第10話

「わあ、あれなに?」

「あれ? あれは、山だよ」

「やま? おうちの近くのと同じ?」

「そう。だけど、もっと大きい」


 車の窓から見える富士山は暗くとも、確かにその存在感を放っていた。

 東へ向かう途中、私はできるだけたくさんのことを優希に教えようと思った。

 私が死ねば世界は再び動き出す。

 それはあくまで推測に過ぎない。考えたくはないが最悪の事態も想定する必要がある。

 すなわち、優希だけがこの時の止まった世界に取り残されること。

 そのときは、彼女はたった一人でこの世界を生き抜かなくてはならない。


「優希、覚えておいて。この世界には、まだ知らない、見たことないものがたくさんある」


 それをあなたは見て、知って。

 ――そして、この世界を生き抜いて。

 ハンドルを握る手に力がこもる。

 私はただまっすぐ道の先を見据えた。




「もうすぐよ、優希」


 空が白み始めていた。

 光が灯った空というものを、私は数年ぶりに見た。


「お空が白くなってるの……?」


 朝という存在を知らない優希は不思議そうに空を見上げている。

 私はアクセルを強く踏み込む。

 この先に朝がある。

 私たちがずっと求めていた朝が。




 それは白く、明るく、世界を染め始めていた。

 遥か海の向こう、その水平線の向こう側から白い太陽は、その頭を見せ始めていた。水平線はオレンジに染まり、世界を覆っていた。


「これが、『朝』……?」


 優希は生まれて初めて見る光景に心を奪われ、声も出ないようだった。優希の横顔が朝日に照らされ、オレンジに染まる。その光景を見た瞬間に思う。ああ、本当にここまで来れて良かった、と。

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