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夜も更けた頃、グランが動いたのを見計らって、みんな揃って露天風呂へと向かった。
「樹齢千年、天然樹木露天風呂……これかな?」
「なんかすごそうですね~!」
「いろんな効能があるみたい♡」
「それじゃ、また後で。」
「は~い♡」
「…フンっ。」
マァヤ・レイネ、ナナキ・グランはそれぞれ男女に分かれて露天風呂へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、無料のお風呂セットを携えると、木の床板を敷いた狭くて薄暗いトンネルを歩いて露天風呂へ向かう。進むごとに湯煙が漂い、煙の充満したトンネルを抜けると……
「すっげ~~~!!こんなん見たことねぇっ!!」
真っ白な湯煙の先には、巨大な切り株の中にお湯が溜まった、神秘的な天然の露天風呂が見えた。
山の斜面に沿って倒れた巨大な朽木の空洞を通って天然のお湯が溢れ出て、それが下段にあるとんでもなく大きな切り株の窪んだ内輪へと、一塊の滑らかな滝となって流れ込む。滝は真っ白な飛沫煙を霧製造機のように巻き上げ、その白い湯煙の薄らいだ先には満点の星空が広がり、辺り一体が温かい霧と樹木の香しい匂いにどこまでも包まれていた。
トンネルを出てすぐ左手には、岩を積み上げたような高い壁があり、その前に木製の低い塀が見えた。塀の前はウッドデッキっぽくになっていて、そこに木製の風呂椅子が置いてある。これが流し場のようだ。
「とりあえず、体の汚れを落とすか。」
流し場に近づいてみると、木製の塀には顔の大きさ程の丸く浅い窪みがある。そこにガラス的なものがハマっていて、その中心には白い球が浮かんでいた。
その白い球を掴んで引くと、ガラスが水飴のようにニョ~ンと球についてきて、動かすのを止めると、その位置でピッタっと固定される。白い球を指でスライドすると、球に空いた小さく細かい溝からお湯が出て、触るニュアンスで水量も変化した。
この世界のシャワーはだいたいこんな感じらしい。ナナキは家でシャワーを初めて使った時、リズに使い方を教えてもらった。その際もトイレの時と同様、使い方を聞き忘れて風呂に入り、ひと騒動あったが。
窪みの下には白くてこぢんまりとした円柱がハマってて、その表面に異世界語で“体”と光る文字が表示されてる。それを一回タッチすると表示が“毛”に変わり、もう一度タッチすると“体”に戻る。その状態で円柱の下部に手を出すと、白く濃厚な泡がソフトクリームのように出てくる。
「なぁなぁグラン、ウンコ!」
ナナキは手の平の上にトグロを巻かせた泡を作り、グランに差し出す。
「ガキか。」
グランに一蹴される。下ネタと子ども心は異世界でも共通のようだ。
ナナキが全身を一通り洗い終わり隣を見ると、グランはまだ身体を洗っている。体がデカイうえに全身が毛に覆われているから、洗うのが大変そうだ。さらにグランはヒトとイヌが混じったような骨格なので、背中を洗うのが難しいのだろう。他はちゃんと洗ってるのに、背中だけまったく手付かずだ。
「背中洗ってやるよ。」
「いらん。」
グランは言い捨てる。
「遠慮すんな。俺こーゆーの得意だから。」
七旗丈助は、よく実家の大型犬を自分で洗っていた。トリミングに出すと高額になるからだ。愛犬のため、ちゃんと動画を見て良い感じの洗い方や毛並みの手入れ方法を勉強したりもした。
ナナキは勝手にシャンプーを手の平に山盛りに出した。
「おい、俺に構うな!」
「シャンプー大量に出しちゃったから勿体無いので洗いま~す。」
ナナキはグランの背中にシャンプーを塗ったくって、毛並みをマッサージするように洗う。
