38.第8階層青エリア
「オットシさんからの依頼なんだ?」
九頭竜異港で商品を物色しながらナナが尋ねた。
「ああ、第8層にいる知り合いに物資を届けてほしいとかでさ」
同じく翔琉もスマホのメモを片手に棚から商品をドサドサとカゴに入れていく。
「オットシさん、ニンジャトカゲの発見者ってことになってもらっただろ?あのおかげで取材だなんだで忙しいらしいんだ。だから俺が代わりに荷物を持っていって物々交換したものを持って帰ってくることになったんだ」
「それじゃあただの運送業じゃん」
「まあ俺のジョブは運び屋だからね」
ナナの言葉に翔琉が苦笑を返す。
「手数料は高くないけどそこまで行く途中で手に入れたものや自分たちで取引したものはまるまるこっちの儲けにできるんだ。8層だったらまだ見たことのないものもあるんじゃないか?」
「それはそうだけど…」
ナナはそう言い淀んだ。
「8層でしょ?初めて行くんだけど大丈夫かな?マーカー石も使えないんでしょ?」
オットシからの説明によると8層から下はマーカー石の限界距離となっているらしく、高純度な石か魔導士が処理をしたマーカー石でなくては直接帰ってこれないらしい。
「一応オットシさんから地図はもらってるから大丈夫だと思う。いざとなったら俺がなんとかするよ」
「…うん、期待してるからね!」
ナナが翔琉の腕を取った。
「…私もいるんだけど」
その横で灯美がジト目で翔琉を見ている。
「もちろん灯美のことだって面倒見るって!」
(おいおい、一気に2人も番ができたじゃねえか。まさかダンジョンでコロニーでも作る気なんじゃねえだろうな?言っとくけど番の数が増えるとそれはそれで大変だぜ~?)
(…ちょっと黙ってろ)
茶化してくるリングを一蹴しながら翔琉は買い物を続けた。
「それにしても今回は石鹸やシャンプー、洗剤類が多いんだね」
メモを見ながらナナが気になるように呟いた。
カゴの中は業務用石鹸や洗剤の特大ボトルや箱で溢れかえっている。
「なんでも8層は温泉が湧いてるらしいんだ。その知り合いはそこで銭湯を経営してるんだってさ」
「「温泉!!!」」
翔琉の言葉にナナと灯美の目が輝く。
「そういうことは早く言ってよ~。灯美ちゃん、私たちも準備をしないと!」
「うん!」
言うや否や2人は飛び出していく。
「お~い…」
翔琉は商品で満載のカゴと共に一人取り残されたのだった。
◆
「なんか寒くない?」
第8層に着くなりナナがそう漏らす。
確かにゲートをくぐった途端にひんやりとした冷気が翔琉たちを襲った。
「えーと…ここは8層の青エリアだろ…うーん、どうやらこのエリアは他と比べて10℃ほど気温が低いみたいだ」
スマホのデータベースによると8層から先は階層、エリアによってかなり環境が変わってくるらしい。
気温を見ると12℃くらいだ。
「マジで~、冬用の服を持ってくるんだった」
ナナが寒そうに腕をさすっている。
「とりあえず早いところ青エリアの町に行こう。そこに行けば温まれると思うぞ」
「そうは言っても場所はわかってるの?」
「ああ、こっちに行けば1時間位で着くはずだ」
翔琉が通路を指差す。
「カケルのそのスキルってホント便利だよね。あたしも欲しいくらい」
「運び屋にとって経路把握は一番重要だからね。とりあえず街まではなるべくモンスターを避けていくことにしよう」
「あたしらって
「モンスターが出たら私に任せて」
灯美が小刀を構えて振り回す。
「ま、まあまずは町を目指すことにしよう。いい加減寒くなってきたし」
翔琉はそう言うと荷物を背負って歩き出した。
◆
「第8清水町、でいいのかな」
第8層青エリアの町に辿り着いた翔琉は標識を見て呟いた。
大きさはオレンジ・ワンよりも少し大きいくらいだろうか、予想以上の規模だった。
「結構大きな町なんだな」
「そ、それよりも早くその温泉ってのに行こうよ。さ…寒くて死ぬ」
ナナが歯をカタカタ鳴らしながら震えている。
ニンジャトカゲのケープをまとっている灯美も顔が青ざめている。
「…なんであんたは平気なのよ」
「そういやなんでだろう?最初は寒いと思ったけど今は全然感じないな。慣れてきたのかな」
(そりゃ環境適応のスキルだな。運び屋ってのはどんな環境でも届けなくちゃいけないからな)
リングが頭の中で説明してきた。
(なるほど、そういう便利なスキルもあるのか)
「じゃあさっそくオットシさんの知り合いに荷物を届けるとするか!」
翔琉は二人を先導して第8清水町へと入っていった。
◆
「おい、てめえら見かけねえ顔だな。何の用でこの町にきたんだ、ああっ?」
町に入るなり翔琉たちは数人の男に囲まれた。
明らかにガラが良いとは言えない連中であからさまにこちらへ敵意を向けてきている。
「ああ、初めてこの町に来たんだ」
「ほお~う、新入りか。だったらこの町のルールは知らねえだろうな。いいか、この町に来る奴は必ず通行料を払うことになってるんだ。通行料は…10万だな」
にやにやと笑う男たちに翔琉はため息をついた。
「どこにでもこういう輩はいるんだな」
「ああっ!なんか言ったか!」
「なんでもないよ。はい10万、これで文句ないんだろ」
翔琉は肩をすくめると1万円札を10枚出した。
「物分かりが良いじゃねえか。だがこれじゃあ足りねえな。1人10万なんだよ。ついでに貨物税としても10万いただくかな」
「…わかったよ。残り30万払えばいいんだろ」
翔琉はため息をつきながら30万を出した。
「そうそう、そういう風に大人しくしておくのが身のためだぜ。この町はおっかねえからよ」
男たちはゲラゲラと笑い、見せびらかすように金を振りながら去っていった。
「ああいう奴ってどこにでもいんのね」
ナナがため息をつく。
「私が行って取り返してこようか?」
「いや、止めておこう。無用なトラブルを起こしてもオットシさんや今から行くところに迷惑をかけるだけだと思う。あの程度で済んで良かったと思っておこう」
翔琉はそう言うと改めて荷物を背負い、3人は町の中へと入っていった。
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