5
ザッぶぁーーー。
「おい見ろよグラン、お前のお友だちだぞー。」
ナナキは既に露天風呂に入っているドデカイ狸とカピバラが混ざったような野生動物を遠目に見やる。
「お前のお仲間だろ。アホ面がソックリだ。」
グランがちょっと離れて温泉に入る。
朽ちた千年樹、その内輪の床には黒く光る丸石が敷き詰められ、縁のあたりは座り心地の良い石が大小並べて置かれている。
ナナキは丁度良い大きさの石に腰掛けると、後ろにもたれて木の縁に両肘を据え、体を退け反らせて長く深呼吸する。
「ふぁ~~~、生き返るな~。………なー、なんでこの世界の星はみんな尾を引いてんだ?」
「バカか、魔法磁気層の影響でそう見えるだけだ。常識だろ。」
「そーなんか~。」
ナナキは感慨深く星空を眺めた。
「なぁグラン、俺ってすっげー鑑識眼の持ち主だと思わねーか?」
「そうだな。何でもウンコに見えるガラスの目だ。」
「ハズレを見抜いて、それをわざわざ引く天才ってこと。」
「あ?ケンカ売ってんのか?」
「へっへっへっ。仲良くしようぜ、同士。」
「……フンッ。」
グランはプイッとそっぽを向く。
「……グランー。」
「………なんだ。」
「グランは、どうしてこのプロジェクトに参加しようと思ったんだ?」
「………。」
ナナキの質問にグランはちょっとの間黙って、夜空を眺めた。
「別に……何でも良かった。ただ、仕事が必要だった。金がねーと生きてけねぇから。」
「まぁ、確かに。」
ナナキがそう答えると、グランはまた少しの間、夜空を眺めたまま黙る。
「……俺は、雑種だ。純血なら、どんなコミュニティでも信用がある。どんな特性があるか、どんな性格か、どう扱えば良いか、だいたい犬種でわかる。それに見た目も安定してて、どんな奴でも一定の人気と価値がある。そうなるよう“造られてる”からだ。人犬族ってのはそーゆう種族だ。」
ナナキは、ゲームでキャラクリやステ振りをする時、自分もこんな感じで能力や見た目を選べたら楽なのに、とよく妄想したのを思い出した。
「俺には犬種が無い。二・三種くらいのミックスならまだいい。だが俺は、混ざり過ぎて原型がない。どこをとっても誰かに“似てる気がする”だけだ。自分の起源も、何者かもわからない。だから、ろくな仕事が無い。何でもいいから探して、片っ端から落とされる。残った仕事はろくでもねぇもんばかり。…そーゆう人生だ。」
敵に負け、金が尽き、また負けて、アイテムが底をつき、積む。負の連鎖を抜けるのは何であれ難しい。
「人生かー……。」
ナナキが呟く。
「なぁ、グラン。この世界に、神様はいるのか?」
飛空艇の名前は天使の名前だ。ならこの世界にも神の概念はあるはずだ。
「神だぁ?いねーよ、んなもん。そんな奴いたら喉笛噛みちぎってやるッ。」
グランはグルルと牙を剥く。
「俺はいると思う。俺は神の存在を信じてる。」
「なんだ急に?宗教の勧誘ならお断りだ。」
ナナキは気にせず続ける。
「俺が信じてるのはなぁ、“恨み神”だ。」
「恨み神?聞いたことねーぞ。」
「俺が最近創った。」
「はぁ?教祖にでもなるつもりか。」
「教祖なんていない。拝む奴もいない。恨み神はただ恨むだけの神。」
「なんじゃそりゃ?」
ナナキはボーッと空を見ながら、ちょっと間を置く。
「これ、前置きなんだけど。俺はな、ちょっと前まで、感情の起伏のない人生を送ってた。辛いとか悲しいとか、そーゆうのが嫌だから。でも最近、何の前触れもなく、全てが一変した。突然夜の海に投げ込まれて、溺れるような感じ。何もわからない恐怖、逃げられない辛さ、何もかも失う苦しみ。理由も余地もない。全てが理不尽。しかも誰のせいでもないときた。だから、やり返す先も、感情のぶつけ先もない。」
「………。」
グランはいぶかしげな顔をしてナナキを見る。
そんなグランを見て、ナナキはニッと笑う。
「で、だ。そもそも論、怖いとか悲しいとか辛いとか、そんな感情なきゃいいだろ。なのにあるのは何故だ?危機察知能力だとか、動物を進化させる為だとか、弱い個体の自然淘汰だとか、理屈はいろいろあるし、理解もできる。でも、悲しいもんは悲しいし、辛いもんは辛い。理屈がわかったって、どうにもならない。…脳をイジらん限りね。」
ナナキはニヤニヤしながら、鼻の穴に中指をグリグリするフリをする。グランは目を上に向け「やれやれ」と肩をすくめる。ナナキは更に続ける。
