第3章:新たな冒険

37.第3階層白エリア

「じゃあ結局万事解決なんだ?」


「大体そんな感じかな」


 目の前のナナに翔琉が答える。


 2人が今いるのは第三階層の白エリアにある町、通称白町だ。


 ダンジョンでも最大規模と呼ばれるこの町の人口はおおよそ1万人、地上の小都市とさほど変わらないほどの規模を持っている。


 2人は大通りに面した喫茶店に座っていた。


 豊洲の廃倉庫で起きた事件から既に1週間が過ぎている。


「あれからすぐに警察が来て池袋刃威蛇悪のメンバーは全員掴まったってさ」


「でもカケルたちは大丈夫だったの?一緒にいたら警察に捕まっちゃうんじゃ?」


「ああ、それなら大丈夫だったよ」


 翔琉はそう言ってコーヒーを啜った。


 ダンジョンと言ってもコーヒーの味は地上と変わらない。


「ケイブローグは有名な冒険者チームなんだろ?どうやら警察にもかなり顔が利くらしくてさ。事情聴取はされたけどあっさり釈放されたよ」


 結局ヘキサの通報でやってきた警察に翔琉たちも同行したのだがほんの数時間で釈放されたのだった。


 池袋刃威蛇悪との関係を聞かれたけど蛤の事情を話すとあっさりと納得してもらえた。


 話のついでにケイブローグのことを聞いてみるとダイゴたちはダンジョン内に逃げ込んだ指名手配犯を捕まえたりと警察にも協力しているらしい。


 危ないことはしないようにと厳重に釘は刺されたがそれでおしまいだった。



 あれからというもの世間は池袋刃威蛇悪の逮捕とそれによって明るみに出た事実で持ちきりだった。


 東京中の大学を震撼させた一大スキャンダルは政治家や有力者をも巻き込み、蛤の起こした騒動などは新聞に載ることもなかった。


「それにしてもまさかダイゴがケイブローグのリーダーだったなんてね」


「ナナはケイブローグのことを知ってたのか」


「名前くらいはね」


 ナナはそう言ってタピオカミルクティーを吸い込んだ。



「なんせ世界で一番深く潜ってる冒険者チームだし」


 そう言ってスマホを差し出す。


 そこにはケイブローグのインタビュー記事が映っていた。


 確かに他のメンバーと一緒にダイゴとウィズがいる。


「知ってたのに気付かなかったのかよ」


「知ってるといってもあの時は名前くらいしか知らなかったもん。それよりもオットシさんだよ。最初から知ってたらしいじゃん」


 知ってて黙ってるんだから悪趣味だよ、とナナが頬を膨らませる。


 翔琉は苦笑しながら頷いた。


 後から知ったのだがオットシは出会った時からダイゴがケイブローグのリーダー、D

だと知っていたのだとか。


 ダイゴに言い含められて黙っていたらしい。


 ダイゴが翔琉のピンチに駆けつけられたのもオットシから連絡があったからなのだ。



「それよりもカケル、あんたケイブローグに誘われたんでしょ?凄いじゃない!」


 突然ナナが目を輝かせながら身を乗り出してきた。


「あ、ああ…それね…」


 翔琉はそんなナナから目を背ける。


「実は…断ったんだ」


「はあ?なんで?」


 大声を上げるナナに道を行く人々が何事かとこちらを向く。


「こ、声が大きいって!」


 翔琉は慌ててナナの口を塞いだ。



「でもなんで断ったのさ?ケイブローグって日本で一番有名な冒険者チームなんだよ?入りたくても入れない人だっていっぱいいるのに」


(まったくだぜ。折角999層に戻る可能性が高くなるってのに邪魔しやがって)


「そうは言ってもさ…」


 翔琉はリングの悪態を無視して椅子の背もたれに背を預けた。


「俺は冒険者になりたくてなったわけじゃない、どちらかというと成り行きでこうなったわけだろ?ケイブローグはダンジョン最深部に行くという覚悟と意思を持ってる。今の俺にそこまでの覚悟はないよ」


「じゃあこれからどうするの?もう冒険者はやめるわけ?」


「それがそうもいかないんだよな…」


「そう、カケルには冒険者を続けてもらう」


「きゃあっ!」


 突然聞こえてきたナイトライトの声にナナが叫び声をあげる。


 空だった椅子にいつの間にかナイトライトが座っていた。


「ナイトライト、そのケープを使うのは止めろといっただろ。みんなびっくりするじゃないか」


「私は忍だから忍ぶのは当然でしょ。あと私のことはナイトライトじゃなくて名前でいいと言ったでしょ」


 翔琉の苦言にもナイトライトは涼しい顔だ。



「そう言えばあなたここの施設に入ってるんだっけ?」


 気を取り直したナナが尋ねるとナイトライトがこくりと頷く。



 ナイトライト―その後の顛末で本名は蒼月 灯美そうげつ ひとみだと知ったのだが―は池袋刃威蛇悪の事件の後で紆余曲折を経て児童保護団体のダンジョン内出張所に一時その身を寄せることになった。


「ただそのために条件があってさ…」


 翔琉はそう言ってため息をついた。


「それはカケルが私の身元引受人になること」


 ナイトライトことが灯美が得意そうに胸を張る。


「はあ?なにそれ?」


「ほんとそうなんだよなあ」


 呆れる顔をするナナに翔琉は困ったような顔を向けた。


 児童保護団体にナナを預けるにあたって出た条件は1つ、それは2人以上の身元引受人を立てることで、カケルとオットシが灯美の身元引受人となることを承諾したのだ。


「独身男が未成年の女の子の身元引受人になれるもんなの?」


「ほんとになあ…」


 これは灯美が保護団体に行く条件として頑として譲らなかったのだ。


 ナナの指摘通りこれが通ったのは翔琉にとっても不思議なことだったが、どうやらこれにもダイゴたちの働きかけがあったらしい。


「…冒険者って割と色んな力を持ってんのね」


 事情を聞いたナナが驚いたように上を見上げる。


「ああ、なんでも政府の中には冒険者の中からダンジョンの自警団を結成させようという動きもあるらしい。だからダンジョン内のことは冒険者に任せようとことみたいだ」


「なるほどね」


「おかげで俺もちょくちょくダンジョンに来なくちゃいけなくなったってわけだ」


「私に会いにね」


 灯美がそう言って翔琉の腕を取る。


「へええ~、ずいぶんとお仲のおよろしいことで」


 ナナが引きつった笑みを浮かべる。


「ま、待て、ともかくそういう訳だからしばらく冒険者は続けることになったんだ。実を言うと仕事もあってさ、ナナにも手伝ってもらいたいんだよ。もちろん報酬もでる」


「仕事?なにそれ?」


 ナナの顔が急に輝きを取り戻した。

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