厚みがなく、突っ込んだナナキはそのまま川の反対側へ、派手に水飛沫を上げて一気に飛び出した。

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