31.第6階層藍エリア - 5 -

「さっきも言ったように俺は君を捕まえる気もないし親元に帰らせるつもりもない。でもこれだけは言わせてくれないか?」


 翔琉はそう言って話を続けた。



「おそらく君には君なりの帰りたくない理由があるんだと思う。それを否定するつもりはない。でもこのダンジョンは避難先にするには少し危険すぎると思うんだ」


 ナイトライトは黙って聞いていた。


「さっき襲われたようにダンジョンにはモンスターもいる。そしてそれ以上に危険なのが人間だ。俺は君みたいに家出をして悪い人間に騙されて逃げ場をなくした子供たちをたくさん見てきた。ナイトライトにはそうなってほしくないんだ」


「確かにダンジョンに住む人間は善人ばかりじゃないものな。それどころか悪い奴らばかりだ」


 オットシが頷く。


「そもそもダンジョンには法律が存在しないからな。年間どれだけの人間がダンジョン内で他殺されているのか、正確なデータすらないって話だ」


 苦々しく呟くダイゴに翔琉が頷く。


「一説によるとダンジョンへの年間累計訪問者は延べ人数で5000万人、そのうち毎年5万人程度がダンジョンから戻らず、そのうちの2000から5000人がダンジョン内で他殺されていると言われている。他の犯罪に至ってはその数倍は起こっているはずだ」


 翔琉の言葉にナイトライトの顔が青ざめた。


「だから家に帰らないにしてもダンジョンではなく地上に避難してほしいんだ。ナイトライトのように親元から避難してきた子供たちを受け入れるシェルターを知っているからさ、そこに行かないか?そこだったら日本の法律が守ってくれるし生活の面倒だって見てくれる」


「…でも、私は…」


「わかってる」


 言い淀むナイトライトに翔琉が頷いた。


「躊躇するのはわかるよ。今は考えておいてくれるだけでいい。もし気持ちが変わったらいつでも連絡してくれないか?連絡先を教えておくからさ」


 翔琉がスマホを取り出すとナイトライトが小さく頷いて同じようにスマホを取り出す。


「あ、だったらあたしとも交換しようよ!治療が必要な時はいつでも言ってよね!」


 ナナもスマホを手に近寄ってきて、2人はナイトライトとIDを交換した。



「じゃあシェルターの連絡先を送っておいたから。なにかあったらそこに連絡したらきっと助けになってくれるよ。もちろん俺に連絡をしてくれてもいい。オットシさん、ダンジョンで比較的治安の良い町ってないかな?」


「…そうだな、第3層白エリアの白町なんかは自治がしっかりしてるかな。地上の支援団体の出張所もあるって話だ。そこの町長とは知り合いで話の分かる人だからきっと助けてくれると思うぞ」


 オットシはそう言うと名刺を取り出して裏に何かを書き記した。


「これでいい。これを白町の町長、バードに渡したら力になってくれるはずだ」


「…あ、ありがとう」


「二人の娘を持つ父親としては家に帰ってほしいんだけどね」


 ナイトライトが顔を伏せながら呟くようにお礼を言うとオットシは困ったような笑顔を返した。


「それにしてもカケルって不思議なくらい手慣れてるよね。ちょっと意外」


 ナナが不思議そうな目を翔琉に向ける。


「大学のボランティアサークルでこういうことをしてたからね。家出児童の支援団体の手伝いとか。そこでコネもできたんだ」


 そのお陰で今は大変な目に遭ってるんだけど、と翔琉は苦笑を漏らした。


「そう言えばカケルたちはどうしてもこのゲーミングクリスタルが必要なんだっけ?ひょっとしてそれ絡みなのか?」


「実はそうなんだ…」


 興味深そうに聞いてくるダイゴに翔琉は事のあらましを打ち明けた。






「なるほどね、半グレ連中に目を付けられちまった、というわけか」


 翔琉のいきさつを聞いたダイゴが軽く息をついた。


「その蛇巳多って奴は池袋刃威蛇悪バイパーという池袋を根城にした暴行・ドラッグ・特殊詐欺・恐喝何でもありの半グレ集団のトップなんだよ」


 オットシが更に説明した。


 ダンジョンに入る前にヘキサが調べておいてくれたのだ。


「それでそいつらに金を毟られるくらいならその動画を消してやろうと思って」





「…よし、わかった!」


 ダイゴが膝を叩いた。


「その件、俺も乗ろうじゃないか!」


「ええ!?いや、それは悪いよ!」


 その言葉に翔琉は驚いて手を振った。


 ダイゴがそんな翔琉とガッシと肩を組む。


「カケルちゃーん、俺とお前の仲だろお?生死を共にしたんだからもう俺たちは仲間じゃないか。仲間の苦境を放っておけるわけないだろ?」


 その言葉には有無を言わせない響きがある。


 なんとなく蛇巳多に肩を組まれた時と似てるな、と翔琉は苦笑した。


「じゃ、じゃあ私も手伝う!」


 それを見てナイトライトが叫んだ。


「いや、それは駄目だよ」


 翔琉はその言葉を即座に退けた。


「で、でも!」


「さっきも言ったように相手は犯罪集団だ。そんなことに未成年を巻き込むわけにはいかない」


「私だったら大丈夫!私はレベル7忍のジョブを持ってるから!」


 ナイトライトが食い下がる。


「だからか。しかしレベル7にしちゃ気配を消すのが異常に上手かったな、ありゃどうやったんだ?」


「それはこれがあったから」


 不思議そうなダイゴにナイトライトが着ていたケープを見せた。


「これはそこで死んでるトカゲの皮で出来てる」

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