3.ダンジョン第1階層緑エリア - 2 -

「カケル君、ストップだ」


 更に一時間ほど歩いた時に突然オットシが歩みを止めた。



「その角の向こうに何かいるぞ」


 オットシの緊張を含んだ声に翔琉は思わず身を固くした。


 遂に何かを見つけたのだ。


「よくわかりましたね」


「私はレベル八の商人だからね。探知スキルでこの階層のモンスターの場所ならわかるんだ」


「そんなスキルもあるんですね!」


「しっ、大声を出すと逃げられてしまうかもしれないぞ。静かに」


 二人はそろそろと角から頭を出して向こうの様子を窺った。



 そこにいたのは…高さが人の腰ほどもある巨大なきのこだった。



 いや、ただのきのこではない。


 脚もないのにゆっくりと地面を這うように動いている。


 その軸の部分には人の顔のようなものすら見える。



「あれはジュエルキノコだな。これは幸先がいいぞ」


 オットシは嬉しそうに呟くと腰に下げた鞘から大ぶりのサバイバルナイフを引き抜いた。


「カケル君も何か武器は持ってきてるんだよね?用意しておいてくれないか」


「は、はい!」


 翔琉は慌ててバックパックを下ろすと手当たり次第に荷物を出しながら武器になりそうなものを探した。


「こ、これでどうでしょう?使えそうなのはこれくらいなんですけど」


 その手に握られているのは1本の三徳包丁だった。


「包丁って…まあいいか。あれならそれで充分だろう」


 オットシはため息をついたが気を取り直してジュエルキノコの方へと向き直った。


 その口と鼻がいつの間にかマスクで覆われている。


「カケル君もなにかで鼻と口を覆っておくんだ。ジュエルキノコは大したモンスターじゃないけど胞子を吸い込むと具合が悪くなることもあるからね」


「は、はい!」


 翔琉は慌ててバンダナで顔を覆った。


「じゃあ行くぞ!」


 言うなりオットシが飛び出した。


 ジュエルキノコに飛びかかるとナイフでキノコの傘を切り飛ばす。


「ジィィィイイイイイッ!!!!」


 ジュエルキノコが軋むような叫び声をあげた。


「カケル君!そっちに行ったぞ!」


「は、はい!」


 オットシに襲われたジュエルキノコが逃げ惑う。


 しかし動きが遅いために余裕で追いつける速度だ。


 翔琉もおっかなびっくり包丁で切りつけた。


 繊維質の手ごたえと共にキノコの中に包丁が食い込んでいく。


「ひいいいっ!」


「ビビってたら駄目だぞ!こんなのは序の口だ!」


 気が付けばジュエルキノコは全てズタズタに切り裂かれて地面で動かなくなっていた。


 時間にして10分程度だったけど翔琉には永遠とも思えるほどの時間だった。


「よくやった。初めてにしてはなかなかのもんじゃないか」


 荒い息を吐きながらオットシが翔琉の肩を叩いた。



「ここまでやればもう充分だ。少し休憩しようか」


 そう言うとオットシはキノコの傍らに腰を落として荷物をほどき始めた。


 慣れた手つきでキャンプ道具のコンロとテーブル、調味料を取り出していく。


「ジュエルキノコ狩りはこれが醍醐味の一つなんだよ」


 嬉しそうに言いながらキノコの軸を輪切りにして塩胡椒を振ってコンロにかける。


 やがてあたりに何とも言えない芳醇な香りが漂い始めた。


「くう~、これこれ!冒険者になって良かったと思う一瞬だ!」


 汁気たっぷりのキノコを頬張りながらオットシがパンパンと膝を叩いた。


 それを見ていた翔琉の腹が盛大に音を立てる。



「あの~、僕も食べていいですか?」


「駄目だ」


 翔琉が恐る恐る手を伸ばすとオットシは素早くキノコを引っ込めた。



「いや、これは意地悪で言ってるんじゃないぞ。カケル君はダンジョン初めてなんだろ?だからお勧めできないんだ」


「?どういうことですか?」


「ダンジョンにあるものを体に取り込むとそれによってジョブが決まってしまうんだ。私の場合はもっとレベルの高いジョブを持ってるから平気だけどカケル君がこのキノコを食べたらその瞬間にジョブが決まってしまうぞ。しかもジュエルキノコで得られるジョブは一番使い道のないノーマルなんだ」


「そ、そうなんですか?」


「そうだよ。ノーマルは得られるスキルも役に立たないもんばっかりなんだ。ジョブを変えようと思ったら5階層は下のモンスターを取り込まないと駄目だから大変だぞ。どうしても食べたいと言うのなら止めはしないけどお勧めはしないね」


「…止めときます」


 翔琉はため息をついてバックパックからコンビニのおにぎりを取り出した。


「それが賢明だ」


 オットシは大きく頷いてキノコにかぶりついて再び叫んだ。。


「美味い!」


「それはそれとして、レベルというのは何なんですか?ジョブやスキルとは別なんですか?」


 羨ましそうにオットシを眺めながら翔琉が尋ねた。


「そこから説明しないと駄目なのか」


 オットシががくりと肩を落とす。


「すいません、何も知らなくて」


「まあいい、このダンジョンは階層を下るごとに難易度が上がっていってモンスターも強敵になっていくんだ。だから階層を下ってモンスターを倒したりレアな素材を回収して食べるとそのジョブのレベルが上がるんだよ。レベルが上がることによって使えるスキルも増えていくんだ。レベルは1階層につき1ずつ上がっていくからその人のレベル=降りたことのある階層ということになる」


「つまり、オットシさんは第8階層まで行ったことがあるということなんですか?」


「まあね。正直第8階層まで行ったことのある人はそうはいないよ」


 驚く翔琉にオットシは得意そうに胸を張った。


「凄い!第8階層ってどんな所なんですか?」


「おいおい、それを聞きたいか?しょうがないな~話せば長くなるぞ?」


「あ、じゃあいいです」


「いいのかよ!」


 そんなことを話しながら二人の食事は続いていった。





    ◆





 食事が済んで一休みした後でオットシが再びナイフを取り出した。


「じゃあジュエルの収獲をしようか」


 そう言ってナイフの切っ先で残っていたキノコの傘の上に散らばる赤い粒々をほじくり出す。


 やがて手のひらの上にキラキラと光る大粒の宝石が幾つも集まった。


「これがジュエルキノコのジュエルだ。一粒で1000~5000円、大きいのだと1万円以上で売れるぞ」


「ほ、本当ですか!?」


 想定外の金額に翔琉は思わず叫んだ。


 二人で倒したジュエルキノコは10匹ほどいる。もしその全てからジュエルを取り出したら…


「本当だとも。だから頑張って収獲をしようじゃないか」


「はい!」


 翔琉は勢いよく返事をすると包丁を握りしめてジュエルキノコへと向かっていった。


 それから二時間後、二人の前にはジュエルの小高い山ができていた。


「こんだけあれば充分だろう。おそらくこれで20万位になるはずだ」


「2、20万…」


 翔琉は思わず生唾を呑み込んだ。


 二人で山分けしたら一人10万、たった数時間でこれだけ稼げるなんて…


 思わずジュエルの山に手を伸ばすとオットシがそれを遮った。



「山分け、と言いたいところだけど、そこからガイド料を引かせてもらうよ。料金はカケル君の取り分の7割だ」

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