33.小田原2

「ほんとに持ってきたんだ」


 ヘキサが意外そうな顔で翔琉の方を見た。


「なんだよ、信用してなかったのか」


 翔琉は苦笑しながらバックパックからゲーミングクリスタルを取り出した。


 取り出した瞬間に部屋の中に虹色の光が溢れる。


「すごっ!ひょっとしてこれって丸ごと1個!?」


 流石にヘキサも驚いたようだ。


「まあね。こいつはみんなで分けるから流石に全部って訳にはいかないけど、6分の1はヘキサのものだよ」


「…あんた、この価値わかってんの?」


 しげしげとゲーミングクリスタルを見ていたヘキサがため息をついた。


「一応わかってるつもりだけど。なんか近々メチャクチャ価値が上がるんだろ?良かったじゃないか」


「…っ、それがわかっててなんで!」


 ヘキサは耐えかねたように叫ぶと頭を振って大きく息をついた。


「もういいや、ゲーミングクリスタルの価値が上がるのはわざと黙ってたんだけど、そんなことを考えてたのが馬鹿馬鹿しくなってきた」


 ヘキサはそう言うと改めて翔琉の方を向いた。


「約束を守ってもらった以上こっちも仕事はやるよ。でもその前に…その人たちは誰?」


 そう言って胡散臭げな眼をナナとナイトライトに向ける。


「あ、ああ、この人たちはダンジョンで知り合ったんだよ。大丈夫、信頼できるから安心してくれ」


 翔琉は慌てて隣にいた2人を紹介した。


 2人とも自分たちも小田原に行くと言って聞かなかったからやむなく連れてきたのだった。


「ふーん…ま、いいけどお。とりあえずこれを見て」


 ヘキサはそう呟くと翔琉たちの前にモニタを向けた。


 そこにはいくつもの動画や画像が映っている。


「翔琉たちがダンジョンに行ってる間にこっちも調べておいたんだ。結論から言うとやっぱり動画を削除するだけじゃ駄目だと思う。連中の犯罪を完全に暴いて組織ごと潰さないと」


 ヘキサの言葉に翔琉が頷く。


 それは翔琉も理解していた。


「でも警察に突き出すとなると蛤先輩と連中の繋がりがばれてしまうことになるぞ。それだと意味がないんだ」


「ああ、それなら大丈夫」


 心配顔の翔琉にヘキサがいわくありげな笑みを返す。


「連中、池袋刃威蛇悪は色んな大学のサークルに食い込んでいてさ、そこの大学生を取り込みまくってるわけ。それが全部明るみに出たらとんでもないことになるよ。翔琉の大学のボランティアサークル程度じゃ新聞の片隅だって載らないくらいのね」


 そう言ってヘキサがモニタにリストを表示させた。


「うっそ、マジかよ!一流大学の超有名サークルばかりじゃないか!しかもSNSや動画サイトのトップインフルエンサーまで!って大学の学長や教授もかよ!」


 そのリストを見て翔琉は仰天した。


 翔琉ですら知っているほどの有名サークルや有名大学生がずらずらと並んでいる。


 モニタには目を覆いたくなるほどの痴態を納めた動画も映っていた。


「こ、こんなのどこで手に入れたんだよ!」


「…知らない方が良いかもよ」


 翔琉の問いにヘキサが怪しく目を光らせる。


「…なんてね、池袋刃威蛇悪のメンバーに片っ端からフィッシング詐欺のメールを送り付けて引っかかった奴のスマホからデータを抜いてそこから辿っていっただけ」


「マジかよ…そんなことまで…」


 翔琉は改めてヘキサの実力に慄いた。


「池袋刃威蛇悪は大学生をドラッグと女で誑し込んで、それをネタに仲間に引き込んだりゆすったりしてるってわけ。警察も目を付けてるみたいだけどまだ逮捕まではいかないみたい」


 ヘキサは得意そうに胸を張って話を続けた。


「アジトは大体掴んだよ。豊洲にある廃倉庫が奴らの持ち物になっていて周囲の監視カメラの映像からしょっちゅう出入りしてるのが確認できた」


「そんなことまで掴んでるのか」


 翔琉はヘキサの行動の早さに舌を巻いた。


「でもこれだけじゃ多分逮捕には至らないと思う。私の集めた情報じゃ違法すぎて証拠にならないし警察に渡したとしても捜査に時間がかかるだろうから指定の日時には間に合わないと思う」


 ヘキサは悔しそうに唇を噛んだ。


「それならなんとかなるかもしれない。警視庁の組織犯罪対策部に知り合いがいるから話をしてみよう」


 オットシが胸を叩いて答えた。


「そんな知り合いまでいるんですか」


「伊達に40ウン年生きてるわけじゃないからね。それでももう少ししっかりした証拠があった方が良いだろうな。連中が直接犯罪を行っていると分かる証拠があれば」


「だったら私がそのアジトに忍び込んで証拠を持ってくるよ」


「それは駄目だ」


 ナイトライトの言葉を翔琉は一蹴した。


「む~」


「それは俺がやるよ」


「でもどうやって?私も調べてみたけど結構厳重に警備されてるよ」


 ヘキサが怪訝な顔をした。


「それにちょうどいいのがあるんだ」


 翔琉はバックパックからトカゲの皮を取り出した。


 ちなみにこのトカゲはとりあえずニンジャトカゲという名前を付けている。


 フード付きのケープに改造したニンジャトカゲの皮を被ると翔琉の姿がかき消えた



「うわっ!?」


 ヘキサが驚きの声をあげる。


「私もできるよ」


 ナナが姿を消してヘキサの耳元で囁いた。


「きゃあっ!」


 ヘキサが椅子から飛び上がった。



「どうだ?これはゲーミングクリスタルを持ってるモンスターの皮でこいつを使うと姿を消すことができるんだ。こいつを使って連中のアジトに忍び込んでカメラを仕掛けたら証拠を集められるだろ?」


 ニンジャトカゲのケープを脱いだ翔琉が得意そうに微笑んだ。


「…それ…欲しい。欲しい!それ欲しい!!ゲーミングクリスタルなんかいらないからこれちょうだい!」


 翔琉から奪うようにケープを取り上げるとヘキサは好奇心に輝く目でそれをしげしげと眺めた。


「凄い…ゲーミングクリスタルが光学迷彩を実現できることは知ってたけど…まさか既に実用できるものがあったんなんて…」


「別にあげるのは構わないけどそいつは冒険者の中でも忍と俺くらいしか使えないんだぞ?」



 それでもいい、とヘキサは首を振った。


「いずれ普通の人でも使えるようになるかもしれないから。それにこんな珍しいもの、欲しいに決まってる!」


「ま、まあそれでいいなら。でもあげるのは少し待ってくれよ。こいつを使って連中のアジトに忍び込まなくちゃいけないんだから」


「わかってるって。それが終わったらちゃんとちょうだいね」


 ヘキサはそう言いながら愛おしそうにケープに頬ずりした。

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