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病院につくと、予約とかナシに診察をしてくれた。ナナキを担当してくれた医者は理想的なセクシー女性で、ナナキは心の中でガッツポーズした。彼女は耳が横に長く、今日面接したクルクルさんを思い出した。どうやら、この世界の人間にはエルフっぽい耳長族がいるようだ。多分、白人とか黒人くらいの違いなんだろう。あの子は長い耳を隠していた。もしかしたら、この世界にも人種差別があるのかもしれない。
ナナキは脳や体など一通りの身体検査をしてもらい、診察にはリズも立ち会った。ナナキとリズは、先生から診断結果を聞いたり、いろんな質問に答えたりした。
「ではナナキさん、あなたはこの世界とは異なる世界で生きてきた記憶があり、突然この世界の他人の身体に意識だけが飛ばされたような感覚がした、ということですね?」
美女医師がナナキに確認する。
「はい。」
「そして同時に、自身は解離性同一性障害によって生成された、新たな自己同一性ではないかと推測している。」
「…まぁ。」
多重人格の正式名称が解離性同一性障害というのは知識としてたまたま知っていたけど、“自己同一性”というワードの意味は正直よくわかっていない。とはいえ、フィーリング解釈のうえ、なんとなく応える。
「先生、自己同一性ってなんですか?」
優等生のリズが質問する。
「自己同一性っていうのは、そうねぇ、イメージとしては“意識の上で実存する自分”とか“疑いなく主体的な意識”って言えば良いのかしら。」
「………。」
二人は逆にわからなくなったような気がしたが、詳しく聞くと哲学講義になりそうなのでスルーした。
「解離性同一性障害では、クライアントの心的外傷を伴う体験やストレス、受け入れ難いトラウマ、意識と肉体の不一致によるアイデンティティの矛盾等が原因となって引き起こされることが多いです。本来は統一されている人格が、苦痛の記憶や不都合な意識を切り離すことで、複数の別人格として自己を分かち、脳に負担をかけるジレンマを解消する。勿論そこには多様な要因や症例があります。」
多様な症例…。ナナキはクシャミで人格が変わるキャラクターを思い浮かべた。
「今回の場合、元の、もしくは別の人格の存在がまだ確認されていないので、全生活史健忘…つまり、俗に言う記憶喪失の直後に新たな自己同一性が構築された“解離性遁走”という可能性も考えられます。」
確かに、ナナキは他人の身体に入ったから勝手に元の人格がどこかにいる気がしていたけど、まだその存在は未確認だ。人格が交代したらナナキ自身にはそれを観測できない可能性も大いにあるが。
「リズさんから見て、ナナキさんが現れる前のジョーダルさんに何か変わった様子はありましたか?」
美人医師に訊かれて、リズは目線を左上に向けて少し考える。
「そうですね……。ジョーダルは仕事熱心で、元々変に抜けてる部分もありましたが…。確かに最近、ちょっと前とは変わったかもって感じはありました。何がというのはうまく言えないですが……雰囲気というか、空気感というか…。でも、その程度です。」
「なるほど。もしかしたらジョーダルさんは見えないところで何か問題を抱えていた可能性もありますね。いずれにせよ、ナナキさんがすべきことは、自分自身を否定せず、現在の状態を受け入れることです。今ナナキさんは実際にここにいて、私たちと会話をし、この世界に存在しています。あなたの過去や経験はあなたの一部であり、あなた自身を意味付ける大切な要素です。今はとにかくそれを否定せず、まずはあなた自身がこの世界でどうありたいか、ということを第一に、今後の経過を見つつ、気長に治療していきましょう。」
小難しいようなありがちなような長台詞を言い終わると、美人医師はニッコリとナナキに微笑みかけた。
半分くらいボーッと聞いていたナナキは、口の端でニッと笑い返した。
とは言え、美人医師の正当性ある見解が、やはり“七旗丈助の記憶”は脳内で創り出された疑似記憶なんだという思いを強くさせ、ナナキを複雑な気分にさせた。
それと同時に、「どうせ創るならこんなリアルでガッツリしたオリジナル
なんやかんやで診察は終わった。脳は正常だとか、魔法の痕跡がどうとか、身体検査の結果はそんな感じだが、結局「これ」という断定的な答えはなかった。病院の手続きは多少面倒だからということで、リズが代わりにやってくれた。医療費まで立て替えてくれたようなので、あとでちゃんと返さなくては。どうせジョーダンの金だし。
やることを終えると、日も暮れているし、とりあえず家に帰ろうということになった。「結局わかったのは、なかなか特殊な症例だってことぐらいかぁ。治療方針も『こうなったもんはしょうがないから、とりあえず受け入れて生きてこう』って感じの、病気とか関係ない一般的なアドバイスというか。」
