2.ダンジョン第1階層緑エリア
ダンジョンへ至るゲートは脈動するように淡い光を放つ壁だった。
光の色が変わる度に色分けされた待機列のゲートが解放され、そこで待っていた人々が整然と光の中へと消えていく。
「いいか、慌てる必要はないぞ。私の肩をしっかりつかんで、一緒にあの光の中に入っていけばいいんだ」
「は、はい!」
翔琉は固い声で頷くとオットシの肩を掴んだ。
ゲートが発する光が黄色から緑へと変化し、翔琉たちが待つ列のゲートがブザーと共に解放された。
「手を離したら駄目だぞ、手を離したらそこでお別れだからね」
「はい!」
翔琉とオットシはゆっくりと壁へと向かっていった。
翔琉の足は光に触れて壁にぶつかるかと思ったらそのまま壁をすり抜けて前へと踏み出していった。
「うわ!」
階段を一段踏み外したような感覚と共にたたらを踏んだ翔琉の視界が光に包まれ、その直後にダンジョンの中にいた。
「はあああ~~~~」
周囲を見渡した翔琉は知らず知らずのうちに声にならない声をあげていた。
そこは土で出来た巨大な地下道だった。
天井や壁、地面の表面は素掘りした穴のようで、壁や天井のところどころが淡い光を放って辺りを照らし、道はその先を果てしなく続いて闇へと消えている。
オットシが得意そうに腕を広げた。
「ようこそ、カケル君。ここがダンジョンだ…って聞いてないみたいだな」
この世のものとは思えないような幻想的な光景に翔琉は呆然とするしかなかった。
「凄い…」
初めて見る異世界ダンジョンにただただ圧倒されっぱなしだった。
「さあさあ、こんなところでびっくりしてたらきりがないぞ」
「す、すいません。なんかあまりのことに呆然としちゃって…本当に異世界に来ちゃったんですね」
オットシに突かれた翔琉はようやく我に返って辺りをキョロキョロと見渡した。
「あれ?そう言えば入ってきたゲートは?」
気が付けば翔琉たちが入ってきた光のゲートは影も形もなかった。
「カケル君、本当に講義で何も聞いてこなかったんだな」
オットシが呆れたようにため息をつく。
「ゲートは一方通行で入ることしかできないんだ。ダンジョンに入った瞬間に閉ざされる、と言うよりも飛ばされると言った方が正しいんだろうな。ともかく帰る時は出口用のゲートを通るかこのマーカー石を使うしかないんだ」
オットシはそう言うとポケットから小さな赤い石を取り出した。
「これがマーカー石、踏みつけるとか火であぶるとか叩きつけるとか、何でもいいから一定以上の刺激を与えるとマークした場所、つまりは入国ゲート前に戻ることができるんだ」
「そ、それは聞いたことあります。初めて見たけど結構きれいなんですね」
「このマーカー石の発見によってダンジョン探索は一気に進んだだ。なんせそれまではダンジョンに数か所しかない出口用のゲートを使って帰るしかなかったんだからね。なんでも当時はダンジョン探索者の半数以上が帰ることもできずに行方知れずになっていたらしい」
オットシはそう言うと大事そうにマーカー石をポケットにしまうと代わりにスマホを取り出した。
「それじゃ無駄話はここまでにして探索を始めようか。まずはフレンド登録からだね。カケル君もスマホを出してくれるかな」
翔琉がスマホを出すと画面にオットシからの招待状が届いていた。
フリックするとフレンド登録が完了し、フレンド欄にオットシのプロフィールが表示された。
「これで私とカケル君のフレンド登録が完了だ。ダンジョン内は当然Wi-Fiなんか飛んでないんだけどこうしておけばピアツーピア通信でフレンド同士の交信が可能なんだ」
「はえー、結構便利な機能がついてるんですねえ」
「障害物が間にあるとか距離が離れすぎると無理なんだけどね。開けた場所なら100メートルくらいは交信可能だよ。それじゃあ準備も整ったことだし出発しようか」
オットシはバックパックを背負うと歩き出し、翔琉も慌ててその後に続いた。
遂に初めてのダンジョン探索が始まったのだ。
◆
「カケル君は23歳なのか、若いな~。私の半分の歳じゃないか」
「そうなんですか?でもオットシさんも46歳には見えないですよ」
二人はだらだらと喋りながら小一時間ほどダンジョンを歩いていた。
周囲の光景は全く変化がない。
ひたすら土で出来た地下道が続いている。
既に異世界ダンジョンに来たという感動は消え失せ、退屈すら感じ始めていた。
「つまりカケル君は借金を返すためにダンジョンに来たってことなのか」
話題はいつしか翔琉が何故ダンジョンに来たのかという話へと変わっていた。
「借金という訳じゃないんですけど、先輩のスマートウォッチを壊しちゃって、それを弁償しなくちゃいけないんですよ」
翔琉はばつが悪そうに頭を掻いた。
「大学時代のサークルの先輩なんですけど、サークル主催のバーベキューに行った時にぶつかった弾みでスマートウォッチを落として壊しちゃったんです」
まさか軽く肘が触れただけでスマートウォッチが落ちてしまうのは予想外だった。
しかも芝生に落としただけで画面にひびが入るなんて。
「カケル君、言いたくないんだけどそれは君、騙されてるぞ」
翔琉の話を聞いたオットシが軽くため息をついた。
「そ、そうなんですか!?」
「ボトルマンという有名なサギの手法だよ、それは。割れたワイン瓶を紙袋に入れておいて人にぶつかって高いワインが割れたと弁償を迫るんだ。おそらくそれをスマートウォッチでやられたんだろうな」
「そ、そんな…いや、あの先輩なら…」
オットシの言葉に驚いた翔琉だったが、思い当たるふしがありすぎて言葉を淀ませた。
蛤
翔琉が大学時代に所属していたボランティアサークルの先輩なのだが、碌にサークル活動もせずにサークルの女子をナンパすることしか頭にないような人間だった。
女漁りをするために大学を二浪しているとまで言われていて、柄の悪い連中とつるんでいるという噂まである始末だ。
「クソ!言われてみれば絶対にそうですよ!あの野郎!」
「まあまあ、今更怒っても仕方がないって。とりあえず探索に集中しよう」
地団太を踏んで悔しがるカケルをオットシがなだめる。
そんなことを話しながら二人は足を進めるのだった。
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