語られし者たち
俺が魔法を使えるようになってから二週間が経ち、正式に人間と魔族の間で休戦条約が結ばれた。この二週間は戻ってきた魔族達の挨拶の対応や、人間界や魔界の法律を頭に叩き込む事で多忙を極め、おちおち休戦の余韻に浸れていなかった。現に今も、朝早くから机の右手に山を形成している様々な書類に目を通し、印を押す事でそれを崩す作業で手一杯だった。そんな中、執務室の扉が三回ノックされる。書類に目を通しながら入室を促すと、入ってきたのはアリシアだった。
「おはようカテラ……ってまたクマ出来てるじゃない!学院時代、あんなに徹夜しないでゆっくり休んでって言ったの覚えて無いの!?」
彼女は俺の顔を見るなり腰に両手を当て、俺に向かってお叱りの言葉を放つ。俺は作業の手を止め、きちんと彼女の顔を見て答えた。
「仕方ないだろ……ここまでしないと俺の机が書類で埋め尽くされる。それに、寝たとしても夢の中で同じことしてて正直休まった気がしないんだ」
「全く、『出来ないことがあれば力を貸して欲しい』と自身が
開きっぱなしのドアからレリフが姿を現し、アリシアの左に移動しては俺を指差し同じくお叱りの言葉を俺へとぶつけてくる。これで二対一、さすがに分が悪いため素直に彼女達の意見を聞くことにした。
「わかった、わかったから。人間界から戻ってきたらレリフにも手伝ってもらう。これで良いか?」
「うむ。魔王になったんじゃ、お主の体はもう一人だけの物ではなく、魔界に住む者全ての物といっても過言では無い。健康には気を付けるのじゃぞ」
「レリフちゃんの言う通りだよ。これまで以上に気を付けないと」
「……ところで、お前達が来たってことはそろそろ出発の時間なのか?」
「出発三十分前って所。どうせカテラは徹夜で仕事してるだろうし準備に時間かかると思って早めに来たの。ほら、回復かけてあげるから」
俺はアリシアの回復魔法を受けながら考え込んでいた。休戦協定も結び終わり、アキレウス国王から「改めて俺たちの偉業を称えたい」と申し出があった。今日がその日で、昼前にはフェレール王国王城に4人揃っていけないとならないのだ。魔界側にいるのは俺とアリシアのみで、エルトとロズは人間界でやるべき事を片付けていた。
エルトは両親に絶縁したいと告げるために自身の家で一人戦った。その理由を聞いたところ、勇者の暴露によって俺が魔法が使えないと知った時には嘲り、一度は俺と婚約する話を取り消したにも関わらず、魔王を封印し世界を平和に導いたと知った途端に、「やはり結婚しろ」と見事な掌返しをしたからだそうだ。
彼女はそれを受け、「自分の娘を家の力を大きくするためだけの道具としか見ていないんですよ、あの人達は。そんな人たちの言いなりになるのももう限界です。ですが、行く当ても無いのでこれからは先輩のお城に厄介になりますね」と赤ワインを一気に飲み干し、見るからに酔っている顔で語っていた。
ロズは、一度故郷である砂漠の国へと戻り、王女の機嫌をなんとか直そうと悪戦苦闘しているらしい。事情をアリシアから聞いた所、何でも「すぐに戻ってくる」と言い残したきり、数日間帰ってこなかったことを根に持っているようだった。ロズはそんな彼女に今までの旅路を語ることでどうにか機嫌を直して貰えないだろうかと頼み込んでいた。その結果、何故か王女が「俺と会わせてくれれば機嫌を治してあげます」と言った為、今にも土下座しそうなロズの頼みで王都に向かった後に砂漠の国へと行くことになっていた。
「よし、終わり!ちょっと早いけど、もう出発する?」
「そうするか。遅れるよりかは少しばかり早い方がいいだろうしな。それじゃ、転移を頼む」
「早めに帰ってくるのじゃぞ。一時間ごとに処理する書類が百枚増えると思え」
「出発前に気分が落ち込むことを言うのは止めてくれないか!?行きたくなくなるんだが……」
「仕方ないじゃろう。事実じゃしのう」
「はぁ……よし、ぱっと行ってぱっと帰ってくるぞ」
そんなやり取りを終え、王城の前へと転移すると丁度エルトとロズが俺たちの目の前に立っていた。
「お、来た来た。悪ぃなカテラ。うちの王女様のわがままにつき合わせちまって」
「いや、いいんだ。各国の長とはこれからどうするべきか話し合いの場を設けないといけないと思ってた所だった。どう切り出そうが迷っていたんだが渡りに船だ」
「なら良かったぜ。とはいえ、オレにも何かさせてくれよ?さすがに何も礼をしねぇってのもモヤモヤするしよ」
「期待しておくよ。エルトの方はどうなった?」
