22.小田原

 翔琉が小田原駅西口に着くと1台の乗用車がクラクションを鳴らしてきた。


「やあやあ、遠くまでよく来てくれたね」


 助手席に座るなりオットシは挨拶もそこそこに車を発進させた。


「すいませんオットシさん、なんかご迷惑をおかけしてしまって…」


「いいっていいって、カケル君への恩はこの位じゃ返しきれないからね。それよりも今日は紹介したい人がいるんだ」


「人、ですか…?」


「ああ、カケル君は先輩の醜態をカメラに撮られて脅されているわけだろ?だったらそれを解決してくれそうな知り合いがいるんだよ」


 そう話しながらオットシの運転する乗用車は小田原の市街を抜けて大きな団地へと入っていった。


「着いたよ。ここだ」


「本当にこんな所に…?」


 オットシは車を止めると訝しむ翔琉を先導して古ぼけた団地の階段を登っていく。


 団地の一番奥まったところにあるドアのインターホンを鳴らそうとするとオットシのスマホの通知音が鳴った。


 オットシはその画面を見て苦笑し、インターホンを鳴らさずにドアノブに手をかけた。


 ガチャリ、と古めかしい音を立てながら古ぼけた鋼鉄製のドアが開く。


「ここには商売仲間の娘さんが一人で住んでるんだ。パソコンとかネットに詳しいから時々手伝ってもらってるんだよ。野乃愛ちゃん、お邪魔するよ」


 そう言いながら部屋の中へと入っていく。


「うっ」


 オットシに続いて部屋に入り、その中を見た翔琉は思わず息を飲んだ。


 2LDKほどの大きさの室内は照明が落とされ、至る所に段ボールがうず高く積み上げられていた。


 段ボールがない場所には辺りにはなんだかよくわからない機械類が散乱している。


 そしてその間をペットボトルやお菓子の空箱がアクセントのように彩っていた。


 敢えて表現するならそれはまるで…ゴミで作られた要塞、といったところだろうか。



(とんでもねえゴミ溜めだな。ゴブリンだってもう少し快適なところに暮らしてるぞ)


 頭の中でリングのぼやき声が聞こえてくる。


 珍しく翔琉もそれには同意見だった。


 その要塞の中心に翔琉たちに背を向けてパソコンのモニタを覗く小さな影があった。


 翔琉たちが部屋に入るとその影は頭を上げ、ヘッドホンを外すと面倒くさそうにこちらを向いた。


「大山のおじさん、久しぶり。それで…そっちのが天城翔琉?」


 それは痩せこけた年端もいかない少女だった。


 年齢はおそらく十代後半くらいだろう、長らく櫛を入れていないと思しき黒髪は無造作に束ねられ、黒縁の眼鏡が小さな顔に張り付き、体に合わないTシャツは半ばずり落ちて痩せた肩が覗いている。


「カケル君、この子は山本 野乃愛やまもと ののあちゃんというんだ。さっき言った力になってくれるのがこの子だよ」


「ぼくはヘキサ、本名で呼ばないでよ」


 野乃愛と呼ばれた少女はそう言ってオットシを睨みつけた。


「そうだったな。すまないすまない」


 オットシは笑って謝りながらヘキサと名乗る少女にペットボトルのジュースとお菓子の入った袋を渡した。



「よ、よろしく…でもなんで俺の名前を…?オットシさんが教えたんですか?」


 翔琉は部屋中に積まれた段ボールや雑多なものを崩さないようにおっかなびっくり足を進めながら部屋の中へと入っていった。


「もっと知ってるよ。今年新卒で就職したけど半年で退職、その後は自宅から徒歩十分のスーパーでバイトしてることとか」


 ヘキサは袋の中から炭酸飲料を取り出すと喉を鳴らしながら飲んだ。


「な、なんでそれを…!?」


 翔琉は仰天して目をむいた。


 そのことはオットシにも言っていなかったはずなのに。



「だから言っただろう。この子はその手のことが得意なんだよ」


 オットシが得意そうな、それでいて困ったような笑みを浮かべる。


「ハッカー…という奴なのか…?」


「ぼくはヘキサ、それ以外の何者でもない。そして…ぼくに盗み出せない情報はない」


 ヘキサはそう言って薄い胸を張るとポテトチップをぼりぼりと噛み砕いた。


「う~ん、ハッカ胡椒味というから気になってたんだけどいまいちかなあ。10点満点で3点かな」


「と、とにかく、君が俺の手助けをしてくれるのか?でもどうやって?」



 尚も信じられないという顔をする翔琉にヘキサは指を突き立てた。


「手伝うんじゃない。ぼくは依頼を実行するだけだ。僕に何をしてほしいかを考えるのは翔琉、君の役目だよ」


「う…」


 まったくの正論に翔琉が言葉を詰まらせる。


 それを見てオットシが助け舟を出してきた。


「ともかくだ、カケル君はその蛇巳多という男に先輩の動画を握られて脅されているわけなんだよね?つまりその動画さえなければ当面は安心ということなんじゃないかな」


「そ、そうだ!ヘキサちゃん、その動画を盗むことは可能なのか?」


「ちゃんはいらない、ただのヘキサでいい。そしてもちろんそれは可能だよ。ただし…」

 ヘキサはそう言うと親指と人差し指で輪を作った。


「ああ、報酬ね。もちろん言い値で払うよ。幾らがいい?」


 スマホを取り出す翔琉にヘキサが人差し指を振った。


「チッチッ、お金は興味ないんだ。必要な分は幾らでも稼げるからね。それよりも翔琉、君は大山のおじさんと同じ冒険者なんだろ?だったら欲しいものがあるんだ」


 ヘキサはそう言うと引き出しの中から小さな石を取り出した。


 薄暗い部屋だというのに虹色の光を放っている。


「これはゲーミングクリスタルって言ってダンジョンで取れる素材なんだ。これ自体は特になんて事のない無害な石なんだけど、それをこうすると…」


 そう言いながらさっきまで飲んでいた炭酸飲料のペットボトルの中にそのゲーミングクリスタルを入れる。


 その途端、炭酸飲料の入ったペットボトルが鮮やかな光と共に輝き始めた。


 ゲーミングクリスタルが炭酸で揺れるたびに虹色の光を放って部屋を照らす。


 まるでペットボトルの中にミラーボールが入っているようだ。



「これがゲーミングクリスタルと言われる所以。最近ネットで人気なんだよね。で、翔琉にはこれを取ってきてもらいたいんだ」

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