41.第8階層青エリア2

「それは大目玉スライムだ。目に見えるのは擬態で真正面から狙うと溶解液を吐いてくるから注意してくれ」


 美那が指差す先には半透明のぶよぶよした塊が蠢いている。


 塊の中腹あたりある巨大な一つ目がぎょろぎょろと動き回り、かなり不気味な光景だ。

 現在翔琉たちは美那と共に第8層青エリアのダンジョンを探索していた。


 折角第8層まで来たのだからレベル上げをしておいてはどうかという美那が提案してきたのだ。



「目玉の背後に回って突き刺せば簡単に殺せる」


「は、はい」


 翔琉と灯美が言われたとおりに刀で目玉を突き刺すとスライムはすぐに動かなくなった。


「上出来だ」


 美那はそう言いながらナイフを取り出すとスライムの欠片を切り取って口に運んだ。


「うーん、この辺のスライムは少し甘さが足りないな」


「そ…それ、そのまま食べるんですか?」


「当然だとも。スライムは地上に持っていくと跡形もなく消えてしまう。ダンジョン内でしか食べられない珍味なのだぞ」


 ナナが顔を引きつらせながら聞くと美那は当然だと言わんばかりにナイフの先のスライムを差し出した。


「食べたまえ」


「い、いえ…私は…」


「レベル8になりたいのだろ?だったら食べるのだ。スライムは手っ取り早くレベルを上げるのに最適なモンスターなのだぞ。しかも大抵のスライムは美味いときている」


「じゃ、じゃあ俺が試しに」


 翔琉はそういうと美那の差し出すスライムを恐々と口に運んだ。


「…あれ?結構美味いぞ!?」


「ほんとにぃ?」


 翔琉の言葉にナナが意外そうな目を向ける。


「ああ、なんか柑橘系のゼリーみたいな味だ。これならいくらでも食べられるかも!」


 翔琉はそう言いながら自分のナイフでスライムを大きく切り取って頬張った。


「じゃあ…あたしも食べてみる」


「私も」


 それを見てナナと灯美も恐る恐るスライムを口に含んだ。


「あれ?本当に美味しい!」


「普通にお菓子みたいな味がする」


 一口食べたナナと灯美は驚きに目を丸くしながら次々とスライムを口に運んでいった。


「だから言っただろう。おめでとう、これで君たちもレベル8だ」


 それを見て美那が満足そうに微笑んだ。




「じゃあ美那さんは研究のためにケイブローグに入ったんですか?」


 スライムを倒したところでいったん休憩となり、ナナが興味津々といった様子で美那に話しかけた。


「ああ、元々私は生物学専攻の動物学者の端くれでね。それが長じてダンジョンに潜るようになったという訳だよ。ここは未知の生物の宝庫だからね」


 美那がそれに答える。



「聞けば君たちは第6層で新種のモンスターを発見したそうじゃないか。ダイゴが一緒だったとはいえあれほどの低層でまだ新種の生物がいたとは驚きだよ。そしてそれを見つけた君たちにもね」


 歩きながら美那が話しかけてきた。


「はは、まああれは偶然と言うか…ダイゴのおかげと言うか…」


 翔琉は引きつった笑みを浮かべながらはぐらかす。


 どうも美那と話すと緊張する。


 まるで何もかもわかっていながら黙っている、そんな雰囲気がするからだ。


「そう緊張しなくともいいよ。鑑定士として一抹の悔しさを覚えているだけさ」


 翔琉の悩みを知ってか知らずか美那は飄々と答えながら立ち上がった。


「さて、そろそろ探索を再開しようか。色んなモンスターを倒せば倒すほど色んなジョブを覚えていくことになるのだからね」


「でも…私はみんなが倒したモンスターでジョブ上げしちゃっていいんですかね?なんか卑怯な感じがして後ろめたいというか…」


 ナナが申し訳なさそうに呟くと美那はその言葉を一笑に付した。


「なに、そんなのは大いに構わないさ。私だって非戦闘員だよ。メンバーが倒したモンスターでレベルを上げてスキルを手に入れる。これだって大いに貢献さ」


「そ、そうですよね!私もレベル上げをしなきゃみんなの役に立てないんだし、これだって大事なことですよね!」


「その通り!戦いは他のメンバーに任せておけばいいのだよ」


 すっかり意気投合した美那とナナに翔琉と灯美は顔を見合わせて苦笑する。


「それで…次はどんなモンスターを狩りに行くんですか?」


「そうだな、しばらく言ったところに白蝋という蝋燭状のモンスターがいるようだ。このモンスター通常攻撃が通りにくいのだが火に弱い。油と火種を用意していけば大丈夫だろう」


 こうして美那の的確なアドバイスを頼りに翔琉たちは次々とモンスターを倒していった。



「いやーほんと美那さんって凄いですね!1日でこんなにスキルを手に入れたのは初めてです!」


「私も…鑑定士って凄い」


 ナナと灯美はすっかり美那に心酔しているようだ。


 実のところ翔琉も美那の知識量には舌を巻いていた。


 遭遇するモンスター全ての特徴と弱点を完全に把握しているのだ。


 おそらく美奈がいなければこの半分もモンスターを狩れなっただろう。


(鑑定士って凄いんだな)


(は、大したことねえよ。所詮は知識だけの頭でっかちだっての。あんな助言なくったってあの程度のモンスターは余裕で倒せるっつーの)


(お前なあ…とはいえ俺もできるだけ覚えるようにしないと美那さんがいなくなったらやばいな)


 頭の中で面白くなさそうに暴言を吐くリングに翔琉は苦笑を漏らした。


 そんなことを考えながら足を進めていると前で立ち止まっていたナナの背中にぶつかりそうになった。


「おい、急に立ち止まったら危ない…」


 そう言いかけて翔琉はナナの目線を追いかけて唖然となった。


 そこにはボロボロになり黒煙を上げている第8清水町が広がっていたからだ。

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