「良いじゃん、個性として受け入れられる程度って思えばさ。私、最初『自分もこの世界もわからない』って言われた時、ヤバイ魔法やってトンだのかなって思ったもん。」
ナナキのボヤきに対し、リズは軽い調子で答える。美人医師の話を聞いた後のリズは少し考え込んでる風だったが、ナナキの前では何でもないように接することに決めてくれたようだ。正直、その心遣いがかなりありがたい。
「この世界って、魔法があんの?科学とは別なの?」
「科学は解明できてるもの。魔法は使い方はわかるけど、理屈が解明できない先人の知恵ってとこかな。とは言え、魔法をうまく扱えるのはエルフと極一部の人だけらしいよ。根本的に理解不能な技術は、魔法が関与してることがほとんどって感じ。」
リズは都会に来た文明を知らない森の原住民に説明するように、ナナキにいろんなことを教えてくれる。
「超科学とか、オーパーツ的な?」
「イメージはそんな感じ。」
「ふーん。」
魔法の世界か~。実際のところ、ナナキは当初、これはいわゆる“異世界転生”ってやつなんじゃないかと心のどこかで思っていた。そしてジョーダンの姿を初めて鏡で見たとき、七旗丈助とジョーダンの意識が入れ替わったんじゃないかとも思った。「俺たち、入れ替わってるぅー!?」的な。けど、先生の話を聞き、今では胡蝶の夢の方だったんだと半ば確信していた。
俺の過去や世界は、夢から覚めてなくなっちまった。
これからどーすっかなー。ジョーダンの続きを場繋ぎ的に生きるなんてできっかなぁ。
そう考えた時、ふとナナキはジョーダンの財布事情が気になった。
「…ねぇ、ジョーダンって貯金いくらあんの?」
「さぁ。買い物したら残金表示されるから、試してみたら?」
そう言ってリズは、休憩所らしきスペースの端にある、円柱の白い柱を親指でクイっと指差す。この頃になると、リズはナナキの“ジョーダン”という名前間違いを訂正するのを諦めていた。
「へぇ~。何これ。どう使うの?」
「“転送システム”っていうの。端末で欲しいもの入力して、柱の黒いとこにかざすだけ。そしたら注文品のデータが転送されてきて、その中に生成されるから。」
「何でもいいの?」
「モノによるけど、工業製品で、その円柱の直径より小さい物なら大丈夫。生き物はダメ。加工食品は物によってはいけるけど、とりあえず小さい無機物にしといたら?」
「どれ……。」
ナナキは言われた通り、チョコバーで注文して柱にかざした。ちょっとして、柱に丸く穴が空き、中には注文した商品が浮いていた。
「何それ、水筒?」
リズが横から覗き込んでくる。
「オナホ。この世界のってどんなんか気になって。」
「アホか!!」
「職業病なんだって。……あ、何も考えず注文しちゃったけど、こいつの結構デカかったな……入るかなー。」
「知るか!!」
「そうだ、貯金は……これなんぼ?」
通貨の単位がわからないので、リズに確認してもらう。
「えーと…まぁ、普通に生きてく分には充分かな。ジョーダルは結構投資に回してるはずだから、実際はもっとあると思うけど。」
「オナホがこの値段だから……確かに、結構貯め込んでんな。問題は仕事かー。島渡しプロジェクトだっけ?あれ、いつからなの?」
「出発は
「何それ、暗号?」
「カレンダーの読み方わかんないのか~。これは生活にも支障ありそうだなぁ…。いい?1年は10ヶ月、1ヶ月は5週、1週間は0~9で10日。だから1月2週0日で
「1週間て10日もあんの?0を1カウントってのもややこしいなぁ。休みは?」
「偉い誰かが作ったルールだから覚えるしかないよ。休みは週4日あって、0と9が固定で、プラス2日は個人が決めて取得するの。ジョーダルは私と一緒で、何もない限りは4と8で休みにしてる。で、今日は7日だから、明日から三連休だね。」
「ふぁ~…。小学生からやり直さねーと…。」
「だね!とりあえず、休みは私が先生してあげるから。仕事も…私は私で島渡しチームの編成準備があるけど、まぁ言うなれば君とやること一緒だし、何すればいいか全部教えてあげる。一応私、君の先輩でもあるしね!んで島渡し行っちゃえば、いつもジョーダルがやってた小難しい業務もやんなくて済むし、ちょうど良いかも!」
「うへぇ~~…魔法で俺の脳に知識をインストールしてくれ~…。」
「そんな都合のいいもん無いッ!」
島が魔力だかで浮いてるくらいだからできそうだとナナキは思ったが、世界はそれぞれのご都合主義で成り立ってるのだろう。この世の摂理に抗っても仕方がない。ナナキはいつものように適当に納得して済ませた。
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