第3話

「もう、嫌だよ……」


 時が止まってからおよそ三か月の時が流れていた。

 三か月、というのはあくまで私がこの世界で活動した時間から算出したものだ。あの日以来、太陽は一度も天に上ることはなく、暗い夜の世界が続いている。

 およそ、一日放心した後に私は世界の仕組みを検証し始めた。

 まず最初に発見したルールは、私が持っているものに関しては時間が止まらないということだ。私が勤務先である病院へ向かう途中、ずっと腕に巻いたままだった腕時計は時間を止めることなく動いていた。試しにその時計を外して机に置いてみると、針の動きは停止した。私が手に取るとそれは再び動き始めた。

 このルールは必ずしも手に持てるものだけに適応されるというわけではないようだった。たとえば、車の運転は通常通り可能だったし、掃除機やパソコンだって使うことはできた。ただし、インターネットという概念そのものも停止してしまっているのか、パソコンはワープロ程度の機能しか使用できなくなっていた。

 また、私の手から離れたものは、動きを止めた後に停止するようだった。たとえば、紙飛行機を投げたとする。その紙飛行機は空中を漂い、地面に着地したその後で時間を停止する。空中で止まるといった、不自然な止まり方をすることはない。例外は、初回の世界停止の影響を受けて止まったものだ。町中を探索していたときに偶然発見した空に浮かぶ風船はいくら待っても落ちてくることはなく、空中で静止していた。

 腕時計を肌身離さず持ち、時間の管理を続ける。そうしなければ、この太陽のない世界では時間を忘れてしまう。その先に待っているのは精神の死。私はそれを直感で理解していた。

 だから、私は時計を確認し、毎朝、夫である修司に挨拶をすることに決めた。


「おはよう、修司」


 これは彼への愛情の発露でもあったが、同時にこの先の見えない暗闇を生き抜くための灯台でもあった。この光を失った瞬間に、私という存在は砕け散る。だから、私は動かない彼に縋りつき続けていたのだ。

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