「キチンと絶縁宣言してきました。今から跡継ぎを作らないと家の存続に関わりますからねぇ。今頃大慌てでしょう」
あくどい顔をしながら語る彼女を前にして、俺は再び考え事をしていた。実のところ、俺は首謀者がアルティナだったことを誰にも話してはいない。この事実が明るみになると、エルトの立場が無くなってしまうからだ。その為俺は架空の人物をでっち上げてレリフや仲間たち全員に真相を語った。その為、原初の魔法使いの末路を知る者は俺一人しかいない。とはいえ、流石に400年の時が過ぎた今、彼女が戦争を引き起こしたなどと思う者は一人もいないだろうが。
ともあれ無事に合流できた俺たちは王城に入り、貴賓室にて暫し待機した後に使用人に案内され国王の待つ大広間へと通された。一か月ほど前に魔王討伐の任を命じられた時とは違い、王座に座る国王の前に立ち、彼の言葉に耳を傾けていた。
「今日、この日を迎えられることを何よりも嬉しく思う。誰一人欠けることなくこの世に平穏を
俺は国王の言葉を聴きながら、本来であればここに居るはずの勇者がどうしているのかが気になっていた。
――――――――
「無謀なる行進!窮地に現れたのはかつての仲間!?」
「魔法使いカテラ、奇跡の復活」
「稀代の魔法使いは人と魔の懸け橋に成り得るのか?」
とある町の裏通りにて、石畳に捨てられた号外のタイトルがふと目に入る。アイツの事が書かれたそれを読んでしまった事に苛立ちつつもそれを魔法で燃やし尽くす。片や俺は顔を隠しつつ人目につかない道を選びながら移動していた。その理由は語るまでもなく、そこかしこに貼られていた。
「この顔を見かけた場合は近くの衛兵までお声がけください」
先日までは指名手配の張り紙にはアイツの顔が載せられていた。だが今となってはそこに載っているのは特徴的な緑の髪と目をした俺の顔だ。勇者として顔が売れすぎた今、うかつに表を歩けなくなった俺は日陰者として生きていた。ふと、窓に映った自分の姿が目に入る。そこには胸を張って自身の身分を主張した時の様な華やかさは無く、目は落ち窪み髪は乱れて清潔感のかけらも無い。身に纏っているボロ布も併せてまさに浮浪者と言った出で立ちだった。
女神の加護により寝食の必要性が常人より薄れたとは言え、全く必要ないわけでもなく週に一度は睡眠と食事を取る必要があった。だが、その時間にも追手は容赦なく現れ僅かな安息を奪ってゆく。そのような生活が続き体も心も摩耗してすでに限界を迎えていた。いっそ楽になりたいと思い自死を何度か図ったものの加護の内容から死ねないことは分かっていた。死体を牢屋に運ばれて蘇生される結末は目に見えていた為死ぬに死ねない状況だった。
そんな中、背後から複数人の足音が俺目掛けて駆けてくる。振り返ると衛兵が十数人ほど槍を構えて俺を睨む。前方に駆けだそうとしたもののそちらにも既に衛兵たちがおり道を塞いでいた。挟み撃ちという状況に、聖剣を抜いた際に聞こえた女神からの言葉を思い出す。
『窮地に追い込まれたその際は、その刃を天へと向けなさい……』
その言葉通りに聖剣を天へと掲げ、雷を呼ぼうとした。だが、一向に天からの助けは無い。恐る恐る掲げた聖剣の刀身を覗いてみると、その刃からは光が失われていた。先ほどの言葉を改めて思い出す。
『貴方が魔王を倒そうとする限り、私は喜んで力を貸しましょう』
俺の心は既にアイツに勝てないことを悟っていたのだ。それを自覚すると同時に複数の槍が俺の体を貫き、壮絶な痛みと共に俺の意識はブツリと途絶えた。
――――――――
国王から感謝の意を受け取り、砂漠の国の王女さまと対面してから数日が経った。ここ最近は下から上がってくる要望への返答や書類処理に追われていたが、今日だけは違う。自室の姿見の前で自身の恰好を何度も確認していた。すべての魔族が魔界へと帰ってきたという報せを受けた為、改めて俺が魔王になったことを知らせる為に姿を見せることになっているのだ。規則正しい三回のノックに返事を返すとリィンが顔を覗かせた。
「お兄さん、準備できましたか?」
「ああ、皆待っているだろうしすぐにテラスへと向かおう」
テラスに移動し、城下町に目をやると数多くの人が俺を見上げていた。その中には竜人でも無く獣人でも無い、それでいて
自身に『
「我こそは第14代魔王、カテラ・フェンドルである!!」
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