34.豊洲
ヘキサと出会ってから一週間後、翔琉は豊洲のとある廃倉庫へやってきた。
そこは蛇巳多に呼び出された場所であり、ヘキサに連中のアジトだと教えられた場所でもあった。
周囲は似たような倉庫が立ち並び、辺りに人の影は全くない。
「翔琉君、よく来たねえ」
中に入ると蛇巳多がソファに座ったまま出迎えてきた。
その周りを一目で半グレとわかる連中が囲んでいる。
埃っぽい室内にはムッとするような怪しい匂いが立ち込めていた。
(なんだこの匂いは!こんなんじゃダンジョン最下層の方がまだマシだぜ!)
頭の中でリングが毒づいている。
「ここは俺たちが所有してる廃倉庫でね。まあうちのクラブで遊びまくってつけを払えなくなったオーナーから譲り受けたものなんだけど、今は俺たちの秘密基地みたいなもんかな」
蛇巳多はそう言うと上体を起こして膝に肘をかけた。
「それで、500万は用意持ってきてくれたのかな?」
「それなんですけどね、やっぱ払うのはやめようと思います」
翔琉の言葉に廃倉庫の中に緊張が走る。
「それは…どういうことかな?」
蛇巳多の口調は静かだったがトーンが一段低くなっている。
周りの連中が静かに翔琉の背後に回り込んだ。
逃げられないようにするためだろう。
「言葉通りの意味ですよ。あなた方に弁償をするつもりはない。というか蛤先輩はあなた方の仲間ですよね?」
翔琉の声は落ち着き払っていた。
「何故そう思う?」
「そう思うというか…こっちにはその証拠があるので」
そう言うと翔琉はスマホを操作して蛇巳多に一枚の画像を送った。
そこには蛇巳多と仲良く酒を酌み交わす蛤が写っている。
「その写真が撮られたのは蛤先輩があなた方のクラブで暴れたという日よりも後です。これだけ言えば充分ですよね」
「…ハハッ!」
沈黙していた蛇巳多が突然破顔した。
「良いねえ!翔琉君、君凄く良いよ!見込んだ通り、いやそれ以上だ!」
そう叫ぶと両手を挙げて立ち上がった。
「蛤、全部ばれてるってよ」
蛇巳多の声で物影にいた蛤がニヤニヤと笑いながら姿を現した。
「なんだよ、お前相手だったらばれるわけねえと思ってたのに」
「蛤先輩…なんでこんな連中とつるんでるんですか」
翔琉はため息をついた。
「そりゃ面白いからに決まってるじゃねえの!金!女!池袋刃威蛇悪にいたら全部思うままなんだぜ?ドラッグだっていくらでもあるんだ!こんな楽しいところ、加わらねえわけねえだろ!」
蛤が堰を切ったように叫び出した。
「ま、そういう訳だ。今回の件はちょいと翔琉君を試させてもらったんだよ。この状況を上手く切り抜ける胆力があるかどうかね」
蛇巳多が蛤の肩に手を置いて翔琉に話しかけてきた。
「試験は合格だ。その度胸、気に入ったよ!どうだ?俺たちの仲間にならないか?当然500万の話はチャラだし幾らでも好きなことができるぞ。俺たちの言うことさえ聞けば金も女も幾らでも用意してやる」
「お断りします。そもそもさっき言った通り弁償する気はないんで」
「は?」
蛤が目を丸くした。
「ほう…」
蛇巳多の目が細くなり、真っ向から翔琉を睨みつけた。
周囲の仲間がじりじりと翔琉との距離を詰めていく。
「それじゃあ大学の後輩たちはどうなってもいいという訳か。言っておくがこっちが握ってるネタは蛤どころじゃないぞ」
(ネタとか蛤とか寿司かよ)
「ブフッ」
頭の中で突っ込むリングに翔琉は思わず噴き出した。
「てめえゴラァッ!何笑ってやがる!」
蛇巳多の取り巻きが怒号を上げた。
「あ、いやすいません…」
そう謝りつつ翔琉は肩を震わしていた。
(お前よくそんなこと知ってるな)
(この前打ち上げとか言ってみんなで寿司食いに行ってたじゃん、あれ結構美味くて気に入ったんだよ。今度また食いに行こうぜ)
この状況を知ってか知らずかリングは相変わらずの調子だった。
「おいこらぁ!何黙ってんだ!」
後ろから殴りかかってきた半グレの拳を半歩横にずれてかわす。
半グレは勢い余って足下のテーブルに強かに脛を打ちつけてうずくまった。
「生憎とその脅しは通用しないよ。こっちもそれなりのネタは持ってるんだ」
笑いをこらえながら翔琉は更に画像を送り付けた。
「…これは…?」
その画像を見た蛇巳多が言葉を失う。
そこには今いる廃倉庫でドラッグを捌いている蛇巳多の姿が写っていた。
他にも暴行をしている様子や暴力団と会っている姿を捉えた画像もある。
「てめえ…こいつをどこで…」
「隠しカメラを仕掛けさせてもらったんだ。結構よく撮れてるだろ。音声付きの動画もあるよ」
翔琉はそう言うと真正面から蛇巳多を見据えた。
「俺を手下にしてダンジョンからの儲けを吸い上げようって魂胆だろうけどお断りだ。今後一切俺たちに関わるのはやめてもらう。でないとこの証拠を然るべきところに出させてもらう」
「言うじゃねえか。だがそんなもんで俺がビビると思ってんのか?俺たち池袋刃威蛇悪を舐めてんじゃねえぞ」
蛇巳多が歯をむき出しながら翔琉の目の前に立った。
頭一つでかく筋骨隆々のその体はまるで肉の壁のようだ。
「警察に行く気なんかならないくらいにボコボコにしてやるよ。死んじまっても心配しなくていいぞ。この廃倉庫には地下室もあるからよ!」
言うなり強烈なフックを浴びせてきた。
翔琉はそのフックをスウェーでかわすと目の前を通り過ぎていく蛇巳多の肘に手を当て、力に逆らうことなく横に流した。
翔琉の手の動きであらぬ方向に腕を流された蛇巳多の身体が大きく泳ぐ。
たたらを踏むその足を引っかけると蛇巳多はまともにテーブルへと倒れ込んだ。
上に乗っていた酒の瓶やペットボトルが派手な音と共に床に落ちる。
「てめえ!」
周りにいた蛇巳多の子分たちが武器を手に翔琉を取り囲んだ。
「そこまでだ!」
まさに飛びかかろうとしたその時、廃倉庫のドアが大きく開け放たれた。
「誰だ!」
頭を振りながら立ち上がった蛇巳多が叫ぶ。
「貴様らに名乗る名などない!」
街灯の光で逆光になったその影が叫び返す。
しかし翔琉はその声に聞き覚えがあった。
「ダイゴ?」
それはダンジョンで別れた冒険者のダイゴだった。
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