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獣道から山道へ出ると、左手にすぐ大きな建物が見えた。
「デケェ!」
「まぁ、湯屋さんね♡」
「わー!こんなところにあるなんて、秘湯ってやつでしょうか!?」
ナナキたちは、はやる気持ちのまま足早に建物の入り口へ向かう。
建物は茶と碧と蒼の不思議な色をした木を組み上げた木造建築で、木造というだけでナナキにはどこか懐かしく、木の香りも相まって早くも癒された気分になった。
「こんちわー。」
ナナキ一行は、挨拶しながら中へと入った。
建物の内装は、木の温もりと竹のような素材でまとまった安心感のある空間になっていた。エントランスの天井は吹き抜けになっていて、何階か分の廊下がそれを囲うように見えている。天井は翠や白の美しいガラスと透明な空のモザイクでステンドグラスのような趣になっている。
「いらっしゃいませ。ご予約はございますかな?」
なにやら、仙人のような好々爺がナナキ一行を出迎えてくれた。
「してないです。ここって温泉ですか?」
「ええ、そうでございます。千年樹から滲み出る薬効成分と、芳しい香りをご堪能いただける自慢の天然温泉となっております。お食事も、もちろんございますよ。お泊まりでしたら本日は空きがございますので、どうぞお気軽にお申しつけくだされ。」
「すごーい!ステキですねー!」
「本当ね♡ここまで来たかいがありましたわ♡」
「………。」
グランはいつもの不機嫌顔で、あたりの匂いを嗅いでいる。
ナナキは好々爺に近寄って、小さい声で質問する。
「あの、一応確認なんですが、毛深い友人も一緒に入れますか?」
「ええ、ご心配なく。露天風呂には野生動物も入っておりますので、全く問題ございませんよ。ただ、室内のお風呂は、ご利用を控えて頂けますと幸いです。」
「オッケオッケー、ありがとうございます。」
グランをチラッと見ると、耳をこちらに向けて少し気を抜いた表情が、ナナキの視線に気付くと、今度はわざとらしく眉間にシワをよせてプイッとそっぽを向いた。
「ご飯と温泉、どっち先にする?」
ナナキはみんなに聞いてみる。
「わたしは……温泉は食べる前がいいかなって…。お腹は空いてますが、先に食べるとお腹出ちゃうかも……。」
「ウフフ、そうね♡」
いかにも女の子らしい発想だ。
「じゃ、ご飯後で、温泉先に入るか。そうだな……どうせ明日も磁気嵐で足止めだし、温泉出た頃には時間も遅くて山道を帰るのも大変そうだから、思いきって泊まってっちゃう?」
ナナキがみんなに提案する。
「本当ですか!?やったーー!!」
マァヤはテンションカンストで一番に食いついた。こういうのが本当に大好きらしい。
「おじいさん、そういう事なんですけど、二人ずつ二部屋あります?」
「実はですの、空いとるのは二部屋繋がっとて、襖(ふすま)で分かれる部屋なんですがな、よろしいですかね?」
この世界にも襖はあるのか。
「だって。どうする?」
ナナキは女性陣に訊ねる。
「私はまったく問題ございませんわ♡むしろ楽しそうで良いと思います♡」
レイネは快諾してくれた。
「わ、私も大丈夫です!」
マァヤもOK。
「グランは?」
「俺は外でいい。」
「外はダメ。ノミがつく。じゃ、その部屋でお願いします~。」
「かしこまりました。それでは、こちらがお部屋の鍵です。どうぞ、ごゆっくり。」
鍵といって渡されたのは、キューブ状の例の真っ黒なチョコバーだった。
これが鍵か…ナナキは黙ってキューブ状のチョコバーを眺めた。
「とりあえず、男女で二つに分けましょうか♡」
レイネが提案してくれた。
なんのこっちゃわからないナナキは、とりあえずレイネにキューブを渡す。
レイネはキューブを受け取ると、それを二つに割って、片方をナナキに戻した。
そして自分たちのキューブの片割れを更に二つにし、リング状にして手首に巻き付けた。
チョコバーって分けれるんだ。ナナキもキューブを二つに割って、片方をグランに渡した。
「泊まるとなると、食前の入浴は軽く済ませて、寝る前にもう一度温泉を楽しむのも良いわね♡」
「わー!良いですね!じゃぁ、食前のお風呂は屋内で済ませて、人が減った時間にメインの露天風呂行きませんか?!」
マァヤはレイネの提案にノリノリの様子だ。
「早朝に入るのも乙だね。」
「サイコー!サイコーです!!」
マァヤはどの言葉にも反応して、ピョンピョンしながらテンションアゲアゲだ。
そうだ、とナナキは自分の端末に話しかける。
「ティリィ、俺たち泊まってくこと、ここにいないメンバーに伝えて。ここの場所と情報も一緒に。」
「ソウシンシマシタ。」
「俺は、夜に入る。」
グランは先に部屋に向かう。
「じゃ、俺も風呂は食後にするわ。部屋で待ってっから、揃ったら皆んなでメシ食おう。」
「は~い♡」
女子二人は揃って返事をすると、受付で着替えやお風呂セット一式を借り、ルンルンと屋内温泉の方へ向かって行った。
袖のない浴衣チックな格好に着替えたホカホカのレイネとマァヤが戻ってくると、ほとんど同じタイミングで夕食が部屋に届けられた。
メニューは、その日に取れた新鮮な素材を使った日替わりコースだった。香り高いキノコと新鮮で変な形をした山菜、角猪肉の刺身、川魚の香草焼き、黄緑色の味噌っぽいスープ、蝉に似た虫の唐揚げ等…。それらを堪能した4人はすっかり満足し、各々暫くの間、余韻を楽しんだ。
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