23.小田原 - 2 -

「ゲーミングクリスタル…」


 翔琉は驚きの眼差しと共に光を放つペットボトルを眺めた。


 当然ながらこんなものを見るのは初めてだ。



「そ、難易度は高くないし価値も低いんだけどなかなか取れない素材なんだ」


 ヘキサがパソコンを操作し、机に仕付けられたモニターアームを翔琉たちの方へ向けた。


「なになに、ゲーミングクリスタル…主な収獲場所は第5層周辺、ターゲットモンスターは不明…収獲難易度は不明…効果効能は特になし、特徴は虹色に光る…なんだこりゃ?」

「なにって、これがゲーミングクリスタルの特徴だよ。アプリのダンジョンナビにも載ってるよ。言った通り第5層辺りで取れるから難易度自体は高くないんだけど、どうやって取れるのか、どのモンスターが持っているのかわからないから結構レアなんだよ」


 ヘキサがパソコンチェアでくるくる回りながら答えた。


「おかげで持ってる人が全然いなくってさ。これ持ってるだけでネットでバズれるんだよね」


「つまり…このゲーミングクリスタルと引き換えに蛇巳多の持っている動画を盗み出してくれるということなのか?」


「そういうこと」


 ヘキサが得意そうに頷いた。


「なんならデモを見せてあげようか?今から翔琉の家のパソコンから任意のデータを盗んでみせてもいいけど?」


「いや、それはいい!」


 翔琉は慌てて手を振った。


 この自信とさっき翔琉のプロフィールを言ってのけたことからその実力は本物だろう。


「…わかった。ヘキサのことを信用する。そのゲーミングクリスタルを持ってくるからそれと引き換えだ」


「オーケー」


 ヘキサは親指を立てると急に興味をなくしたように翔琉たちに背を向けた。


「じゃ、これで話は終わりだから出ていってくれるかな。僕は忙しいから」



「いや、そうはいかない」


 しかし翔琉はその言葉を遮るとつかつかと部屋を横切り、閉め切っていたカーテンを開け放った。


「ちょっ!何すんのさ!眩しいじゃないか!」


「この部屋は汚すぎる。ちょっとは掃除をしないと病気になるぞ」


 翔琉はそう言うと床に落ちていたお菓子の空箱を拾い始めた。


「ああ、ちょっと!それはそこが定位置なんだってば!そこ崩れるってば!」


「うわっカップ麺の容器がそのままじゃないか。よくこんな環境で生きていられるな」


「ちょっと!やるならやるでもう少し気を使ってよね!めっちゃ貴重な機材がたくさんあるんだから!」


「こういうのは我慢できない性質なんだよ。とりあえずゴミと段ボール類だけは片づけさせてもらうからね」


 翔琉はヘキサの声に構わずてきぱきと掃除を始めた。



「ま、これも野乃愛ちゃんのためかな」


 それを見てオットシが苦笑している。





     ◆





「まあとりあえずがこんなところかな」


 翔琉が額の汗をぬぐいながら息をついた。


 そこには見違えるように整頓された部屋が広がっていた。


 床に散らばっていたゴミは全て分類して市指定のゴミ袋に入れられ、段ボールは折り畳まれたうえでしっかりと紐でくくられている。


 見えなかった床は掃除機と拭き掃除で奇麗になり、プラ容器が積み上がっていたシンクも銀色の輝きを取り戻していた。


「いや、ここがこんなに綺麗なのを見たのは初めてだ、大したもんだな」


 オットシも感心したように辺りを見渡している。



「とりあえず片付けたゴミは所定の日に出しておいてくれよ。出す曜日をメモに書いて袋に貼っておいたからさ」



「あ…ありがとう…」


 ヘキサが顔をうつむけながら呟くようにお礼を言った。


「いいよ、自分の好きでやったことでもあるし、でも可愛い女の子がゴミ屋敷になんか住むもんじゃないと思うぞ。もったいない」


「か、可愛い?お世辞言うな!」


 翔琉の言葉にヘキサの顔が真っ赤になる。


「別にお世辞って訳でもないけど。それじゃ依頼の件は頼んだからね」


 翔琉は手を振ると玄関へと足を向けた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ヘキサがその前に立ちはだかった。


「こ、これは片付けてくれた分のサービスだから」


 ヘキサはそう言うとパソコンのモニタを翔琉たちの方へ向けた。



「…これは!?」


 モニタに映っていたのはパーティらしき写真で、ガラの悪い連中が何人も並んでポーズを決めている。


 そしてその中には…仲良く並ぶ蛇巳多と蛤がいた。


「SNSで名前に紐づけられた画像を検索してそこから関連性のありそうな画像をAIにクロールさせてフィルタリングしたんだ。この二人、前からつるんでるみたいだよ」


「つまり…」


「元々グルだったってことか」


 オットシが翔琉の言葉を継いだ。


「じゃあ画像を消してもしょうがないってことじゃないか!こいつらが仲間だったらあんな動画幾らでも作り放題だ!」


 翔琉は腰を落として頭を抱えた。



「そんなことないよ」


 ヘキサがそんな翔琉の言葉に首を振った。


「そっちは僕に任せてくれないかな。ちょっと考えがあるんだ」


「でもどうやって…」


「それは後のお楽しみ。翔琉とおじさんはゲーミングクリスタルの方をよろしくね。その間にこっちで準備を進めておくから」


 不思議そうな顔をする翔琉にヘキサは自信ありげな笑みを返した。

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