犬の毛をワシャワシャしてると、七旗丈助だった頃の感覚が甦った気がした。幼い頃の古き良き懐かしい思い出。あの時の感触も感情も、愛犬の存在も、全てが妄想の産物だったのかと思うと、ナナキの胸に虚しさとノスタルジーが込み上げ、じんわり涙が滲んだ。それと同時に、グランの体格がガチムチの男に近かったので、それを素手で触る不愉快な気色悪さも相まり、どうしようもなく複雑な心境になった。
「んンっ。」
マッサージしてるグランの背中が波だった。犬だから身体を触られて気持ちいのだろう。
「おい、キショい 声出すなよ。テンション下がるだろ。」
「だ、だったら洗うの止めろッ!」
犬の毛には触ってたい、しかしガチムチは意識したくない。ナナキは心を犬毛に全集中して、グランの背中を完璧に洗い切った。
「よし!さっさと露天風呂いくどっ!」
ナナキの顔に鼻水が光る。ナナキはグランを洗ってる間に身も心もすっかり冷え切っていた。
一方その頃、女子二人も露天風呂にいた。
「見て下さい、レイネさん!すっごい大きな木ですね~!」
トンネルから小走りに出て、マァヤがはしゃいだ。
「そうねぇ。それに、とっても良い香り♡早く体を洗って、お風呂を堪能しましょ♡」
「そうですね!」
二人は仲良く隣同士に風呂椅子を並べた。
レイネはシャワーに手を伸ばそうとして、ふとマァヤが座ってオズオズしてるのに気がついた。
「どうしたのマァヤ?」
マァヤは上目遣いに手をモジモジさせ、言いにくそうに視線をウロウロさせる。
「あの……実は私、レイネさんに、というか皆さんに隠してることがありまして……。」
「なぁに?」
レイネは座って目線の高さをマァヤに合わせ、優しく問いかける。
「あの、わたしっ、実はッ、………エルフなんですっ!!」
そう言いながら、レイネは髪で隠してた長い耳をピヨンッと出す。
「あら!カワイイお耳♡」
レイネは一瞬驚いた素振りをして、ニッコリ笑う。
「あの……隠しててごめんなさい…。さっきも言おうと思ったんですが、言い出す勇気が出なくて……。」
マァヤは申し訳なさそうにしょんぼりした。
それを見て、レイネは少し考え、マァヤに静かな口調で声をかける。
「……実はね、私もみんなに隠してる事があるの…。」
「え?」
マァヤはキョトンとレイネを見返す。
「実は……」
レイネはそう言うと少し歩いて距離を取り、マァヤと流し場を背にして立つと、長い髪を腕でファッと巻き上げる。
その瞬間、レイネの背中から髪色と同じく黒と赤紫のグラデーションがかった大きなコウモリのような翼と、お尻の付け根から長い悪魔のような尻尾が生えた。
「実は私、サキュバスなの♡」
レイネはマァヤへ軽く振り返り、ニッコリ微笑んだ。その額には、先端にいくにつれ赤く光る、二本の黒い角が生えている。
「ほえぇぇぇえぇぇーっ!!?」
マァヤはめっちゃビックリした。
レイネは翼と尻尾と角をしまって流しに戻り、椅子に座ってマァヤにウィンクすると、人差し指を自分の唇の前にちょんっと置く。
「みんなには、内緒よ♡」
「は、はいっ!」
マァヤは何か言いたいが、どう言っていいかわからない、という感じでオドオドした。
「今は、とりあえず体を洗って、温泉でゆっくり語り合いましょ♡」
「は、はひっ、そうですね……!」
マァヤはうんうんっ、と力強く頷いた。
「あ!そうだ!レイネさん、あとで背中流しっこしませんか?私、一度やってみたくって!」
マァヤはレイネに子どもっぽいキラキラした目を向ける。
「あら、とっても楽しそうね♡やりましょやりましょ♡」
その後、二人は仲良く楽しくお互いの背中を流しっこした。
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