「だから、負の感情があるのは、神様がそう創ったせいだって決めつけることにしたんだ。“悲しい”出来事も、“辛い”環境も、“苦しい”状況も、なんでもかんでも、“嫌”なことはぜ~んぶ神様のせいだって無理矢理こじつけて、ただただひたすら神様を恨む。これが、“恨み神”。」
「それ、何の意味があるんだ?」
グランは呆れ顔だ。
「恨み神は俺個人の創造物だから、全部の恨みをそっちに向ければ、現実では誰も何も恨まないで済む。しかも気が済むまで恨み放題。恨み神は自分が想像したときだけいるから、そうじゃない時は実質どこにもいない。つまり、恨みまくった憎い奴は、愉快にも自分で消し去る事ができる。恨んで、消して、恨んだ数だけいつの間にか自分で消してる。現実と違って、恨んでる相手を自分でコントロールできるんだ。しかも無意識にな。そうなると、目の前の世界から恨みがなくなり、心に余裕が持てる。その心の余裕で、人生を少しだけ楽にできる。……な?いいシステムだろ?」
ナナキはニヤニヤしながら腕を頭の後ろにまわし、目を閉じてリラックスする。
「徹底的に神を恨むか……。」
グランはちょっと考える。
「そ。グランが雑種なのも、仕事が貰えないのも、人相が悪いのも、性格が捻くれてるのも、ぜーんぶ神様のせい。」
「お前~…。」
グランがナナキを威嚇する。
「そうそう、その恨みも全部恨み神に向けんの。それで万事オッケー。」
「しかし、何で神なんだ?悪いことは、悪魔の仕業にしないのか?」
グランは首を傾げる。
「俺の言う神様ってのは、往々にして理想の世界を作る為に、一部の人に力を与えて、都合の悪い奴は排除しようとする奴なわけ。俺はどっちかってと異端で不要な、排除される側。逆に悪魔は、一個人にそいつ自身の欲望を叶える力をくれる。むしろ俺たちハズレ者の味方ってとこだな。」
「なるほど、ある種の悪魔崇拝だな。」
グランもニヤリと笑う。
「それでもいいな。」
ナナキもグランを見てニヤリと笑った。そして、お互いのニヤリ顔が可笑しくて、二人して声をあげて笑った。
その声に、狸カピバラが二人を見て、首を傾げた。
「ね、ね、レイネさん、私、ちょっと悪いことしてる気がしちゃって……。」
マァヤが小声でレイネに話し掛ける。二人はだいぶ前から、露天風呂に浸かっていた。
「何だか私、男湯を盗聴してるような気分で……。私のバフ、こんなに長持ちするなんて、自分でも思ってなかったですぅ~…。」
女湯と男湯は隣り合っていて、やたら背の高い竹状の木製素材を隙間無く繋げた壁で仕切られていたが、結局は屋外なので音漏れし放題である。
マァヤとレイネは、崖を登る時かけた身体能力アップのバフ効果で聴力も鋭敏になり、大きな水音がしているにも関わらず、男湯側の話声が聴き取れてしまっていた。
「しっ、マァヤ。こっちこっち。」
レイネは小声でマァヤを呼んで手招きし、竹の壁からザブザブと遠のく。
レイネは少し前からナナキとグランの話声に気付き、マァヤも呼んで、わざわざ男湯側に寄って座っていたのだ。
二人は壁から遠のいた所で、改めて腰を据える。
「バフをかけたのはジョー艦長もよ。グラニド様は元々お耳が良いですし。壁の近くで喋ったら、あっちにも聴こえてバレちゃうわ♡」
「ええ~~~、あれ、わざとだったんですかぁ~~~!?」
「しー!マァヤ、声おっきい♡」
マァヤはジャブンと口までお湯に浸かり、そろ~っとレイネに小声で話しかける。
「ど、どうして盗み聴きを~?」
「もちろん、ロマンチックだからよ♡」
レイネのロマンとは、スリルのことである。
「ろ、ろまんちっくですか…!?どど、どの辺がですか??」
マァヤは顔を赤らめてドキドキしながらレイネに訊く。マァヤはレイネの“ロマン”をそのままの意味だと思っている。
「ふふふ♡コッソリ聴いて、ドキドキするの、楽しいでしょ♡それに、これはマァヤの為でもあるのよ♡」
「ええッ!わ、わたしのため!?」
「そ♡マァヤはちょっとのことですぐ罪悪感を感じるから、耐性をつけるためのトレーニング♡」
レイネはマァヤを丸め込もうとしている。
「そ、そうだったんですね…。わたし、また罪悪感感じちゃってました…。」
人間として、正しい反応である。
「まだまだ修行が必要ね♡ほら、罪悪感は、神様のせいにしちゃいましょ♡」
「うう~~~、神様のせい神様のせい神様のせい……。」
「ふふ、その調子っ♡マァヤいい子いい子♡」
レイネは盗聴したナナキの与太話をガッツリ応用し、マァヤはレイネに洗脳され始めていた。
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