42.第8階層青エリア - 第8清水町2

「モクレンさん!」


 翔琉たちが急いで辿り着いた時は既に遅く、青の湯はすっかり焼け落ちてその傍らにモクレンとヒイラギが力なく座り込んでいた。


「大丈夫ですか!?」


「あ、ああ、あんたちかい」


 翔琉たちの存在に気付いたモクレンが煤にまみれた顔を向けた。



「酷い…火傷もしてるじゃないですか!」


 ナナはモクレンとヒイラギの下に駆け寄ると治癒を開始した。


 ナナの治癒で2人の火傷はみるみるうちに治っていく。


「ありがとうね。おかげで助かったよ」


「レベル8になっておいて良かった…」


 治った2人を見てナナが胸をなでおろす。


「酷い…」


 灯美は辺りの惨状を見て言葉もないようだ。


 第8清水町の主だった建物は軒並み破壊され、町の人々が必死になって消火活動を行っている。


 火災は既に鎮火しつつあるがその被害は甚大だった。


「誰がこんなことを…」


「盗賊だね」


 誰に言うとでもなく呟いた翔琉に返答をしたのは美那だった。


 その言葉にモクレンが頷き、拳を地面に叩きつけた。


「あいつら!私たちが必死に作り上げてきた町を滅茶苦茶にしやがった!」


 そして悔しそうに声を振り絞ると翔琉の方を振り向いた。



「カケルさん、すまないけど報酬の吸熱石は少し待ってもらえないかねえ。あいつらに全部奪われてしまって残ってないんだよ」



「ちょ、ちょっと待ってください。今は報酬とかそんなことを言ってる場合じゃないですよ!あいつらってなんなんですか?なんでこんなことになってるんですか?盗賊って一体?」


「名前の通り、ダンジョンに住む人々を食い物にしている犯罪者集団さ」


 苦虫をかみつぶしたような顔で美那が答える。


「地上で指名手配されている容疑者、暴力団からもつま弾きにされている厄介者、あるいは単純に日本の法律が適用されないダンジョンを根城にしている無法者、そういう連中が徒党を組んで組織となったのが盗賊だよ。連中はこういう風にダンジョンに住む人たちを襲って暮らしているんだ」


「ダンジョンに潜っていたらよく聞く話だよね。あたしも何度か耳にしたことがある」


 ナナが沈んだ声で答えた。


「5層辺りまでだったら自警団がいる町も多いしそんなに被害はないんだけど…」


 …


 ……


 陰鬱な空気が辺りを包み込んだ。



「ほらほら、みんなどうしたんだい!しょげてたって何にもならないじゃないか!」


 意外にもその沈黙を破ったのはモクレンだった。


「ダンジョンで生きてたらこんなことあって当然さね。命は助かったんだから儲けもんだよ!温泉はまだ湧いてんだから商売だって続けられる!何も変わってなんかないよ!」


 大きな声でそう言うとヒイラギと共に青の湯の焼け跡を片付け始めた。


 翔琉はそんなモクレンの後を追いかけると崩れ落ちた柱を担ぎ上げた。


「僕も手伝いますよ」


「ありがとね。何のお礼もできないけど、そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」


 モクレンが翔琉に笑いかける。


 その目尻には微かに光るものがあった。


「あ、あたしも!」


「私も手伝う」


 ナナと灯美、美那もそれに続く。





    ◆





「盗賊の奴ら、絶対に許せない!」


 テーブルに拳を叩きつけてナナが吠えた。


 あれから数時間かけて青の湯の片付けを追え、仮設の風呂で汚れを落とした4人は町で襲撃を免れたカフェに集まっていた。


「同感だね」


 翔琉が頷いた。


「モクレンさんが言っていたトラブルというのは盗賊のことだったんだな」


 その言葉に美那が首肯する。


「ここくらい下ってくるとその手の集団の影響力が大きくなってくるんだ。ダンジョン開発があまり進まないのも連中の存在が大きいと言われている」


 美那はそう言うとため息をついた。


「実を言うとケイブローグにはそういった盗賊討伐の依頼が来ることも多いんだ。2年程前にここ8層の盗賊も討伐したことがあるのだけれど、モクレンさんが言うには今の連中は昨年位から暴れるようになったらしい。まったくゴキブリみたいにしつこい奴らだよ」


「でもだからと言って見過ごすわけにはいかない。モクレンさんには世話になったしなんとかしないと!」


「当然だ」


 翔琉の言葉に美那の目が光った。


「青の湯はダンジョンで数少ない私の癒しの場だ。そこをメチャクチャにしてくれた代償は必ず支払わせてやる」


「とは言え連中はどこから来ているのかもわからないんだろ?どうやって見つけたらいいのやら…」


 モクレンが言うのは盗賊―モクレンたちはラットライダーズと呼んでいる―はどこからともなく現れるのだという。


 そして決まったように採ったばかりの吸熱石を奪っていくのだとか。


 どんなに上手く隠していても必ず見つけられ、今回は町ぐるみで抵抗したためにここまでの被害が出てしまったという。


「たぶんこの町に内通者がいるんだろうな…」


 翔琉は大きくため息をついた。


 正体の見えない犯罪者集団を見つける、これはかなり骨が折れそうだ。


(だったらそこにいる奴に聞けばいいじゃねえか)


 突然リングが話しかけてきた。


(そこ?どこだよ?)


(通りの向こうにいる奴だよ)


(は?誰…)


 そう言いかけて通りを見た翔琉は驚きに目を見張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る