36.豊洲 - 3 -
(間に合わなかった!)
翔琉は悔悟の念と共に目を閉じる。
しかし、その凶弾が翔琉とダイゴに届くことはなかった。
恐る恐る目を開けると銃弾は空中に固定されたかのように止まっていた。
「何やってるんですか」
頭上から声が聞こえてきた。
見上げるとそこには一人の女性が浮かんでいた。
「お遊びはほどほどにしておいてもらえます?」
その女性は花弁が舞い落ちるような軽やかさで地上に降り立つとダイゴを睨みつけた。
「悪い悪い、久しぶりに人間を相手にしたもんだから楽しくなっちまってさ」
どうやらダイゴとその少女は旧知の仲のようだ。
「ああ、まだ紹介してなかったな。こいつはウィズ。俺たちの仲間なんだ」
「初めまして、カケルさんですよね。話は大吾…Dから聞いています。すいませんうちのDが迷惑をかけちゃって」
ウィズはそういうと翔琉に軽く会釈をした。
顎下で切りそろえたボブカットの小柄な女性だ。
「あ、どうも…カケルと言います。こちらこそダイゴさんにはお世話になりっぱなしで」
「おいコラァ!なに世間話してんだ!この状況が分かってんのか!」
蛇巳多が怒号と共に拳銃を向けてきた。
怒りで銃口が震えている。
「一人や二人増えたくらいで多勢に無勢なのは変わらねえ!まとめてぶっ潰してやる!」
蛇巳多は叫びながら引き金を引いた。
周りにいた拳銃を持った半グレもそれを合図に発砲を開始する。
しかしその銃口は全て翔琉たちに届くことなく空中で動きを止めていた。
「な、何故だ!てめえら冒険者は地上じゃ無力なんじゃねえのかよ!」
「情報が古すぎですね」
ウィズが軽くため息をついた。
「レベル80までならそのセオリーは通用します。しかし私たちのようにレベル100ならば魔石の補助があれば地上でもスキルを使うことが可能なのです。このように」
ウィズが腕を振ると周りにいた半グレがばたばたと床に倒れた。
「んなっ!?」
「初歩の睡眠魔法です。命に別状はありませんよ」
驚愕する蛇巳多にウィズはそう答えると再び腕を振った。
それを合図に空中に固定されていた銃弾が全て蛇巳多に向かって撃ちだされる。
「ひいぃっ!」
銃弾は蛇巳多をかすめるように通り抜けていった。
「これに懲りたらダンジョンや冒険者を食い物にしようと企むのは止めることですね」
冷ややかにそう告げるとウィズがダイゴに向き直った。
「さ、用事も終わったようですし早く帰りましょう。次のクエストに向けて準備しなくちゃいけないことがたくさんあるんですから」
「へいへい、ちょっとくらい休暇を取ってもよくないか?」
「…ダイゴたちって、100階層まで行ってたんだ?そんな深くまで…」
「ま、俺たちは潜行者だからな。深く潜るのが仕事みたいなもんよ」
「次は200階層を目指すんです。今回はその準備のためにいったん上がってきたんです」
(おいおい、こいつらについていけば俺たちも999層に行けるんじゃねえの?)
リングが興奮したように声をあげている。
「…それで、カケルもどうだ?一緒に俺たちと来ないか?」
ダイゴは翔琉に向き直るとそう切り出してきた。
「へ?俺…」
「ああ、俺たちケイブローグの仲間にならないか?俺たちは誰よりも早くダンジョン最奥部に行くことを目指している。カケルが入ってくれるなら大歓迎だ!」
(おいおいおい!こいつは渡りに船じゃねえか!ハイって言えよ!そうすりゃすぐに故郷に戻れるぞ!)
リングが翔琉の頭の中ではしゃいでいる。
一方で翔琉はダイゴの突然の提案に面食らっていた。
「いや…いきなりそんなことを言われても…」
「そうですよ!それにそんなこと私だって初耳です。まずは他のメンバーとも相談しないと」
ウィズがダイゴに詰め寄った。
「まあまあ。でもそろそろチームを増強したいとみんな言っていただろ?カケルはかなりやるぞ。それに良い奴だ。他の連中もきっと気にいるって」
「ふ…ふざけんじゃねえぞ!」
その時それまで黙っていた蛇巳多が怒声を上げた。
「てめえらの思い通りになんか行かせるかよ!おい!蛤!」
その声を合図に物陰から蛤が出てきた。
その手にはスマホが握られている。
「てめえら冒険者が一般人相手に暴力を加えたところは全部撮影させてもらったぜ!スマホを取り上げたって無駄だ!全部クラウドに上げたからなあ!これでてめえらは冒険者として終わりだ!ざまあみやがれ!」
蛇巳多はそう叫ぶと嘲るように哄笑した。
「あ、それなら大丈夫だから」
その時耳に付けたイヤホンからヘキサの声が響いた。
「し、士郎君…」
蛤が震える声をあげる。
「なんか、スマホのデータが勝手に消えちゃったんだけど…クラウドのデータも…」
「はあっ!?」
蛇巳多が素っ頓狂な声をあげる。
「任務完了」
その時翔琉の真横でナイトライトの声がした。
「やっぱり来てたのか」
翔琉はため息をついた。
「で、何をしてたんだ?」
「これ」
翔琉の真横に小さな機械を手にしたナイトライトが現れた。
「それはスマホのコピーを取ってこっちに送信するデバイス。もうそいつらのスマホは全部私の手の中にあるからデータ取り放題。証拠もたっぷりおさえたよ」
イヤホンからヘキサの得意げな声が聞こえてくる。
「どうやらその動画ってのはなくなったみたいだな。さっさと降参した方がいいんじゃないのか?」
「グ、グヌウウウ…」
ダイゴの言葉に蛇巳多が顔を歪める。
その時翔琉の脳裏に突然映像が浮かび上がった。
(これは…予知スキルなのか?)
脳裏に浮かんだ映像では物陰に駆けこんだ蛇巳多が何かを手にしている。
あれは…手りゅう弾?
翔琉が駆けだすのと蛇巳多が遁走するのはほぼ同時だった。
倉庫の影にあった工具箱から手りゅう弾を取り出そうとした蛇巳多の腕を翔琉が押さえる。
「悪あがきは…もう終わりだ!」
そしてそのまま蛇巳多を投げ飛ばした。
吹き飛んだ蛇巳多は蛤を巻き込んで壁に激突し、今度こそ完全に沈黙した。
「な、言っただろ?かなりやるって」
ダイゴはそう言ってウィズに笑いかけた。
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