18.スーパー荷受け場

 頭頂部が黒に戻ったロングの茶髪、鼻ピアスにタンクトップを着た肩に彫られたワンポイントのタトゥー、首元には安っぽいメタルチェーン、軽薄そうな目つきが翔琉の方を見てにやにや笑っている。


(どうした?お前の友達か?)


 頭の中にリングの声が響く。


(そんなんじゃねえよ)


 翔琉はうんざりしたように返答すると蛤の方を見た。


「蛤先輩、こんな所に何の用ですか」


「おいおい、何の用はねえだろ。こっちはお前のせいで困ってるんだぜ?こいつのお陰でメールのチェックもできねえんだ」


 そう言って持ち上げた手首には画面がひび割れたスマートウォッチが巻かれている。


「そろそろ給料日じゃねえかと思ってさ。翔琉ちゃんも忙しいだろうからこっちから出向いてきてやったんだぜ?優しい先輩だろお?」


 後ろにいる取り巻き二人がその言葉に大声で笑い始めた。


 買い物客がギョッとしたようにこちらを見ている。



「…わかりました。もうすぐ休憩なんでそれまで外で待っていてください」


 ため息をついて翔琉はそう告げた。


「逃げたりはしねえよなあ?バックレたらお前は人のもんを壊して弁償もしねえってここで言いふらっちまうぞお?」


 蛤 勢也はまぐり せいやはそういうと下品に笑いながらお菓子の陳列棚に手を突っみ、商品をなぎ倒して去っていった。


(あれがこの国の別れの挨拶なのか?なかなか面白いもんだな)


(んな訳あるか!)


 翔琉は心の中でリングに毒づきながら崩れたお菓子を並べ直した。






    ◆





「それで、幾ら弁償したらいいんですか?」


 スーパーの裏にある荷受け場の外で翔琉は再び蛤と相対していた。



「そうだなあ、こいつは一番上位モデルだったよなあ?つまり…10万はしたはずなんだよな…いや、15万だったかな、うん、確かに15万だったわ」


 聞かれた蛤は取り巻きたちと顔を見合わせながらにやにや笑っている。


 3世代前のしかも一番下位モデルのくせに、と翔琉はため息をついた。


 それにおそらくオットシさんの言う通り元から壊れていたと見て間違いないだろう。


「なんだったら分割払いでもいいぜ。その場合は金利3割だけどな」


 面白いジョークでも言ったかのように蛤たちはゲラゲラと笑っている。


「いえ、今すぐ払うんで大丈夫です」


 翔琉はスマホを出すと素早く操作した。


「きりよく20万そちらに送金しました。それでいいですよね」



「…マ、マジかよ…」


「勢也君、本当に20万振り込まれてるぞ!」


「マジで?マジで?」


 蛤たちは口をあんぐりと開けながらスマホと翔琉を交互に眺めている。


「じゃあこれで。今後は俺に関わらないでください」


 それだけ告げると翔琉は踵を返してスーパーに足を向けた。



「ちょちょちょ、翔琉ちゃーん、ちょぉっと待ってくんないかなあ!」


 スーパーへ戻りかけた翔琉へ蛤たちが回り込んできた。


「どうしちゃったのよ~こんな大金スイっと出すなんてさあ。なんかいけないバイトでもしてたのお?」


「いえ別に…それよりも仕事なんで通してもらえませんか」


「まあまあ、それよりもお願いがあるんだけどさあ~」


 蛤が馴れ馴れしく肩を組んできた。


「翔琉ちゃんもわかるっしょ?ボランティアサークルってお金がかかんのよ~。ちょおっとばかり援助してくんないかなあ?」



 翔琉はため息をつくと肩にかかった手を振りほどいた。


「お断りします。さっき払ったお金があれば充分でしょ」


 そっけない返答をして三人の間を抜けて足を進めようとした翔琉だったが、そこへ蛤の取り巻きの一人が立ちはだかった。


「オイコラ天城、てめえその態度はなんだ、アァ!?調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 スーパーの荷受け場に響き渡りそうな声で怒鳴り散らしてきた。


 今までの翔琉だったらその声だけですくんでいたかもしれない。


 しかし今は不思議と何の恐怖も感じなかった。


 ダンジョンで対峙したギガントカマキリの純粋な殺意に比べたら子犬が吠え立てているようなものだ。


「てめ…話聞いてんのかよ!」


 男が胸倉を掴もうとした瞬間、その手首を掴んで捻り上げた。


「ぐああっ…ッてええ」


「このっ…」


 もう一人の男が殴り掛かってくるのを寸前でかわす。


 その拳がシャツに引っかかり、ボタンが数個弾け飛んだ。


 男の腕を取って体を入れ替え、先ほど抑えていた男の上に投げ飛ばす。


「天城!てめ…」


 掴みかかろうとしてきた蛤が翔琉を見てその動きを止めた。


「お、お前…それ…」


 驚愕した表情で翔琉の方を指差してきた。


「?」


 その指は翔琉の胸を指している。


 不思議に思って目線を下げるとはだけたシャツの胸元から冒険者の職痕マークがのぞいていた。


「…お前、ダンジョンに行ってたのかよ…」


「ええまあ。それがどうかしたんですか?」


 翔琉の返答に蛤たちの顔色が変わる。


「じゃ、じゃあまさかあの金は…」


「ええ、ダンジョンで稼いできたんです」


 翔琉はシャツを整えると三人に近づいた。


 蛤たちは潮が引くように後ずさる。


「もういいですか?仕事に行きたいんで」


「…あ、ああ。わかったよ…」


 蛤たち三人はさっきまでの態度とは打って変わってしどろもどろになると逃げるように帰っていった。


(なんだったんだ今のは)


 蛤たちが去った後でリングが不思議そうに聞いてきた。


(さあ、俺が聞きたいよ)


(そうじゃなくて、なんであいつらを殺さなかったんだ?あいつらは敵なんだろ?)


(いやいやいや、あのくらいで殺してたらやばいって!)


(そうなのか?お前ら人間には怒りという感情がないのか?神に感情を殺された哀れな生き物なのか?)


「んな訳あるかあああ!ちょっとむかついたくらいで殺せるわけないだろ!むしろそんなことをのたまうお前らの方が怖えよ!」



 翔琉の叫び声に休憩に出てきた店員がギョッとした顔を向ける。


(…とにかくしばらく黙ってろ)


 翔琉はため息をつくとスーパーへと戻っていった。

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